セイラン・ヒャッコ

「……アンタ、名前は?」


 アルドは問いながら、声をかけてきた少女の風体をよく観察した。


 身につけている服は王国では一般的な僧衣だ。白を基調に赤い線が走った長い布を肩から前後に垂れさせた、いわゆるスカプラリオ。それ自体はよくある格好で、街などでも時折見かける姿だ。

 しかしそれ以外はどこをとっても異常だった。


 まずは背丈。低い。アルドの胸どころか腹までしかない。まるで子どもだ。それも十歳前後くらいの。

 そしてそれ以上に……。


「……狐」


 ボソリと呟いたフリーラの言葉が物語っている。

 赤みがかった金髪の間から飛び出すのは三角形の獣耳。そして臀部で揺れるのはフサフサとした尻尾。どちらも、狐のそれとよく似ている。

 少女の動きに釣られて、それは自然と動いた。造り物ではない。


「妾の名はセイラン・ヒャッコ。見ての通りのヒーラーじゃよ」


 狐耳の少女、セイランはそう名乗ると、翠色の瞳でアルドのことをじぃっと見つめた。


「そちの名は?」

「あ、ああ。俺はアルド・ガイスト。こっちは……」

「ピルカ・ガイスト。お父さんの娘!」

「フリーラ・ケイです。お師匠の弟子です」


 アルドに続いてピルカが元気よく、フリーラが礼儀正しく自己紹介する。

 それを聞いて満足そうにセイランは頷き、胸元へと手を置いた。


「お主ら、ヒーラーを探しておったのじゃろう?」

「ああ……そうだが」

「なら、妾がパーティに入ってやろう。そう言っているのじゃ」

「……もし本当なら助かる、が」

「なんじゃ?」


 小首を傾げるセイランに、アルドは言いにくそうにする。

 どう触れるべきか。

 迷っている内に発言したのはピルカだった。


「ね、セイランちゃん」

「む、ピルカとやら。なんじゃ?」

「セイランちゃんって本当に冒険者なの?」


 それだ。どう見ても、セイランは冒険者に見えない。

 教会の修道士見習いと言われた方が納得できるような、幼い容姿をしていた。


「ふむ。なるほど。ではこれでどうじゃ?」


 セイランは首元からチェーンに繋がれた冒険者証を引き抜いた。そこには名乗ったとおりの名前と、階級が刻まれている。


「わ、C級冒険者!?」

「私と同じ階級です……!」

「うむ。これで信じたじゃろう? 妾は歴とした冒険者じゃよ」

「……分かった。それは信じよう」


 冒険者証の偽造は重罪だ。なくはないが、少なくともギルドの中で出すような危険は冒すまい。

 セイランは冒険者だ。それは確実だろう。


「それで、どうじゃ。妾を仲間に加えてくれぬか?」


 セイランは、幼げな顔つきに相応しくないような妖艶な笑みを浮かべてアルドに問うた。

 だがアルドは逆に訊いた。


「……むしろ、お前はいいのか」

「む?」

「俺たちがヒーラーを探しているということを聞いたのなら、同時に俺たちの評判も聞き知っているハズだが」


 そう。アルドたちの噂を聞いたというなら、何故ヒーラーが集まらなかったのかも知っているハズだ。

 だというのに、何故彼女はアルドたちへ声をかけてきたのか。


「妾も見ての通り、少々訳アリでのう」

「………」


 どちらのことを言っているのか、と少し迷うが、言っていることは分かる。


 亜人。字の通り、人に近くても異なる存在。

 エルフやドワーフ、そしてセイランのように身体の一部が動物になっている獣人のことを指す。

 彼らは大抵、人と距離を置いて暮らしている。

 人間が、自分たちとは違う容姿を拒絶してしまうからだ。


「どこのパーティに所属しても長続きせんだもんで、転々としておるのよ」

「そうか……」


 拒絶の理由は概ね三つ。

 一つは容姿や文化の違いによって異物として扱ってしまうこと。もっとも多く、感覚的な理由だ。

 二つ目は寿命の違いだ。亜人の方が寿命が長い。人と違う寿命は様々な悲劇と嫉妬を引き起こしてきた。

 三つ目は……。


(いや、これは今は関係ないか)


 アルドはかぶりを振って無駄な思考を追い出した。


「それで、どうじゃ? 試しに置いてはくれぬかのう」

「………」


 セイランの問いに、アルドは思案する。

 現状、ヒーラーは喉から手が出るほどに欲しい。それにC級なら依頼を変えずとも済む。

 ネックなのは信頼できるかどうかだが、それは初対面ゆえお互い様だろう。

 問題は、他の二人がどうか、だが……。


「わぁ~……」


 ピルカを見ると、セイランに合わせて揺れる狐耳を見て目を輝かせていた。見えないようにしているが、アルドの位置からはテーブルの下で手をワキワキとさせているのが見えた。動物好きなピルカのお眼鏡には適ったらしい。


「………」


 フリーラの方は、セイランの発言になんと言ったらいいか困っているようだった。同情するべきか、触れずにおくべきか……その表情から、亜人への対応に慣れていないことが伝わった。

 無理もない。珍しい存在だ。人の拒絶も、案外そちらが理由であることも多い。

 だが少なくとも、彼女自身に隔意はなさそうだ。


 そしてアルド自身も亜人に対する悪感情はない。

 というか、アルドの親しい知り合いの中にも亜人は存在する。亜人の扱いには、むしろ慣れていた。


 断る理由もない。


「分かった、セイラン。取り敢えず、この依頼の間はよろしく頼む」

「うむ、よろしゅう」


 アルドとセイランは契約成立の証として握手する。予想よりも小さな掌だった。

 仲間は増えた。……暫定的に、だが。

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