神々の話
「時に、聞いておきたい」
「ん?」
セイランが口を開く。
夜。焚き火の前での一件だった。
馬車が襲われた地点までは丸一日かかる。なので、アルドたちはその途中で野宿することに決めた。
街道の脇に逸れて、アルドの背負っていた背嚢から取り出した簡易テントを張って交代で休むことになった。
夜の丘陵は見晴らしがよく、遠くからも目立つが逆に接近にも気付きやすい。見張りを立てれば、そう易々とは近づかれないだろう。
今は食事を終えた直後で、これから休む順番を決めようかというところでのセイランの発言だった。
「お主たちが掲げる信仰はなんじゃ?」
「なんだ、藪から棒に……」
「これから行動を、少なくともあと一日二日は共にするのじゃ。聞いておいた方がいいかと思ってのう」
そう言われると、そんな気がしないでもない。セイランは服装からどうやら神職のようなので、そういうところが気に掛かるのだろう。逆にアルドはそこまで信心深くないので、気が回らなかった。
答えた方がいいだろう。アルドはそう考え、素直に答えた。
「俺とピルカは竜神信仰だ。そこまで熱心ではないが」
「竜神……古代竜を奉っているという」
「ああ。田舎だと多いな。土着の信仰だから、中央では認められず、争いに発展することが……っと、マズかったか」
まさに、今そういう状況なのではないか。アルドはハッと気付き口に手を当てる。
しかしセイランは呆れたように肩を竦めても、それ以上の不快げな感情を露わにしなかった。
「迂闊じゃな。じゃが妾にそういうつもりはないよ。互いに衝突しないように、予め聞いておきたいだけじゃ」
「そうか……」
ホッと胸を撫で下ろす。今後は気をつけねばなるまい。以前のパーティでは問題にならなかったので、この辺りの感覚は鈍いようだ。
「お主は、フリーラ」
「あ、私ですか」
セイランは、フリーラへと水を向けた。
昼間にピルカとの絡みに混ざった成果か、セイランから話しかけられても左程の動揺はないようだった。混乱することもなく、自然と答える。
「私は水神レイフィールを信仰しております」
「レイフィールか。意外じゃの。いい子ちゃんじゃから、てっきり権能神アウスかと思うたが」
「し、信仰に良い悪いはないのでは……?」
セイランの返答に、また別の意味で困って首を傾げるフリーラ。
「というか、セイランさんこそ権能神アウスの信仰ですよね? その僧衣はアウスの信者がよく着ているものですし」
「ん……まぁのう……」
セイランは一瞬目を瞑ったが、すぐに開いてフリーラを睨んだ。
「しかしそれは早計じゃよ。この僧衣は五大神全ての信仰に通じるものじゃ。偏見は争いを生むぞ、気をつけい」
「そ、そうでした。反省します……」
フリーラはシュンと縮こまった。
この世界には様々な神が在るとされ、その内でももっとも信仰されているのが五大神だ。
火神ガルニス。
土神ドルーア。
風神シルベルフ。
水神レイフィール。
そして、権能神アウス。
前四柱は物質的な森羅万象を司るとされ、広い地域で信仰されていた。人々は自然に畏怖と尊敬を捧げ、奉っている。ヒーカ村では竜神信仰だったが、田舎や辺境でもっとも信仰が多いのがこの四大自然神たちだ。
そして、権能神アウス。かの神は自然現象を司ってはいない。
では何を司っているのか。
それはスキルだ。
アウスは、もっとも人々に多くのスキルを与えている神だと言われていた。
「四大自然神は、この世の万物に平等に命を与えた。そしてアウスは、人々にスキルを与え厳しい自然の中でも生きていけるように救済した」
セイランが説法でもするように語る。
「争う力を持たぬ代わりに、神々の権能を平等に司る神。アウスはそこからスキルを創り出し、脆弱な人間へと分け与えた。じゃから、アウスは人間の神と言われておる」
「はい。なので、人間は四大自然神と同じように、いえそれ以上にアウスを奉っているんですよね」
フリーラも神話のあらましは知っているようで、確認するように頷く。
一方でアルドとピルカは、語り部から御伽噺を聞いた時のように曖昧に唸っていた。
「ほう……」
「へぇ~……」
「……お主たちは、神話をよく勉強した方がいいのう」
セイランは溜息をつく。
「じゃから人間社会ではアウスが信仰第一位。二番目に治水やら航海やらで貴族にも信奉者の多いレイフィールという形で続くのじゃ」
「そうなんだ~……」
「ま、信ずる神には気をつけておいた方がよいぞ? 時折とんだ邪神を信奉している輩もおるからの」
「冥神や毒神、獣神などですね」
フリーラが頷く。ピルカは追加された新たな名前に困惑した。
「め、冥神? 毒神?」
「神々は五柱だけではありません。人間にはあまり信仰のされない神々もいるのです。その中には獣神のように人間以外の存在にスキルを与える神もいるのです」
「人間以外に!? そっか、魔物の中にスキル持ちがいるのはその所為なんだ」
今までの疑問が氷解して、ピルカは感心した。
スキルは人間の専売特許というワケではない。亜人や、魔物の中にもスキルを持つものはいる。そういった者たちには権能神アウス以外の神々が加護を与えていると言われていた。
しかし人間に比べて数が少ないのは、権能を与える神アウスとの差が大きいから……とも伝えられている。
「だから、亜人はスキルが少ないって言われてるんだね」
「……そうさな」
亜人が人間社会に上手く溶け込めない理由には、それも一つあった。
亜人はスキルを覚えるのが遅い。決して覚えないワケではないのだが、習得のスピードは人間に対してかなり時間がかかるというのが通説だった。
とはいえ、それにも個人差がある。
「でもセイランちゃんは覚えてるもんねー」
そしてヒーラーとして立候補したセイランは、当然【治癒魔法】のスキルを覚えている。
年頃も幼い。少なくともセイランはその法則には当て嵌まらない存在だった。
「……ま、妾は神に愛されておるからのう」
「あははっ」
「ふふっ」
薄い胸を張り、セイランは誇るように言った。その様子が外見相応に見えて、二人の少女はクスリと笑みを漏らす。
「……さ、今日はもう休むぞ。順番は誰から……」
雑談に一区切りついたところで、アルドは締めくくった。
明日はいよいよ、依頼の本番だ。
※
翌日。
依頼で示された場所に辿り着いたアルドは、唸り声を上げた。
「……ない」
森の中。馬車を捨てたとされる地点には、何も無い。
ただ轍だけを残して、忽然と消えていた。
「……馬車ごと持ち去られた、か」
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