方針転換

「どういうことだ……?」


 森の中に残された轍を見つめ、アルドは呆然と呟いた。

 フリーラは周囲を警戒しながら問う。


「中の物を運ぶ手間を嫌った、とかでしょうか」

「馬車ごと運ぶ方が余程手間だとは思うが」

「馬を繋いだ、とか……?」

「……森の中にわざわざ馬を連れてくる。それも分からないな」


 だが、馬車を人間だけで動かすのはほとんど無理だ。

 そうなると、やはり馬を連れてきた、ということになるが……。


「お父さん」


 ピルカの呼び声。いつの間にかピルカは、地面にしゃがみ込み轍の周囲を探っていた。

 地面は轍が残るほど柔らかく、またその上を以降は誰も通っていないのか、争い事があったらしきバラけた足跡の群れが残されている。

 ここは街道の中でも支流だ。時期が悪ければそういうこともある。それがアルドたちにとっては幸運だったが。

 近づくと、ピルカは地面に残された痕跡の一つを指差す。


「この足跡、かなり大きい。人間じゃない」

「……魔物か!」


 ピルカが見つけた足跡は裸足で、人に近い形をしているが、アルドの物より相当に大きい。高身長のアルドと比較すれば、ゆうに二メートルを越え、三メートルの距離に達する。そんな巨人は人間ではあり得ない。


「魔物ですか!? でも、相手は盗賊なんですよね?」

「うん。他の足跡は人間だ。カンドさんたちが襲われたのは、まず人間の盗賊で間違いないよ」


 エルシュから斥候の技術を教わったピルカは足跡の捜査も熟知していた。その結果、彼女は人間の足跡を見つけ出す。


「数は多い。正確なところは分からないけど……十人前後ってのは間違いじゃないと思う」

「少なくともカンドは嘘を言っていないということだな。だが、巨大な足跡はどう説明をつける? カンドからの説明に魔物の姿はなかった」

「推測になるけど……この大きな足跡は他の人間の足跡を上書きしてる。つまり、後あら来たんじゃないかな」

「……かなり大柄な魔物なら、あり得るか。盗賊が先行して、魔物が後から追いついてきた。だから、さっさと逃げたカンドはその姿を目撃しなかった」


 異種族で歩調を合わせるのは難儀だ。それが盗賊という雑多な集団なら尚更。


「うん。だと思う。争った形跡はないから、盗賊の一味と見て間違いないよ」

「なら、馬車は魔物が運んだのか。魔物の馬力ならあり得る。……なるほど、力自慢がいれば丸ごと持ち帰る方が楽か」

「い、いや、あり得るんですか?」


 フリーラは困惑していた。


「魔物、なんですよね。でも、お二人の口ぶりだとまるで魔物と人間が協調しているみたいな……」

「それが、意外とあるんだ」


 アルド自身も、少し不思議そうにしながら答えた。


「盗賊などの野に放たれた犯罪者は、不思議なほど魔物と同調するんだ。中には飼い慣らして使役する者もいる」

「……【獣使い】のスキルですか?」

「その場合もあるが、ただ単純に手を組んでいる場合も多い」

「そんなことが……」

「じゃからか、盗賊のことを魔物の一種だと言ってしまうような過激な輩もいるのう」


 セイランが呟くように言う。飛び級したフリーラと違い実力でコツコツと成り上がってきたであろう彼女は、既に似た光景を見ていたのだろう。


「で、どうするのお父さん」


 立ち上がったピルカはアルドの指示を仰いだ。


「これ、盗賊たちのアジトまで持ち去られてるよ」

「……だな。その可能性が高い……いや、確実にそうだ」


 まさか親切に街まで届けに行った、ということはあるまい。それに轍の続く方向も逆だ。


「そうなると、依頼を果たすには盗賊のねぐらに飛び込む必要がある、けど」

「……真正面から、盗賊を相手にするんですか?」


 それは想定していたことではない。

 依頼内容はカンドの妻の形見を回収すること。襲われた馬車の中を探して、あってもなくても帰還。そういう段取りだった。

 途中で盗賊と戦闘する可能性はあったがゆえにヒーラーのセイランを雇ったのだが、それでも本拠地に乗り込むとなれば話は違う。


「切った張ったの大乱闘になるな……」

「この人数、でですか……」


 フリーラがゴクリと喉を鳴らす。数は四人。そして盗賊は最低でも十人で、しかも魔物がついている。圧倒的に不利だ。

 アルドは思案し、そして方針を決めた。


「……取り敢えず、アジトがどんな規模か見てみよう」

「ええ!?」

「まだ乗り込むと決めたワケじゃない。だが、規模感を確かめない限りは可能か不可能かの判断もつかない。……ピルカ、追えるよな」

「うん。轍がハッキリ残ってるから、簡単だよ。これならお父さんやフリーラでも追えるんじゃない?」


 ピルカの言う通り、魔物の足跡と轍はクッキリと残っていた。これは見失う方が難しい。


「よし。まずは見てみよう。もちろん、盗賊たちに見つからないように。異論は」

「ないよ~」

「……お師匠の判断に従います」


 ピルカは気負わず、フリーラは不安げだが頷いた。二人の剣の師がそういうのだ。その判断を信じる。

 セイランも手をヒラヒラと振りながら答えた。


「万が一の場合、妾を守ってくれるならよいぞ」

「ああ、それはもちろんだ」


 個人差はあるが、ヒーラーは守られる対象だ。【治癒魔法】のスキルさえあれば、多少の傷は癒やせるからだ。

 中には前衛に立って戦ういわゆるパラディンもいるが、セイランは明らかに後衛だ。

 万が一は命を賭けて守る。それが前衛の仕事だ。


「なら、よいぞ」

「そうか。では、行くぞ」

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