第21話 初夏開花:大井夏美の堕ちたワケ
例のゲームにインしながらしばらく。
俺は毎日黒紅と一緒にマルチをしていた。
その間もサークルのリーダーに言われるまま、クマの人形を1週間ごとに渡しに行っていた。
アロマが好きな香りなのもあってね。
特筆したものも無いまま、あくまで男として接していたのもあって何にも進展しないのもあり、焦りを感じていた。
このままじゃただの男友達で終わってしまう。
俺は良いタイミングで例の計画を実行するべく、黒紅をゲーム内チャットで呼んでいた。
『どしたん夕。dmでなんて珍しい』
『いや。ずっとマルチしてて思ったけど俺らって二人パーティじゃん?華が無いなと』
『あー…たしかに…でも女の子入れられると思うか?こんなむさ苦しい男どものところに』
『うっ…それを言われたら何も言えん』
『だろ?俺らは運命共同体なんだから諦めとけ』
『じゃあさ。女の子をつかむために俺らでデート練習からの結婚まで一通りやってみないか?』
『…え、えと。ほんき?』
『そりゃそうだろ。女心が分からないんだから、練習するしかない』
『うける!男同士で!』
『時代は変わってるぞ相棒。同性同士でも変じゃない』
『たしかに…まぁ』
『じゃあ女の子役は黒紅な。ボイチェンありきとはいえ似合うし』
『…ふぇ?』
『ほら、その言い方とかも女の子だろ』
『くっ…屈辱…』
『よし、マイクオンにするぞ』
『お、おう』
「よし。聞こえてるな?)
「うん。大丈夫」
「相変わらず女の子だよなぁ…これなら入り込める」
「お、おい。そんなに女々しいか」
「そこまでは言ってないだろ。RPするのにやっぱ声って大事だし」
「分からなくはないが…」
「ボイチェンとはいえすごい自然に女声だよな」
「…声真似趣味みたいなもんだからな。当然だ」
趣味でここまで声分けできるのは才能と思うのは俺だけだろうか。
ネットでよく見かける両声類という人は本当に凄いと思う。
「よし。ならまず、デートしに行こうぜ。確か浜辺のワールドあったよな」
「う、うん。あそこゲーム内カップルかリアルカップルしかいないし行ったことないけど」
「お誂え向きじゃん。行こうぜ」
「ひぃ…あんなリア充と陽キャの集まりのところに行くなんて…」
「大丈夫大丈夫。あーいう人達は他の人見てないから。自分達の世界だろ」
「そうなのか?ならまぁ」
ということでわりかし自然に誘導できた。
浜辺のワールドにワープするとそこには男女のアバターがこれでもかとイチャイチャしていた。
ボイチェンを使って同性同士で愛を囁き合ったり、リアルの男性と女性がボイチャをしているってわけだ。
時代の変化は凄いよね。
ただ、基本プライベートボイチャで周りの人に聞こえないようにするのがマナーらしいが、一部の者はあえてオープンボイチャにして聞かせてる…らしい。
何というかイチャつく相手を羞恥させたり、見せつけたい欲求があるとかないとか。
事前にネットでリサーチしてある程度デートに向きそうなワールドはピックアップしてるので、先輩も気にいるところはあるだろう。
少しでも堕ち傾向があるなら仕掛けるしかない。
「わぁ…初めて来るけど綺麗なところだぁ」
「うん、評価見てたけどただリア充の溜まり場ってわけじゃないっぽい。作り込み凄くてさ。ほら、水のエフェクト良くない?」
「うん!キラキラしてて…水面にアバター反射してるの細かいね!」
「そそ。装飾品も細かく反射してるし、制作者のこだわりありそう」
「いいなぁ…BGMも静かで波の音メインだし。リアルでもこんなデートしてみたい」
「そうだなぁ…俺はともかく黒紅はいけるんじゃないか?それだけイケボなら」
「んー…声だけで寄ってくるのはうちくらいなもんよ」
「?」
「ん。そんなに簡単な女はいないってこと」
「甘くないな現実」
「そうよ。うちら男は選ばれないといけないのだ相棒」
悲しきかな人生。
選ぶ立場になるのは難しいだろうなぁ。
「ちょっと恋人っぽくしてみるか。黒紅。ほら、手出してみてよ」
「え、え、えっとー。うん」
俺がアバターで右手を差し出すとそれを掴む先輩。
少しモブ感ある俺とイケメンアバターの先輩なもんだからちぐはぐありますが。
「何だか疑似体験っぽいな」
「うん…そうね…」
お?しおらしくないか?
「じゃあ、このまま歩いて散歩しよ」
「いいね。まったり嬉しい」
先輩と恋人つなぎをしながら波の音、風の音、周りの多少の声をBGM代わりに。
俺達は二人で遊んでいたことを思い出のように話し合う。
時折恋人っぽく照れ笑いとかもしてね。
「黒紅は大体いつもインしてるけど、こういうデートっぽいことしないの?」
「んー。したことないな。変な人しかいないし、声が良くないとそもそも絡むつもりないし」
「なるほどね。立ち振る舞いとかが慣れてるっぽいからそうなのかなって感じただけ」
「ふっ。大人の余裕さ。夕こそ…その、ないの?」
「俺にあると思いますか」
「無いのかぁ」
「あったらここにいなくないか?」
「それはそう」
くだらない話をしながら、そのまま浜辺を堪能すると次のワールドへ。
「今度はレストラン街?」
「うん。緩急あるだろ?ご飯にしよ」
「いいね!そういやリアルでも何食べるの?」
「おにぎりセット。食いながらでもいい?」
「おっ。いいね。うちも同じくおにぎりセット。気にならないしいいよ」
奇遇だな。まさか昼が同じとは。
ゲームを一緒にしながらよくお菓子を食べてするが、先輩と被ることが多かった。
好きなものを伝えることあるけど、ここまで?
「実際にレストランの中に入ってご飯食べてるとそれっぽいね。うちらデートっぽい」
「デートしてんの。その辺は意識しなきゃね」
「たしかに…なら、あーんする?」
「タイミングむずくないか」
「手に合わせてすればいけるって」
実際に黒紅の方がアバター操作は上手く、俺のアバターの口まですんなりとハンバーグを運んでくる。
「むぐむぐ…美味しい」
「良かった。他も食べる?」
「うん」
レストランの中でオブジェクトとして用意されている物をひたすら俺に食べさせてくれる。
餌付け?
「もう大丈夫。ってか飯食い終わったよ」
「あら、そっか。うちも食べ終わったよ」
「よし、なら次は…」
こうして、俺は決めていたデートに合いそうなワールドを先輩に案内して一日を過ごした。
それにしても友達って枠を超えないでいるせいか、惚れてくれてるのか実感が無い。
声に惹かれるってのはこういうものなのか?
どうにかして堕とそうとアプローチしかけても何故だか見透かされてるというか。
最後にこれを仕掛けようと話を振ってみる。
「よし。黒紅。結婚しよう」
「え!?いきなり!?」
「デート重ねて思ったんだよ。もう俺には黒紅しかいないって」
「あっ…えっと…え、えへ…」
「…おい。照れるなよ。こっちが恥ずかしくなるRPじゃないか」
「仕方ないだろ!夕の良い声でプロポーズとか!意識しちゃう!」
「止めてくれ!意識しなくていいから!」
意識していいから!
「まぁいいや。この先一緒にいて欲しいので、結婚してください」
「喜んで!」
先輩はアバターでハグするモーションをしながら俺のアバターにくっついてきた。
「今すぐに結婚指輪は渡せないけどいつか…」
「大丈夫。うちが用意してるから式までつけておこ?」
「えっ?その指輪は課金アイテムじゃないか?RPのためにわざわざ買ったのか」
「うん。なりきるために必要じゃん」
「それは申し訳ないな…何かアイテム送っとくよ」
「いらないよ!うちがしたくてしてるし…それにシステム上アバターの性別関係無いから夕以外にも渡せるし!」
「俺以外フレンドいたの?」
「…たまにマルチする人くらいは」
「悲しいな…見たこと無い」
「い、いいだろ!ほら!手を出す!」
先輩は俺のアバターに密着しながらアイテム譲渡をしてくる。
これを使用すると任意のフレンドにプロポーズができるらしい。
そこで相手が受け入れれば、婚約完了。
受け入れた側がさらにプロポーズ返しすると結婚完了ってわけだ。
「お、プロフ欄に黒紅の名前がついた。結婚してるって意味だね」
「そそ。重婚もできるけど、名前が増えてくから印象は人それぞれ」
「なかなかそんな勇者いないだろ」
「いるんだなぁそれが」
指輪たくさん買えるお金持ち&見せつけたいとか?
「人の事は置いておいて。これで俺ら夫婦か」
「…うん」
「よし。とりあえずこんな感じでRPはいいだろ。ずっと手を握りっぱなしはあれだろうし」
「このままでもいいけどね」
「はいはい。じゃあ、今日はこの辺で落ちるわ。また」
「うん。ありがとね」
「こちらこそありがと」
俺はいまいちな収穫を元にリアルで会うことを決定打にしようと意気込みを入れていた。
ーー
やばい。
何がって。
彼と結婚できたんだよ?しかも指輪もあげることができた。
最高でしょこんなの。
乗り気がないように見せて、明らかに友達なフリをするのは相当我慢してた。
全部、全部。
彼のしたいこと、何を狙ってるのか、何が欲しいのか分かってた。
こうやって焦らして、焦らして。
実際に会うときまでは女を出さないようにするんだ。
煮込めば煮込むほど美味しくなるよこれは。
ふふ。堕させるにはどうすればって?
部屋にいる彼の独り言に答えよう。
既にうちは初めから『堕ちてた』よ。
※時は3話へ戻る。
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