乾杯

「……ほう」

「俺は一応、このウーンクレイではそれなりの冒険者だ」

「それなり、じゃなく最強、だよお兄ちゃん」

「さっき最強じゃなくなったじゃないか」

「う……」


 シュバインはジョッキを片手にしながらも、真剣な眼差しでアルドを見つめる。


「そんな俺の率いるパーティだから、舞い込む依頼の難度は高く、課せられる責任は重い」

「……だろうな」

「だから信頼できる仲間が一人でも欲しい。そして強ければなおいい。その点、アンタはどちらも満たしている」

「……俺一人、という話ならば考えるまでもないが」


 アルドは交互に両隣の少女を見た。娘であるピルカと弟子のフリーラ。二人を置いて自分だけがパーティに加入するという話なら即座に断る。

 シュバインは分かっているというように頷いた。


「もちろん、二人も加入してもらいたい。アンタの弟子っていうなら人格も実力も折り紙付きだろうしな。片方はA級で、しかも《荒鷲の剣》にいたっていうし」

「う……その話は忘れて」

「?」


 苦い顔をするピルカに兄妹が首を傾げたのを横目に、アルドは思案する。

 つまりはスカウト。三人とも自分のパーティに取り入れるという話。

 様々な可能性を考えて、悪くないとアルドは判断する。


 メリットは、ウーンクレイに詳しいアドバイザーを得られること。

 ウーンクレイを拠点とする以上、冒険の舞台はこの周辺になる。地形や魔物の生態はギルドである程度調べることはできるが、それでも生の経験を持つ人間から直接教授された方が為になるだろう。

 生死を分ける情報だ。精度も量も、多いに越したことはない。

 もちろん、単純に仲間が増えるのもいいことだ。


 デメリットは、パーティメンバーとの関係性。

 軋轢が起きればトラブルの元となる。ただでさえアルドとピルカは無能体質だ。そこに難癖を付けられる可能性は大きいだろう。

 それにそもそも、この誘いが詐欺かもしれない。騙され隙を突かれ、身ぐるみを剥がされる可能性もあるといえばある。


「………」


 だが、アルドはその可能性は低いと見ていた。

 判断材料は、シュバインだ。


「……どうだ?」


 直接剣を交え、アルドはシュバインが一角の戦士であると確信した。

 そしてその性格が実直であること。

 彼からすれば、アルドに助け船を出す必要はなかったハズだ。妹のシュネーを助けるためとも考えられるが、それにしてはアルドへの配慮が足りすぎている。

 だからこれは善意なのだろう。

 もちろん、それらが演技である可能性は、絶対にないとは言い切れない。

 それでもアルドは、これを疑うならば騙される方がいいと思うくらいにはシュバインという男が好きになってしまっていた。


「……フリーラ」

「私は、お師匠たちに従います」

「そうか」


 まだ冒険者ではないフリーラは、この話の善悪がまだ分からないのだろう。だから経験者であるアルドたちに任せる。合理的な判断だ。


「ピルカ」

「……私は、ちょっと」


 一方でピルカは及び腰だった。


「前のパーティが……ね」

「ああ、そうだな」


 アルドも頷く。

 恐らく最初はこうして勧誘されたであろうピルカは、しかし《荒鷲の剣》で散々な目にあった。だからパーティそのものに苦手意識があるのだろう。


「でも、お父さんがシュバインを認めたのなら……信じられるんじゃないか、とも思う」

「そうか」

「だから、お父さんが決めてほしい」


 そう言うピルカの瞳は、力あるものだった。

 酷い目に遭わされても、前に一歩踏み出す意気は失っていない。トラウマを乗り越えようとする勇気がある。

 きっと、アルドが所属するという選択を取ってもピルカは文句を言わず着いてくるだろう。


 二人の弟子は、アルドに委ねた。

 この誘いを受けるのか、否か。


 アルドが出した、答えは。


「――光栄な話だが、断らせてもらおう」


 拒否だった。


 アルドの答えを聞き、シュバインは残念そうに溜息をつく。

 しかしそれは言葉にせず、代わりに問う。


「そうか。理由を聞いてもいいか?」

「ああ。まず、アンタらに迷惑を掛けたくない」

「俺たちに?」

「そうだ。俺が無能体質であることは、既にギルド中に知れ渡っているだろう」

「うぅ……」


 元凶であるシュネーが申し訳なさそうに縮こまった。

 先の騒動を起こした所為で、アルドの無能体質はギルドの冒険者たちに広まっている。模擬戦で力は見せつけても、難癖を付けてくる輩は皆無ではないだろう。

 それにまだ知れ渡ってはいないが、ピルカも無能体質だ。そちらもどんな拍子でバレるか分からない。


「文句を付けてくる奴から、アンタは俺を守らなければならない」

「そのくらいは、リーダーの義務だ」

「そう言うだろうな」


 リーダーの責務としては、そうだろう。

 だが庇われる側が迷惑を掛けたいと思うかどうかは別の話だ。


「それから、もう一つ。こっちの方が大きい理由なんだが」

「なんだ?」

「俺たちが求めているのは、金でも普通の冒険でもない」


 アルドは、隣のピルカの頭に手を置いた。


「……俺たちが目指してるのは、『俺たちの冒険』、だからだな」

「! ……うんっ!」


 ピルカは嬉しそうに頷いた。

 あの日語ったピルカの願い、『冒険のやり直し』。それはきっと、他人の冒険ではないハズだ。

 アルドと、ピルカと、フリーラ。自分たちで描き、挑み、試行錯誤する。それが、ピルカの願う冒険。

 今はまだ、どういう形になるのかは分からない。

 だがそれを、他人に委ねるのは違うと思ったのだ。


「だから、悪い。この話はなかったことにしてくれ」

「……そうか。惜しいな。だが、仕方ない。手を引くよ」

「すまんな」

「いいさ。だが、いつでも歓迎している。気が変わったら言ってくれ」

「そうするよ」

「じゃあ、改めて」


 苦笑しながらシュバインはジョッキを突き出す。アルドも合わせた。


「果敢なる再挑戦者の前途に」

「……親切な筆頭冒険者に」

「「乾杯」」


 かち合わせる。

 パーティには入らない。だが、この男との友情は長く続く。

 そんな気がした。

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