ヒーラー探し

「仲間が必要だ」


 ギルドに着くなり、アルドはそう切り出した。

 首を傾げたのはフリーラだった。


「仲間、ですか?」

「ああ。盗賊の数がどれほどかは分からないが、いずれにせよこの三人では難しい」


 カンドから詳しく聞いた情報によると、襲われた時の盗賊の数は十人前後。それを最低限として、それ以上の数がいると見るべきだ。


「えー、でも雪這いスノーストーカー凍飛竜フロストワイバーンもこの三人で狩れたんだし、別にいいんじゃ……」


 ピルカは唇を尖らせて渋った。

 身内以外の仲間に対する忌避感が未だ消えていないのだろう。

 しかしアルドは首を横に振った。


「現状のパーティではバランスが悪すぎる。剣士三人ではな。それはピルカ、お前も分かるだろ」

「う……」


 そう言われると黙るしかない。

 前衛三人。できることは剣を振ること。冒険者のパーティとしてはかなり偏った編制だ。


「だから最低限の処置として、ヒーラーを入れたい」

「ヒーラー……【治癒魔法】のスキルを持つ人々の総称ですね」


 フリーラの言葉にアルドは頷く。


「ああ。盗賊が最低十人、下手をすればその倍はいるかもしれないところに飛び込むんだ。殲滅が目的ではないとはいえ、怪我をする確率は高い。そんな時、治癒魔法の有無は生死を分ける」

「でも霊山の時はさぁ……」

「アレは非常時だ。それに寒村に来てくれるワケがないだろ。だが今は別だ」


 アルドはギルドの中を指し示した。併設された酒場では、昼間の現在でも多くの冒険者たちがめいめいに過ごしている。


「あの中を当たれば、フリーのヒーラーの一人や二人いるだろう。最悪、今回の依頼の間だけの契約でもいい」

「臨時ってことですか」

「ああ。俺たちからしても、ソイツが合うかどうかは別の話だからな。必要でも、長期的に見てマイナスとなる可能性はある。まずは試しで、それが今回の依頼だ」

「それなら、まぁ……」


 ピルカは渋々だが、納得の姿勢を見せた。治癒魔法の必要性は理解している。


「……コズモさん、全然私に使ってくれなかったけど」

「今はその話はするな。はらわたが煮えくりかえる」


 アルドは額に浮かんだ血管を鎮めながら、ギルドの中へ一歩踏み出す。


「とにかく、片端から当たってヒーラーを探そう」


 こうして、一行のヒーラー探しが始まった。



 ※



 そして、すぐに行き詰まった。


「……また駄目か」

「これで三件目だ~」


 酒場のテーブルの一つを占拠して、三人は唸っていた。

 アルドは顔を顰め、溜息をついた。


「やはり悪名が勝るか」

「悪いことはしてないのにね~」


 ウーンクレイの冒険者は多い。やはり地方で一番の都市だけあって、各地から集まってくるらしい。

 おかげで今日酒場に集まっている冒険者の中にも、ヒーラーは何人かいた。身体が空いている者も。

 だが、全員から断られた。


 ある者は、他のパーティに誘われているからと辞退した。

 ある者は、苦笑いを浮かべながら別の依頼を受けたいと断った。

 そしてある者に至っては、腹痛を訴えて叫びながら走り去った。


 三者三様だったが、その裏にある理由は明けている。


「スキルなしとは組みたくない、か」


 アルドがスキルなしという噂。それを知って敬遠しているのだろう。


「シュバインに勝ったって話を聞いてつっかったり侮ったりはしないけど、組むのはまた別って話だね~」

「みたいですね……ここまで酷いなんて」


 フリーラも難しい顔で頷く。これではヒーラーが集まらない。


「知ったらまたシュネーが落ち込んじゃうね。……そういえば」


 はたと気付いたように、ピルカは顔を上げてフリーラに言った。


「フリーラもあんまりスキル差別しないよね」

「えっ?」

「ほら、私とお父さんは田舎に引き籠もってたから知らなかったけど、フリーラは外から来た人でしょ? なのに他の人たちとは違って差別とかがないのは不思議だな~って」


 アルドとピルカが現在のスキル至上主義社会と常識がズレているのは、田舎のヒーカ村でずっと暮らしていたからだ。辺境の寒村に流行はあまり届かない。都市で宝具が流通するようになろうと、ヒーカ村までその恩恵が届くのはずっと先の話だろう。だからアルドたちは、スキル至上主義の話を知らなかった。

 だが、フリーラは違う。ヒーカ村の外から来たハズだ。


「え、え~っと……」

「そう言えばフリーラがどっから来たとか聞いたことがなかったかも。どの辺? ウーンクレイが違うってことは、もっと中央より?」

「う、そ、それは……」

「ねぇどこ~」

「うぅ……!」


 ピルカからの質問に、フリーラはダラダラと冷や汗を流し始める。

 ジッと純粋に見つめる紅い瞳に耐えきれなくなる前に、アルドは助け船を出した。


「やめておけ。今はそれよりヒーラーをどうするかが重要だ」

「……それもそうだね。あー、どうしよー!」

「ほっ……」


 すぐに頭を切り替えて伸びをするピルカと、ホッと胸を撫で下ろすフリーラ。その二人を眺めつつ、アルドもまた思案する。


(なしで行くか? 最悪はそうなるが、やはりいざという時の治癒は確保しておきたい。水薬ポーションはあっても、やはりスキルほど万全にはならない……)


 人体を癒やす効力のある水薬ポーションは、言うなれば治癒の宝珠だった。

 【治癒魔法】をダウングレードした魔術を、宝石ではなく薬草を使った液体に籠めることで使い切りの回復薬としたもの、それが水薬ポーションだ。

 なので、【治癒魔法】と比べて効果が薄い。それこそ、応急処置が精々である。


(万が一を考えれば、やはりヒーラーは……)


「……のう」


 考え込んでいたアルドは、ふいに聞こえた声に顔を上げる。

 それは、自分に話しかけているようだった。


「お主たちが、ヒーラーを探している者たちか?」


 幼い印象を感じさせる声。

 顔を上げると、そこにいたのは僧衣に身を包む幼げな少女だった。

 ただし……。


「もしそうなら……妾を雇わぬか?」


 頭に、狐の耳が生えていた。

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