依頼人

 アルドがチェックした結果、内容的には問題ない依頼だった。


「『キャラバンからはぐれた馬車を捜索して欲しい。馬車のみ。人員と馬の捜索は必要なし』……か」


 ウーンクレイの街並みを移動しながら、アルドは依頼内容を思い返す。

 ピルカは不満げに唇を尖らせていた。


「むー、私たちの冒険者デビューとしてはちょっと地味だよね」

「ご、ごめんなさい……」

「いや、丁度良いだろ。空気に慣れる目的ならこれくらいの方がいい」


 恐縮するフリーラを庇いつつ、アルドはしかし、と思案する。


(そう、大したことのない依頼、だが……)


 馬車の捜索。それ自体はたまにある依頼だった。

 道の整備が未熟で迷いやすいこの時代、キャラバンの移動中に馬車がはぐれて行方不明になるのはよくあることだ。

 商品を積んだ馬車が消えることはもちろん痛手だが、その捜索のために足を止めればそちらも大損害だ。人や馬ごとであっても、商機が優先される。大規模な商会では致し方のないことだ。

 なので一旦は置いておき、街に辿り着いた後に捜索の依頼を出す。上手くいけば物も人も戻ってくる。

 確かに切った張ったの冒険者が受けるにはいささか地味なのは否めないが、それでも立派な依頼で、大切な食い扶持だ。


(だが、人と馬の捜索が必要ない、というのは奇妙だ)


 アルドが引っかかっているのはそこだ。

 馬車がそのままはぐれたのなら、当然人も馬も一緒のハズ。

 人はもちろん、馬も高価だ。できるなら回収したいのが人情だろう。

 だが依頼書では、必要ないと書かれている。


(生存が絶望的なほど時間が経っているのか? あるいは……)

「あ、着いた。ここだよ、お父さん」


 そう思案している間に到着した。

 ピルカの声にアルドが顔を上げると、そこには立派な商店があった。

 三階建ての立派な建物には、『エスクード商会』という看板が掲げられていた。


「ここか……思ったより立派だな」

「ウーンクレイだと特に大きな商会だって、シュネーが言ってた」

「そうなのか」


 ウーンクレイは故郷のヒーカ村に近い都市だが、流石にそこにある商会の事情にまではアルドも詳しくない。

 そういう場合、お節介でピルカが教えてもらったシュネーの知識が役に立つ。


「特に後ろ暗い噂もなくて、ギルドも信用を置いてるんだって。王都にも支部があるみたい」

「それはかなり大きいな……」


 王国において一番金の集まる場所はどこかというと、やはり首都で物流の中心でもある王都だ。当然商人同士の競争率は高く、そこを分け入って王都に商会を置けるということは、それだけ儲かっている証と言えた。


「さて、失礼のないようにな」


 引っかかっていることは、もう一つ。

 その商会の、会長本人が直々の依頼人であるということだ。



 ※



「ようこそおいでくださいました」


 商会に入り店員に話しかけると既に話は通っていたのか、すぐに応接間に通された。

 ほどなくして現われた恰幅のいい男性に、アルドたちは立ち上がって頭を下げる。


「お待たせしてしまい申し訳ない」

「いえ。それほど待ったワケではありませんから」


 事実、四半刻も待っていない。

 アルドは顔を上げ、不信に思われない程度に男性を観察した。


 丸々とした大男、というのが大印象だ。

 背はアルドと同等か、あるいは抜かされているかと思うほど高い。だが体格は戦う者のそれではなく、肥え太っている。

 目は細く、顔の肉に押されていることと相まってほとんど線のようだ。

 身につけている装飾品は見て分かるほど高価だが、品がないというほど大仰に着けてはいない。肌には香油を塗っているのか、燭台の灯りに照らされて光っている。

 例えるなら、大人しい高級な肉牛のような男だった。


「どうも、初めまして。当商会の会長を務めておりまする、カンド・エスクードです」

「初めまして。俺は冒険者のアルド・ガイスト。こっちは同じく冒険者のピルカ・ガイストとフリーラ・ケイです」

「「初めまして」」


 依頼人との折衝は慣れているのだろう、ピルカは自然な仕草で挨拶した。フリーラも同様だ。むしろフリーラの方が仕草が優雅ですらある。


「おお、これはこれは可憐なお嬢さん方だ。ささ、どうぞ、お座りください」


 商会長カンドに促され、着席。一同はテーブルを挟んで向かい合った。


「さて……相手が商人ですと時候の挨拶から入るものですが、冒険者さんは話が早い方がよろしいですかな」

「助かります」

「では、改めまして……馬車を探して欲しいのです」


 カンドは唸るように言った。


「先日、我が商会の馬車が移動中にはぐれてしまいましてな。行方不明なのです」

「ええ。依頼書に書かれていたことは把握しています。場所は?」

「ウーンクレイから見て西ですな」

「西? ……あり得なくはない、か」


 ウーンクレイは王国の北東寄りに位置する都市だ。

 北には寒村、東には隣国。そして南には王都があり、西には《聖都ネビーワイト》が存在する。

 南は王都に続いているだけあってよく整備された街道があるが、西はそれよりかは劣る。はぐれる可能性はなくもない。

 だがてっきり北か東を予想していたアルドとすればアテが外れた形だ。もし北ならヒーカ村が近い分、探すのに地の利があった。

 とはいえ、それだけでは断る材料にはならない。

 ……それだけでは。


「依頼書では、人と馬は探す必要はないとのことですが」

「ええ。どちらも戻ってきていますので」

「……戻ってきた?」

「はい。馬車を放棄してウーンクレイに帰って来たのですよ」


 そう語るカンドの目は、やはり細く感情の色は窺えない。


「心細かったのでしょうね。一刻も早く街に戻りたい一心で捨ててきてしまったようなのです。まぁ事情が事情なのでさもありなんと、特に罰則はしませんでした」

「……なるほど」


 ここに来て、アルドは確信した。


「カンドさん」

「はい」

「……貴方が直接冒険者に依頼するのは初めてですね。これまでは、商会を通じて依頼を出されていたのでしょう」

「何故、そうお思いに?」

「断られることに怯えて、変な嘘をついているからです」


 アルドは断言した。カンドの言葉には、嘘が含まれていると。


「嘘?」

「ええ。人と馬が戻ってきた下り……それは嘘です。いえ正確に言えば、そもそも・・・・はぐれてなどいない・・・・・・・・・


 アルドの発言に、カンドは首を傾げた。わざとらしいとも、自然とも取れるような仕草だ。


「はて? それはおかしいですな。それでは馬車を探してほしいという、この依頼そのものが嘘になってしまう」

「そちらは嘘ではないのでしょう。つまり、馬車だけがはぐれた」

「……独りでに馬車がどこかへ行ってしまったと? それはよりおかしな話だ」


 大きな腹を揺すってカンドは笑う。しかしアルドも微笑を浮かべていた。


「ええ。馬車が勝手に動くなどあり得ない」

「だったら……」

「ですが、置いていく・・・・・、ならあり得る」

「………」


 アルドは答えを言った。


「……馬車は置いていったのでしょう。恐らく……盗賊から逃げる囮として」


 盗賊が出るのと否とでは難度が大きく違う。

 それが、この依頼の不審点だとアルドは見抜いた。

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