第11話 雪解け開花:姫路雪の堕ちたワケ

ガラス細工展示で一通り写真撮影を終えた俺達は予定通りレストラン入口に来ていた。


「わぁ…お洒落なところだね」


「うん。モール内にも少しこういうところはあるっぽくて。お肉も魚も美味しいらしいよ」


「メインはどちらでも食べられるように気を遣ってくれたの…?」


「好き嫌いとかあると思って」


優しいのね貴方!みたいな顔して見つめられても。


せっかく初デートなんだし、それくらいはリサーチするさ。


「ありがとう…!私はどっちも好きだからメニュー表見て決めるね」


「うん。俺も姫路さんと見たくてあえて深く調べてないからさ。席座って見ようか」


「…うん」


また少し照れた姫路さんをエスコートしながら、店員さんに予約していたことを告げる。


「お待ちしておりました安達様。本日のご来店感謝いたします。2名様『カップル』シートにてご案内いたします」


「はい。お願いします」


「!?」


声にならない驚きをしている姫路さんを手招きして後ろにつかせる。


そう。何とこちらのレストランはカップルシートなるものがあった。


少々というか、好感度無い子にしたら幻滅されるかもしれないけど姫路さん優しいからうん。


「こちらのQRコードからスマートフォンで読み込みいただきますと、モバイルオーダーが可能です。もちろん紙媒体のメニュー表もそちらにございますので、スマートフォンをお持ちでない方でしたら卓上ボタンにてお呼びください」


「はい。ありがとうございます」


俺は丁寧な男性スタッフにお礼を伝えつつ、正面に律儀に座る姫路さんを見る。


言いたいことありそうな顔してるな。


「あの、安達君。手配いただいてお伝えするのも失礼かもですけど」


「…うん」


何だかトーン低いんだけど。


やっぱまずいか?


「カップルって分かってたならもっと彼女っぽい振る舞いしてました…」


「…ん??」


「その、私…安達君の付き添い兼知り合いみたいな感じしませんか?」


「いやいや!そんなことないよ!むしろ俺が釣り合ってないというか!」


「いえいえ!私なんてそんな…見た目はそれなりに気をつけてますが立ち振る舞いは未経験女子そのものです!」


小さい声ながらも主張する姫路さん。


何だかまた知らない面を見られた気がして優越感がある。


「勝手にカップルにした俺がちょっと調子に乗ってただけだから…ごめんね勝手に」


「謝らないでください…!私はむしろその…デートと思ってくれて…彼女みたいに扱ってくれるのが嬉しくて…」


もじもじと両手の人差し指を合わせながら、言葉尻は小さくなり、最後は聞こえず。


可愛いか!


「そ、そっか…それなら良いんだけど」


「はい…!今だけはカップルでいましょ?」


ニコニコと上機嫌なところを見るにこの選択は正解みたいだ。


半個室なため、それぞれのテーブルの周りに仕切りのようなカーテンがあり、覗き込みさえしなければ周囲の目も気にならない。


こんな風にいちゃついててもね。


「姫路さんさえ良ければ仮の彼氏させてもらうよ」


「…正式な彼氏お待ちしてますね」


またもや目の奥が笑ってない。


純粋な笑顔から途端に負のオーラが出るのは何だろう。


堕ち始めてくれてる?


俺は好感触な姫路さんの態度を見てチャンスと仕掛ける。


「そういえば…ここしばらく姫路さん俺とだけ一緒にいるけど、他の子といなくても大丈夫?こっちは友達いないようなもんだから良いけど」


「うん。私もそんなに友達いないし…それに安達君と一緒が良いからいるの」


「嬉しいことを言ってくれるよ。俺も姫路さんと一緒にいると楽しいし、落ち着くから…ついつい『独占したくなる』ところあるんだよね」


少し照れ笑いを混ぜて告げると、姫路さんの口角がどんどん上がる。


「ふふふ…そうなんだ…へぇ」


うん?


「私のことそんな風に思ってくれてるんだ…それってそういうことって捉えてもいいんだよね?」


「あー…うん。ご想像にお任せするよ」


「照れ屋さんなところも可愛いです」


「姫路さんの方が可愛い…よ?」


褒めると同時に姫路さんは俺の両手を自身の両手で包み込んでいた。


「…もうね。私ダメカモ。安達君の想いがね。凄く…スッゴく染みる」


「ええと…そ、そうかな?」


ほんのり力を込められてふりほどけない。


これは…ついに…


「うん…毎日ずっと一緒にいて、毎日通話して、今日デートもして…それで君は私以外見向きもしてない…もう、完全にその気だよ?」


「あはは…そっか~…」


うん。これはヤンデレ本のアドバイス通りになってる。


ベクトルが俺に向いてるよこれ。


姫路さんの想いはめちゃくちゃ嬉しいし、可愛いし、彼女にしたいけど。


まだ俺はヤンデレを生み出したいから答えは出せない。


何でかってそれはもう。


堕ちてく様子がたまらなく可愛いからね!


こんなに生真面目で清純な子がこうなるんだから、他の子も見てみたいってもんだよ。


打算的かもしれないが、一度堕ちたならそう簡単に離れることはないはず。


恐らく。


「…外だからこれくらいにしておくけど、今度私の家に来て?そこで伝えるから」


「了解したよ…」


解放された。


めちゃくちゃ柔らかい姫路さんの手で時折ニギニギされたり、撫でられて正直もうドキドキしてた。


しばらくすると料理が運ばれてきて、俺達は談笑しながら平らげた。


食後にこれからどうしようかとなるなり、姫路さんから提案される。


「安達君、帰りにモールの売場で見たいところがあって…少し寄ってもいいかな?」


「もちろん。どこ行く?」


「…」


電光掲示板で指差したところは。


赤ちゃん用具売場だった。


「…えーーーっと。因みになんだけど、何で?」


「…もう、将来のためだよ…言わせないで」


何でそこで照れるの。


将来見据え過ぎでは。


「それにしても早い気がするよ…その、結婚してからだろうし」


「ふふふ…いつしよっか」


わぁお。


開花したのかってくらいグイグイしてる。


「姫路さん!?ジョークにしてはなかなかパンチが!」


「ジョークじゃないよ?だってさ…」


そう言いながら俺を手招きして、屈むようにジェスチャーされる。


なんだ?


「『私達の将来だよ?』」


あっ…やばい。


耳元で繊細な姫路さんの声が聞こえて背筋がゾクゾクと震える。


これは俗に言うASMRというやつか。


そっちの趣味はあまりなかったけど、これは病みつきになるかもしれない。


耳が嬉しい嬉しいってうるさい。


「あう…姫路さん…耳でその…」


「…んー?なぁに?」


「んっ…だからその、囁くの駄目だよ…」


「耳弱いんだ…?ふふふ…かーわいぃ」


やばい。何がって。


この状況を心底嬉しい、続けて欲しいって思ってる自分がいることに。


駄目だ安達祐。


堕とす側が堕とされてどうする。


「あのあの!姫路さん!今日はこの辺にしよう!また月曜会おう!?」


「…んー。んふふ。そうだね。時間はたくさんあるし、お楽しみは後の方が盛り上がるし」


可愛いに染まっていた姫路さんの顔と雰囲気はだんだんと妖艶なものに変化していた。


目の奥も暗い暗いナニカに。


「じゃあ、お別れに握手して帰ろ?それくらいしないと寂しいかも」


「お?うん!もちろん!」


良かった。ドキドキが限界突破しそうだから。


二重の意味で。


姫路さんは俺に近付くなり、両手を取ってくる。


ん?両手?


姫路さんは俺の両手を抵抗する前に素早く自身の胸に当て、揉ませるように沈み込ませた。


「えっ!?ちょ!?」


意味が分からない。


思考停止した瞬間だった。


「…あーあ。私、安達君のモノにされちゃったな…んっ…はぁ…へへへ」


俺がフリーズしてるのを良いことに姫路さんは撫で回すように手をグニグニとさらに沈み込ませる。


「いやいや!姫路さん!公共!」


「んっ…あー。うん」


ちょうど人通りが少ないところまで移動していたおかげでこのシーンは見られていなさそうだけど。


まさか狙ってた?


「ご明察だよ?私頭回るんだ」


「何でこんなことに機転が利くのさ…」


「したいことには躊躇しないもん」


「俺にその…さっきみたいなのさせること?」 


衝撃過ぎて感触も何も分からんかったぞ。


ワンモアー…と言ったらしてくれるんだろうな。


「うん。すっごく良かった…もう…」


はい!下を見ない!


「よし!帰ろう!今日はね!ありがとう!」


「…うん。ありがとう。とっても楽しかった」


完全に頬が赤くなってる姫路さんにお礼と挨拶をしてそそくさと解散。


これ以上一緒にいたら朝までコースになりかねない。


俺は理性を壊される前に姫路さんから距離を取ることで自制するのであった。


この日以降、姫路さんは俺に遠慮が無くなり、好意的な言動・行動をさらにしてくるようになった。


まぁ心臓に悪いけど、激重も良いものだ。


妙な達成感を得たのもつかの間。


しばらくして彼女の自宅に呼ばれたことで俺はついに…


※時は1話へ戻る。

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