第15話 仮面の綻び
恋人ごっこをしてからしばらく。
俺達は前に話していたカップルカフェなるものに来ていた。
「(電車で少し移動したな)」
そう。大学の最寄りから3つほど離れた駅にそのお店はあるらしく。
事前にリサーチしてたが、どうも学生が集う駅に作られている。
学生カップルを狙うカフェのようで、近隣の高校と大学からそれなりに来てる子もいると評判ブログで見た。
まぁ俺らもそうだが。
と言っても学生だけじゃなくて、比較的若い社会人のカップルも学生気分に浸れるとの感想が多く、年齢層はバラバラだ。
そこのお店はSNSでの宣伝も活用していて、カップルに年齢は関係ない!むしろ気にしてる方がナンセンス!としてわりとメディアにも露出したりと。
世間の考え方自体にも少しばかり影響してるもんだから、わりと有名になりつつある。
スマホで改めてニュース記事を見てると近くで待ち合わせしてたらしい男性がその隣の男性に話しかけてるのが聞こえた。
「え、あの子かっわいいな」
「うわ、ほんとだ。スタイルやば。大きい」
まぁ男はそうなるよな。俺もそうだ。
誰だろうなと視線を向けるとあぁと納得した。
笑顔でこちらに走ってきた春香。
大学の服装よりも少し大胆に肩出しの淡いオレンジ色をメインとする…つまり、オフショルダーシャツを身に付けていた。
一見するとセクシーを全面に出しているようなイメージを持ちがちだが、薄めのストールを羽織るようにして身体のラインを見せ過ぎないように調節しているようだ。
パンツは動きやすいように白のズボンにしていることで、ボーイッシュ感を感じる。
髪はロングのままストレートに流しているが、毛先を少し巻いてることでいつもより気合いを入れているのが分かる。
化粧にも力を入れているようで元々綺麗系で目がはっきり二重なのを強調するようにアイラインは強めだが、その分他のパーツには自然なパウダー程度でくど過ぎない。
前に現れた春香をジッと見ながら可愛いなぁと眼福していると。
「え、えと、えと…まっ、待った?」
「ん?いや、待ってないよ」
「良かった…その、祐ってば会う時に可愛いなぁって言うから…待ちすぎてボケたのかなって…」
あれ?声に出てたか。
「まだボケてないよ。本音が漏れただけ」
「えぇ?ならまぁ…」
春香はもじもじしながらチラチラと見てくる。
もちろん伝えますとも。
「それにしても春香も少し攻めた服装してくれるんだね?いやはや、男としてはこれ以上無いくらい感動するよ。オフショルダーなのに可愛いが勝ってるし暖色系メインだとやっぱり春香のイメージに合う。化粧もナチュラル寄りだけど目元は時間かけてるんだなぁって分かるしね」
「え!?ありがとう…!ポイント分かってくれてるのほんと嬉しい…なになに…祐彼氏じゃんもうそれ…」
「うん。俺ら付き合ってるだろ」
「ひゃあ…うん…えへへ…うん!」
効果音したぞ。ひゃあって何。
この子の少女漫画感が素晴らしい。
「春香がこんなにお洒落にしてきてくれたのに俺はこれだから…その、多めに見てもらえると」
「え!カッコいいよ!祐が少しワイルド系でしてくれるの眼福…いや、あの!新鮮だもん!黒ブルゾンにシャツとかお洒落じゃん!ジーパンもブーツも紺系だし合う!大学だとラフゆるな服装で萌えるけど、こっちも素敵…」
「あ、ありがとうな?春香が少しカジュアルで来るかと思って俺もこっち系統で揃えてみた」
「にへへ…嬉しい」
両手で顔を挟んでニコニコしてる春香。
こっちが萌えるよほんと…
「よし、じゃあカフェ行くか」
「うん!」
と、ここまでは順調なわけだが。
何を隠そう今回は少し隠し玉を用意している。
何故かって?
それはこのまま普通にデートしてたら普通の彼女になりそうだから。
病んでもらわなきゃここまで計画してきた意味が無いからな。
作戦①
別の女の子に気を取られる
シンプル。店の中で他の子を自然に褒めちゃう。
さり気なくが重要。
作戦②
お店でモテる(サプライズ)
事前にカフェに協力依頼をして、何故だか店員さんからモテるようになるように。
彼女にサプライズを仕掛けたいのでね。
作戦③
堕としにかかる
これまで接してきた情報を元に甘やかす。
②まで上手く鞭にしておけば効果は高まるはず。
ハマるか分からないがこれで堕ちないなら仕方ない。
他の子にするしかない。
作戦を思い返しながら、カフェへと踏み入れるとやはりというべきか、そこら中でいちゃいちゃしているカップルがいた。
「わ、わぁ…みんなくっついてる…あ、あの人達すっごいハグしてる…うらやま…こほん!その隣はひゃあ…!き、キスしてる…いいな、いいな…」
「…あのー、春香さん。行くよ」
「あ!ごめ!」
恍惚としている春香を連れて予約した席へ着席。
早速作戦①だ。
「よし。限定メニューってどれだ」
「ええとね。このカップルセットっていうやつかな」
「おーけい。ならこれに…」
俺はメニュー表を横目にある一点を見つめる(フリ)。
「うん?どしたの祐」
「…」
「えーと…あっ」
気付いたか。
「あー、何でもない。これにしようか」
「うん…えっと、あの子知り合い?」
「え!?いや、違うよ。アイドルみたいで凄い可愛いなと思って思わず」
「そ、そうだね…うん…あの子たしかに…可愛いし、見ちゃうのも分かる…」
少し表情が曇る春香。
両手はグーで握り拳にして少し震えているみたいだ。
よしよし。
「ここに来る人は基本可愛いか格好いいのかな。少し見てみる?頼んで待ってる間」
「…そうだね」
口調がだんだんと暗くなってくる。
若干だが、目も暗くなってる気がするぞ。
「あ、すみません。カップルセット1つお願いします」
「かしこまりました。お待ちくださいませ」
店員さんを呼んで例のセットを頼む。
中身は2人分のランチメニュー+飲み物。
サンドイッチにスープとサラダ、お茶にしておいた。
「ね、ねぇ祐。あの店員さん何か凄いこっち見てない?」
「ん?そうか?」
俺は作戦①を決行しながら、時折あの子可愛い。タイプかもと言いながら聞く。
我ながらけっこう酷いな。
「うん。さっきから祐のこと見てる」
「あんまり視線感じないけどな」
「鈍感!絶対…その…狙ってる」
さらに余裕が無くなってくる春香。
声が震えて握り拳もさらに強くしている。
「俺を?いやいや、イケメンでもないしフツメンにすら届かない奴がさ…」
「祐は分かってないよ!自分のカッコ良さ!」
「ちょっ!春香少し声大きいって!」
「だって!うぅ…だって…」
涙目になり始めた春香をなだめてると例の店員さんが料理を運んでくる。
ほら、睨まない。
「お待たせいたしました。カップルセットになります」
「ありがとうございます」
「ところでお客様」
「はい?」
「そちらの方はお付き合いされてる方かと存じますが、他のお客様よりずいぶんと控えめな接し方なのですね」
「えーとまぁ…まだ付き合いたてですから」
作戦②だ。
春香と少し似ている清楚系ギャルの店員さんに協力いただいている。
春香の方が可愛いが。
「お客様はもう少し彼女様と恋人らしいことしたいとは思いませんか?」
「それはまぁできるならしたいですけど」
横目で春香の様子をうかがうと、俺と話している店員さんを完全に敵視してるように涙目で睨んでいる。
口を挟まないのはまだ我慢しているからか。
「私ならお客様に我慢させないですよ?」
「えっと…それはどういう」
「ふふ。これ、連絡先なので気になったら連絡ください。『退屈』させませんよ?」
そう言うと店員さんは電話番号(実在しない番号)を書いたメモを俺の手に握らせた。
恐らく年上の方だけど、両手で優しく包んできたからサプライズなはずだけどドキドキした。
自然にニヤケてしまうな。
「うーん…狙ってるってのはそうかもになって…」
「祐はあの人が良い?」
「えっ?」
「ねぇ。祐はあの人がイイノ?」
「いやその、知らない人だし良いとかは分からないな」
「ナンデ受け取ったの?ねぇなんで。ナンデ?何でよ。ねぇ」
明らかに目の奥が暗くなっている春香は俺のことを凝視している。
真意を聞きたくてしょうがないといった雰囲気。
「断る前に握らされたからさ…」
「…断るつもりだったの?」
「そりゃまぁ…今はその、春香が『彼女』だし」
「な、なんだ…そうなの…うん、そうだよね…今は私達恋人だし…」
少しだけ落ち着き始める春香。
いや正直もう少し攻めるつもりだったけど、急変が凄くて止めてしまった。
普段明るく元気なだけに堕ちる時のギャップがね…
というか、もう堕ちてるのでは?と思ってしまう。
「あれ?春香どうした?何か爪が…」
「あ、えっと…その…つい…祐が取られちゃうって思ったら我慢できなくて…」
「あぁ…ごめん、俺が気をつければ良かったな」
「ううん!いいの!あたしがちょっとアレモードになっただけだから…」
いつの間にか春香は自身の見えないどこかに爪を突き立てていたらしい。
爪は赤く染まっていて、明らかにどこかに食い込ませていたのが見て取れた。
…流石に申し訳ないな。
早速③に取りかかろう。
この子は思った以上に根深いモノを持っていたようだし、リカバリーしないと何をするか読めない。
俺はカップルセットに目を付け、春香を甘やかすターンに移行した。
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