#06 ジョン・ディクスン・カー『三つの棺』

 本格ミステリをよく読む方なら、ジョン・ディクスン・カーの『三つの棺』に収録されている「密室講義」の存在を知っている人も多いはずです。本書の第17章において、カーは探偵役のギデオン・フェル博士の口を借りて、あらゆる密室殺人の分類を試みています。


 カーの密室講義に影響された江戸川乱歩は後に「類別トリック集成」でこの世の推理小説のあらゆるトリックを分類してまとめようとしました。そのくらい「密室講義」はミステリ好きを興奮させずにはおかない文章であったりします。


 でも、個人的には密室講義の中身よりも、密室に関してフェル博士が述べる信条が印象に残っています。加賀山卓朗訳のハヤカワ文庫版から一部を引用してみます。


――結果が魔法のようだと、原因も魔法のようなものだという期待が高まる。それが魔法でなかったことがわかると、くだらないと一蹴する。これはどう見ても公平ではないね。殺人者の一貫性のない行動については、決して文句を言ってはならない。全体の判断基準は、そうすることがかどうかだ。可能であるのなら、そうするかどうかは問うてはならない。――


 素晴らしい宣言です。密室づくりの動機ばかりに煩わされないで、密室トリックを作ることのみに集中できたらどんなに良いことか。本格ミステリマニアではない一般の読者にはなかなか納得してもらえないのですが。


 ところで、『三つの棺』といえば「密室講義」ばかりが有名ですが、本編の事件のことにはあまり触れられません。強固な密室や足跡のない殺人など、様々な謎が提出されるので、さすが密室の王者カーを感じさせる作風ではあるのですが、肝心のトリックはややこしすぎていまいちかもしれません。


 次回は、カーからもう一作『妖魔の森の家』を扱います。

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