一人娘
カンドはにこやかな雰囲気を崩さなかった。
ただ、空気は無音の内に張り詰める。
「………」
「時折、あることだ。盗賊から逃れる対処法としては」
街道に出没する盗賊の主な獲物は商人だ。規模によっては多人数の集まったキャラバンも襲う。
襲われて、逃げ切れないと見た時、商人たちの取る対処法はいくつかある。
一つ。単純に護衛の戦力で撃退する。
無傷で済めば一番損失の少ない方法だ。しかし戦闘で死人が出る可能性もある。
充分な護衛を雇うのも楽ではない。できるならあまり取りたくない選択肢だ。
二つ。代価を差し出し許しを乞う。
盗賊たちが満足するだけの金や食糧を差し出し、人命含め他は見逃してもらう。
盗賊とて戦闘で死人は出したくない。だから無血で終わるならばそうする。
ただし、盗賊がそれで満足しなかった場合はマズい。降伏し無抵抗のところを皆殺しに遭うかもしれない。リスクは大きい。
そして、三つ目。
荷物の一部を置き去りにして逃げることだ。
「いわゆる蜥蜴の尻尾切り。これなら戦闘する必要も、降る必要もない」
一つ目では血が流れる。二つ目では交渉次第の運試し。
だがこれなら、どちらにもならない。
何か目的がある盗賊でない限り、馬車一つでも大きな獲物だ。それで満足し、確保に走る。
もちろん馬車が一つしかないような商隊では無理だ。しかしエスクード商会のような大手ならば可能である。
「そして人は馬に乗り、一緒に離脱した。これならば、馬車だけが取り残された理由に説明がつく。……如何ですか?」
「……いやはや。冒険者という人種は幾人か見てきましたが、貴方は一際鋭いように見えますね。商人が嘘を見抜かれるとは」
「どんな名剣士でも初めて振るう刀剣は扱いにくい。吐き慣れていない類いの嘘だっただけでしょう」
アルドは改めてカンドの細い瞳を見据えた。その応酬を邪魔しないように、ピルカとフリーラは息を潜める。
「何故、こんな嘘を? いや、理由は分かります。盗賊が出現すると分かっている場所にわざわざ回収に向かう冒険者は奇特だ。それならば盗賊退治の依頼を受ける」
盗賊と戦う必要があるのなら、そういった類いの依頼を受ければいい。単純な話だ。
それに盗賊退治の依頼は領主などから出ていることも多い。報酬額だけではなく、ギルドや貴族からの覚えもめでたくなる。その分、難しいが。
「ですが動機は分からない」
盗賊に狙われ置いていったのなら、中身が無事である可能性は極めて低い。そんな荷物を嘘をついてまで探そうとする、その動機がアルドにはまったく分からなかった。
「……何故ですか?」
「………」
問われ、カンドは沈黙する。それは何を言うべきか、悩んでいるような間だった。
アルドは待つ。
「……娘がおりましてな」
やがて口を開く。
ポツポツと語られ始めたのは、一見依頼とは関係のないことのようだった。
「一人娘です。歳は八歳。器量の良い子でしてな……もう既にこの商会の跡取りと見据え、色々と教えております」
「親馬鹿ですな」
「まったくです」
フリーラがアルドを凝視しているが、アルドは気付かない。
カンドは続ける。
「ですがまだ幼い子どもだ。時には母が恋しくなる時もある。それが物心つくか否かという記憶であっても」
「……不躾ですが、奥方は」
「亡くなりました。もう五年は前の話です」
「……そうですか」
応接間に先程とは違う類いの沈黙が降りる。それは瞑目だった。
辛そうに額へ皺を寄せたカンドは語る。
「盗賊に襲われたキャラバンの時も、娘を乗せていました。商人のイロハを教え込むため……そして何より、離れたくないと私に縋り付くあの子を引き剥がせないがために」
「貴方が唯一の肉親なら、その気持ちは分かりますな」
ピルカがブンブンと首を縦に振っている。
「まさかその娘さんが取り残されて……?」
「そんな話ならば、私は今ココで冷静に話してはいられないでしょうな。ですが……取り残されたものがある、というのは正しい」
「……何が?」
「形見、ですよ」
カンドはふーっと重い溜息をついた。
「あの子が持ち出した家内の……母の形見。それが運悪く、切り離した馬車に載っていた」
「何故」
「落としてはならないから仕舞っておきなさいと私が……今思えば先頭の、私たちの荷物が入っている馬車と指定するべきでした」
子どもはまだ常識を覚えていない存在だ。だから大人からすれば効率の観点からしない突拍子もないことで、平気でやる。
旅先では、それがトラブルへと続く。
「気がついたのは、ウーンクレイにまで辿り着いた時でした。あの子は涙目で形見を探して……しかし見つからず。泣きじゃくるあの子の証言を必死で拾い上げて、判明したのが昨日のこと」
「なるほど……つまり捜索するのは」
「ええ。その形見です」
アルドはようやくこの依頼の全体像が見えた。
これは商会、商人としての依頼ではない。カンド個人としての私的な依頼だ。
親として、そして夫として亡き妻の形見を取り戻したい。その一心で出した依頼書なのだ。
そして捜索してほしいのは馬車の荷物ではなく、形見。金銭的な価値よりも思い出としての価値が優先された物なのだろう。それならば、盗賊が捨て置く可能性はある。
だが問題は、盗賊と戦闘する可能性があること。
「もちろん、報酬は上乗せさせていただきます。これは最初からそうするつもりでした」
そう言ってカンドが指で提示したのは、当初の五倍はする金額だった。
「えぇっ!? そんなにいいんですか!?」
「いや、馬車捜索としては破格だけど、盗賊退治としては妥当だよ」
驚くフリーラに、どちらも受けたことのあるピルカが言う。
しかしカンドが指を更に増やしたのには驚愕した。
「では、その倍ではどうでしょう」
「い……!?」
それは破格も破格だ。割に合っていない。
アルドは問う。
「何故、そこまで……」
「……私も人の親。しかし、多忙ゆえに親らしくできることは限られております」
カンドはやり手の商売人。生き馬の目を抜くような業界だ。一時も油断できないのだろう。
「あの子を連れていったのも、少しでも家族らしい時間を取れるようにと思ってのことです。……私との思い出は、最悪そうやって作れば良い。しかし、母親は違います」
亡き母との思い出は、もう増えることはない。これから薄れゆくだけだ。
「ならば、せめて少しでも多くの物を残してやりたい。それがあの子への……いえ、妻への手向けなのです」
「………」
「盗賊のことを黙っていたのは謝ります。ですがどうか、引き受けてはいただけないでしょうか!」
そう言ってカンドは深く頭を下げた。ウーンクレイきっての商会、その会長の頭だ。一介の冒険者が貰うには少々大きすぎる。
「………」
腕を組み、アルドは沈思黙考した。
アルドは結婚していない。だから、妻云々というのに実感が湧かない。
だが、娘のためを思う父親としては深く共感した。
そして、報酬は破格。
「お父さん……」
「お師匠……」
ピルカもフリーラも、同情的な目でアルドを見つめる。どうにかしてやりたい、そう思っているのだろう。
……二人が乗り気なら、否はなかった。
「カンドさん。頭を上げてください」
「は……で、では」
「引き受けましょう」
「お、おお! ありがとうございます!」
ガバリと立ち上がり、カンドは涙を流しながらアルドの手を握った。
藁にも縋る思いだったのだろう。自分の依頼が無茶である自覚はあったらしい。
しかし、釘を刺すことは忘れない。
「ただし、その形見の品が紛失している可能性はあります。回収できない場合は、ご了承ください」
「ええ、ええ。その場合でも、報酬は支払わせていただきます!」
カンドは頷き、確約した。
これで依頼は締結された。
カンドと別れ、一旦ギルドに戻る道を行く。
捜索依頼のハズが、実際には盗賊退治。
想定より大事の依頼となってしまった。
黙考の末、アルドは呟く。
「……仲間を一人、増やしたいな」
ずっと考えていたこと。
まずは肩慣らししてからと思っていたことを、前倒しする必要がでてきた。
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