踏み込む理由

 一行はピルカを先頭に轍を辿り、森の中を強行した。

 途中木々に紛れて痕跡を見失いそうになるが、そこはエルシュにしっかり斥候術を仕込まれたピルカ。折れた木々などから隠された痕跡を見つけ出し、轍を再発見して追跡を続行した。

 そして、ついに盗賊のアジトらしき物を見つけ出す。


「アレ、だよね」

「ああ……」


 アルドも頷く。間違いなく、アレだ。

 崖にポッカリと空いた洞窟。その周囲には獣除けのためか、人工で作られた杭が立てられている。洞窟の入り口付近には見張りを言いつけられたのか、やる気なさげに岩壁にもたれ掛かる盗賊らしき姿も見えた。

 そして轍も、洞窟の中へと続いている。

 十中八九、あそこが盗賊のアジトだ。


「馬車、中に入っちゃってるね」


 見張りに見つからないよう茂みに潜みながら、ピルカは外に見つからない馬車の姿を探して呟く。


「ああ。どうやら中にまで引き込んだらしい」

「なんで……?」

「さてな。相手は盗賊だ。どこまで考えているのやら……」


 一概に決めつけてしまうのは危険だが、盗賊というのは無軌道で考えなしの集団であることが多い。それもそのハズで、そもそも物をよく考え余裕のあるような人間は盗賊稼業などに身をやつさない。そのほとんどは学もなく、明日食うこともできるか怪しい人間たちなのだ。

 なので不自然な行動を深読みしようとすると、却ってドツボに嵌まってしまうことも多い。


「あのぉ……やるのでしょうか」


 アルドたちが考えているところに、及び腰にフリーラが問いかけてきた。


「盗賊退治……しますか?」

「どうかな。見たところ、逃げられる心配はなさそうだ」


 盗賊退治で重要なのは、逃がさないようにすることである。何せ犯罪者だ。命しか大事な物がないような連中は、命を守るためになんでもする。仲間も何もかもを捨てて逃げ去ることなど日常茶飯事だ。

 しかし洞窟に入り口は一つ。中で繋がっている可能性もあるが……。


「見てこようか?」

「……そうだな。その間、俺はフリーラを説得しておく」


 提案したピルカに頷く。「了解」と一言残し、ピルカは音少なく茂みの中へと消えた。周囲に他の穴がないか探しに行ったのだ。

 アルドは改めてフリーラに向き直る。


「フリーラ。今回の依頼を復唱してみろ」

「ええと、『カンドさんの奥方の形見を回収する』……ですよね」

「そうだ。その依頼を果たすには、盗賊のアジトに乗り込むしかない」

「で、ですが、紛失してしまった場合もあり得ると、他ならぬお師匠が指摘されていたハズです」


 カンドとの交渉の席。アルド本人が言っていたことだ。『回収できない場合は、ご了承ください』、と。


「ああ。そうだ。だが、回収できないかどうか……まだ分からないな?」

「え、え」

「馬車の中を確認しない限り……紛失は確認できない。だから、確認しなければならない……そのためには」


 アルドは指で洞窟を示した。


「あの中に入らなければならない。そういうことだ」

「……もしかしてお師匠」

「ん」

「最初から、見つかるまで探すつもりでした?」


 ジッと疑わしげに見つめるフリーラの視線から、逃れるようにアルドは顔を逸らした。


「……別に、そういうつもりはない」

「カンドさんのお話……というか、娘さんのお話に同情されたんですね。だから見つけたい、と」

「さて、な。だが……」


 ふと、アルドは溜息をついた。その瞳はどこか遠くを見ている。


「どちらも分かるのさ。親から見た娘も……娘から見た親も」

「親……」

「もう昔の話だが。だが、人の親になるとどっちも分かって板挟みになるものなのさ」


 アルドが誰かの子どもであった時期は遠く、思い出すのも疲れるような昔の話だ。

 それでも、子ども時代の経験は今もアルドの胸に刻み込まれている。

 父を、母を寂しく思う気持ち。そちらにも、アルドは同情していた。


「だから、どうにかとも思ってしまう。……甘いか?」

「……いえ。お師匠らしいとも思います。……でも……」

「……人間は、斬りたくないか?」


 アルドは問う。雪這いスノーストーカーの時のように、斬ることに躊躇いが生まれているのかと。

 フリーラは首を横に振った。


「いえ。相手は犯罪者です。斬らなければならないことは充分に理解しています。その咎を自分が背負うことにも、雪這いスノーストーカーの時に覚悟を決めたつもりです」

「真面目だな。だったら、何を迷う」

「……私たちだけで、本当にできるのでしょうか」


 フリーラの表情に不安が陰る。


「たった四人だけで、魔物も混ざっている盗賊の一団と戦うなんて」

「できる、と見ている。過信は禁物だが、それにしたって余裕はある。なんだったら……」


 チラリとフリーラの剣を見て、アルドは言った。


「フリーラとピルカだけでやってみるか?」

「ええ!?」

「ん、呼んだー?」


 丁度その時、ピルカが戻ってきた。カサと微かな音だけを立てて茂みから顔を出す。


「お、戻ったか。どうだった」

「ぐるっと回った感じだと穴はなさそうだったかな。換気が大変そう」

「そうか。なら逃がす心配はないな。やるか」

「ちょ、ちょっと待ってください! 私とピルカの二人でですか!?」


 トントン拍子で決めていく二人にあわあわと手を振って止めにかかる。


「無理、無理ですって。ピルカは強いかもしれませんが、私なんて……」

「なんて、でもない。俺はできると見て言っている。それとも、師の言うことを疑うのか?」

「そ、そういうつもりじゃ……」


 師弟を引き合いに出されて、フリーラは答えに窮する。どうすべきか悩むフリーラに声をかけたのは今までのやり取りを背後で聞いていたセイランだった。


「できると思うがの」

「せ、セイランさんまで?」

「うむ。何故なら、妾と同じC級なら盗賊の十人くらいは平気で片付けられるからじゃ」

「……え?」


 フリーラは驚きながら振り返った。そこには笑みすら浮かべずに当たり前のように言っているセイランの姿があった。


「そのくらいなければ、C級冒険者は務まらんよ。少なくとも剣一本でやっている奴はのう。妾はヒーラーゆえできなんだが」

「C級って、そんなにすごいんですか」

「流石に単独の話ではないがのう。A級と組んでやるというのなら、まぁ、楽勝ではないか?」


 でなければ巻き込まれる妾は必死になって止めるからのう、と事も無げに言うセイランに、フリーラは心揺さぶられる。

 この中で一番の外様であるセイランの言うことだから響いた。

 もしかしたら本当なのではないか、と。


「俺もそのつもりで言っている」


 アルドは断言した。


「お前をC級に飛ばすことを許可したのは、利便性のためではない。知識はともかく実力なら、充分だと思っているからだ」

「……そうなの、でしょうか」

「確かめるつもりでやってみろ。もし危なくなるようなら、俺がいると思えばいい」


 ……その通りではある。一人になって確かめるよりは、保険の利く今こそするべきだ。ヒーラーもいる。

 今の自分が、稽古ばかりをして実戦を碌に知らない自分がどこまでできるのか、を。


「できそうか?」

「……はい! 私、やってみます!」


 再び上がったフリーラの瞳は、まだ不安げに揺らいでいる。だが同時に、前向きな光も灯っていた。

 アルドは満足げに頷く。これで、フリーラの卑屈なところが少しは取れるハズだ。


「……本当は私一人で片付くけど」

「遠慮しろ」


 コッソリと言うピルカには、釘を刺した。

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