四人の出立

「ピルカ、フリーラ。準備は終わったか?」


 アルドは二人のいる部屋の扉を叩いた。

 今、三人が逗留しているのはシュネーに教わった宿屋だ。

 値段は程よく、立地もそう遠くない。店員の雰囲気もよく、アルドとしては気に入っている。

 借りている部屋はアルドの一人部屋、ピルカとフリーラの二人部屋の二つだ。


「待って~……よし、これでオッケー!」

「わ、ありがとうございます!」

「うん、似合ってる! いいよー、お父さん!」


 許可が出たので扉を開く。中にいたのは装備に身を包んだ二人だ。

 二人が纏っているのは同じ防具だった。布を重ね合わせ普通の衣服より防御力を固めた、いわゆるクロースアーマー。革や鉄と比べて防御力は期待できないが、軽いため動きやすく、なにより安いのが特徴だ。

 ピルカは黒地に赤いライン、フリーラは白地に青いラインが入ったデザインになっている。


「お、似合ってるじゃないか」

「でしょ~。あそこの武具屋、いい仕事しているよね!」


 二つとも、ウーンクレイの武具店にて買い求めた物だった。

 これまで冒険者ではなかったフリーラに装備はなく、ピルカの冒険者時代の装備は既に使い物にならないほど壊れていて、しかも安物だ。なのでこれを機に新たに購入したのだ。

 注文ではなく出来合いの品だが、ピルカは気に入っているようだった。

 ブーツは常通りの物。ベルトには剣を佩き、ポーチの中には水薬ポーションの類。

 これが二人の冒険装束だった。

 軽装だが、動きやすさを重視した姿だ。


「将来的には、鉄の手甲やらを追加したいが……」

「流石にそこまでのお金はね」


 ピルカは苦笑する。ヒーカ村からあるだけの貯金は持ち出したが、それでも贅沢が出来るほど余裕があるワケでもない。更なる防具を買い揃えるだけの金は、これから稼がなくては。


「お父さんも、中々サマになってるよ!」

「そうか。まぁ、こっちは昔の奴を引っ張り出してきたからな」


 一方でアルドの装備は昔使っていた物だ。

 とはいえ古い物なので、錆びていた金属部品や劣化した部分を外した結果、ピルカたちとあまり変わらない質の装備となっている。


「スタート地点は皆同じだな」

「だね。だからこそ、こっから積み上げていく楽しみがある!」


 そう言ってニヤリと笑うピルカに、アルドも笑い返す。


「なら、稼がないとな。行くぞ」

「うん!」

「はいっ!」


 準備を整えた三人は宿を出立した。



 ※



 馬車が襲われた場所が西なため、集合は西門だった。


「……む、来たのう」


 先に待っていたセイランが、三人に気付き近づいてくる。

 セイランの格好は先日と変わらない。僧衣のみ。脚に巻いたベルトにポーチをつけ、そこに小物類を入れているようだ。

 手には身長ほどはある大きな杖を握っていた。


「……宝具か?」

「さて、ここは秘密にしておこうかのう。まだ最初の依頼じゃし」


 意味深げな笑みを浮かべ、セイランは杖を背負い直す。


「では行こうかの。盗賊退治に」

「ああ」


 依頼内容は当然説明してある。

 実質盗賊退治であると聞いてもセイランは怯むことはなく、むしろ乗り気であった。


 四人は西門を潜り、依頼の場所を目指した。

 ウーンクレイの西は緩やかな丘陵と森が広がっている。それらを貫くように、街道が伸びていた。


「この先、丸一日ほど行ったところだな」

「長いのう……馬車でも借りてくればよかったかのう」

「そんな金はない」


 キッパリと言い、肩を竦めるセイランを連れて進む。


 道行きは穏やかだった。一応警戒は怠っていないが、魔物の気配も盗賊の姿もない。


「平和ですね」

「まぁ、そんなしょっちゅう襲われるようなら、商人や旅人たちも使わなくなるからな。少なくとも、街からの目が届かないところになるだろう」


 雑談を交わしながら歩く。話は自然、新顔であるセイランのことになる。


「セイランちゃんセイランちゃん」

「なんじゃ、ピルカとやらよ」

「耳とか、触ってもいいかな」


 手をワキワキとさせて迫るピルカに、セイランは鬱陶しげな目で睨み返す。


「お主は大して知りもしない輩に『耳を触りたい』と言われて素直に差し出すのか?」

「う……そう言われるとしないかも……」

「じゃろうて。なら諦めることじゃ」

「……あ、でも尻尾は私にはないよ! だから尻尾は触ってもいい?」

「どういう理屈でそうなるのじゃ……」


 ピルカは積極的にセイランと絡みに行く。だが一方でフリーラは遠慮しているように見えた。


「フリーラ」

「あ、お師匠……」

「気が引けるか?」


 フリーラは眉を下げ、しかし首を振った。


「すみません、嫌っているワケではなくて……でも」

「どう接したらいいか分からないか」

「はい……亜人の方と話をするのは初めてなので」

「だろうな。ヒーカ村に亜人はいなかった」


 多くの人間が行き交う都市ならともかく、寒村にまでやってくる亜人は少ない。

 やはり、亜人と接した経験がないことに不安があるらしい。


「私の無知が原因で気付かない内に逆鱗に触れてしまわないか、心配で……」

「……そこを配慮できているなら、構わないと思うが」

「そうでしょうか」

「ああ。無神経によりは、そういう精神を持って話してもらえる方がいいだろうよ。……ああいうのよりは」


 アルドは呆れ顔で二人を指差す。どうにかして耳や尻尾に触ろうとするピルカとそれを杖でひっぱたくセイランの攻防が見える。


「あはは……」

「ピルカも、そういう思いがないワケではないだろうがな。それはそれとして、という奴だろう。昔から動物は好きだったし」

「そうなんですね……」


 フリーラは二人を見つめ、意を決したように頷いた。


「……話しかけてみようと思います」

「ああ。そうしろ。ついでに、娘の首根っこをひっ捕まえておいてくれ」

「あはは……それはどっちが動物か分かりませんね……」


 苦笑し、フリーラは二人へ向かっていく。

 三人に増えていっそううるさくなった女子たちを見つめ、アルドは呟く。


「……姦しいな」


 唯一の男であるアルドは、少しだけ肩身が狭かった。

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