奢り

「いやぁ負けた負けた! 気持ち良いくらいの完敗だぜ」


 そう言ってシュバインは呵々と笑った。

 周囲の冒険者はざわめいている。自分たちが目撃したものが信じられないようだ。そんな中から飛び出してきた影が、アルドへと抱きついた。


「お父さん!」

「うおっと」

「流石! 信じてた!」


 ひしと飛びついてきたのはピルカだった。グリグリと胸へ頭を押しつけてくる。

 ピルカを追いかけてフリーラもやってきた。


「お師匠、お疲れ様でした」

「ああ。かなり際どいところだったが」

「いやいや! 逆に俺はかなりの差を感じたね。アンタ、どこぞの剣聖かい?」

「ふふふ、見所があるわね! そう、お父さんはすごいんだから!」


 一行にシュバインを加えた四人でワイワイと盛り上がる。

 それを無言で見つめているのは受付嬢だ。

 アルドはピルカをそっと引き剥がし、問う。


「それで、判定はどうだ?」

「えっ、あっ」

「俺はお眼鏡に適ったのかと聞いているんだ」


 受付嬢はしどろもどろになりながら答えた。


「その、はい。確かに、おに、シュバインさんに勝つようならば、B級……いえ、A級に相応しいだけの実力があると……認められます」

「そうか。なら」

「……はい。アルド・ガイスト様のB級での再登録を承認します。……あの」

「ん?」

「……申し訳ありませんでした!」


 受付嬢は青い顔をして、その場で頭を下げた。


「失礼なことを言った挙げ句、疑ってしまい……平等に接するべき受付として恥じるべき行為をしてしまいました。本当に、申し訳ありませんでした!」


 平身低頭。身体を直角に曲げて謝罪する受付嬢。

 アルドが何と言うべきかと迷っている内に、先に声をかけたのはシュバインだった。


「ほらな、シュネー。人をスキルのあるなしで判断しちゃ駄目なんだって」

「……はい、その通りでした。伏して謝罪します」

「アルドさん。ここはどうか許してやってくんねぇかな。この子も反省しているみたいだし……もちろん、アンタの溜飲は収まらねぇってんなら話は別だが」

「いや……そもそも、俺はB級での復帰を認めてくれさえすればそれでいいからな」


 娘が納得するのならどう転んでもよかった。そしてそのピルカが非常に満足そうにしているので、これ以上文句を言うつもりもない。

 ただ、気になることが一点。


「斧の弁償は必要か?」

「あっ、それは、えっと」

「そもそも、ギルドの備品だから正式な冒険者以外には貸し出し禁止なんだよ。アンタはまだ違うだろ?」


 答えたのはシュバインだった。

 アルドは目を瞠り、唸る。


「む、そうなのか。すると、違反行為の賠償金も必要か」

「いやいや、だから書類上は俺が借りたって形になってるのさ。払うのも俺だ。アンタが気にする必要はないのさ」

「……いいのか?」

「そもそも、俺がふっかけた喧嘩だしな。シュネーも、それでいいよな」

「あっ、はい。……いえ、やっぱり私が支払いま……」

「だからいいって。それに、払う相手は俺じゃないだろ?」


 シュバインはアルドの肩に手を置いて言った。


「こっちに賠償しなきゃ」

「いや、だから別に気にしてな……」

「い、いえ! 何かさせてください! なんでもします!」

「……しかしな」


 顔を上げた受付嬢は、詰め寄るような勢いで言った。求めていないアルドとしては、困惑してしまう。

 シュバインが隣で囁いた。


(アルドさん、受けてやってくんねぇか。この子真面目だから、なんもなしの方が却って引き摺っちまう)

(む……)


 そう言われれば、アルドも断れない。

 少し考えた末、仕方なく頷く。


「分かった。なら、今日の夕飯を奢ってくれ。後、良さそうな宿も見繕ってくれると助かる」

「そ、そんなことでいいんですか?」

「丁度今、困っていたところだしな」


 どちらも今日中に解決しなければならない問題だ。この街の情報に通じてそうな受付嬢にそれが相談できるなら、むしろ願ったり叶ったりだった。


「頼めるか? 再登録も頼む」

「は……はい。もちろんです! ……重ね重ね、申し訳ありませんでした!」


 再び受付嬢は頭を下げた。

 こうして、アルドはB級冒険者としての身分と宿を手に入れた。



 ※



 そして、その日の夕方。

 アルドたちは約束通り、ギルドの酒場で受付嬢に奢られていた。


「何、二人は兄妹なのか」

「そうそう、そうなのよ」


 答えているのは同席するシュバインだった。

 既にジョッキを片手に顔が赤らんでいる。


「俺とシュネーちゃんは血の繋がった家族なのさ」

「……はい、その通りです」


 シフトから上がって非番となった受付嬢……シュネーがシュバインに酌をしながら頷く。

 何故かシュバインがアルドたちが奢られる場に混ざっているのか疑問だったが、それで晴れた。


「へぇ~、意外」


 アルドの隣でピルカは二人の顔を見比べる。ちなみに謝罪する立場であるシュネーがアルドに酌をしていないのは、ピルカが断固として譲らなかったからだ。更に言うと、反対側はフリーラが固めている。

 ピルカは父のついでに奢ってもらった果実水を手に首を傾げた。


「性格は正反対だよね?」

「まぁな。俺がちゃらんぽらんなのに対し、こっちは大層真面目だろ? だから今日みたいなこともやらかしちまってさぁ」

「……それはお兄ちゃんが不真面目すぎるだけだよ」


 ボソリと言う文句が力ないのは、実際に今日はやらかしたという自覚があるからか。

 シュネーはアルドに向かってペコリと頭を下げる。


「重ね重ねその件は……」

「何回重ねる気だ。別にいいって」


 余程堪えたのだろう。隙あらば謝罪を入れてくる。

 アルドからすればいい迷惑だ。


「ほら、アルドさんもいいって言ってるだろ」

「うぅ……」

「だが、スキルなしはあんな感じに対応されるんだな」


 アルドからすれば、話してほしいのはそっちだった。

 スキルなしに対する冷たい対応。スキル至上主義時代の洗礼を初めて受けたアルドからすれば、これがスタンダードなのかどうかを知る方が先決だ。


「……はい。私が言うのもなんですが、どこも同じような対応だと思います」


 恥じ入りながらシュネーは答えた。


「工房もスキルなしの弟子はお断りですし、個人の能力が物を言う傭兵なども同様です。商人や兵士ならば加入することはできますが、大したことは任せてもらえず……雑用係として扱き使われるのが精々です」

「そうなのか……思ったより酷いな。俺のようにスキルがない人はどうしてるんだ?」

「……そもそも、現代でスキルが一つもない人間、というのは珍しいのです」

「ほう?」


 アルドは目を見開いた。知らなかった。


「スキルは神からの恩恵。生まれた瞬間から与えられるものもあれば、後天的に得られる場合もあります」

「俺の場合は先天的だな」

「あ、私もそうです」


 シュバインとフリーラが手を挙げる。二人とも、自身のスキルとは生まれた時からの付き合いらしい。


「そして後天的の場合、それに応じた修練を積むことでスキルを習得できる可能性があるのです」

「例えば【剣術マスタリー】とかだな。小さな頃から素振りを毎日何千回としていれば、ある日突然スキルが芽生える」

「巷や神学者では、『神からの褒美』と言われています」

「ああ、そういうことか」


 そう言われれば、アルドも納得できた。アルドが現役の頃も、似たような事象はあったからだ。

 例えば神に敬虔な祈りを捧げ続けた者が【治癒魔法】のスキルを得たり。

 あるいは幼い頃から盗みばかりをしてきた者が【強奪】のスキルを得たりなど。

 スキルは積んだ経験によって習得できる傾向がある。ということはアルドの時代から都市伝説のように噂されていた。


「ちょっと前は眉唾な話だったが、それを体系的に纏めて流布された学説が最近は主流でな」

「『スキル習得論』です」

「ああ。だからそれに従って訓練を積めば、スキルに芽生える奴は芽生えるんだよ。十年とか長い時間はかかるけどな。さっき言った工房とかも、それを期待して弟子を取るようなところはあるっちゃある。……ま、向いてる向いてないはあるけどな。そこは才能のあるなしよ」

「なるほどな」


 色々と納得できた。確かにそれならば、スキル至上主義時代が訪れたのにも納得が行く。

 スキルは決して手の届かない存在ではない。もちろん、望んだ物が必ず手に入るワケではないだろうが。

 ……だが。


「それでも俺たちのような無能体質はいる……」


 アルドとて、毎日の素振りは欠かさないし、剣術家としては一端のものであるという自負がある。

 それでもアルドには【剣術マスタリー】は芽生えなかった。

 いわゆる無能体質。世の中には、どんなに頑張ろうと一つのスキルも得られない人間もいる。


「ああ。……だからそういう奴らはあぶれて、物乞いや犯罪者になっちまうのさ」

「はい。……お恥ずかしい話、そういった手合いの可能性があるので、ギルドではスキルなしに厳しい対応をすることがあるのです」

「だからって過去にB級の経験があるアルドさんを疑うのはやり過ぎだけどな」

「うっ……本当に、申し訳……」

「だからいいって」


 そういうワケなら、理解できる。納得はいかないが。

 そして疑問も浮かぶ。


「シュバインはスキルなしと聞いても俺の実力を疑わなかったな」

「ん? まぁな。俺は目で見た物しか信じないから。そして戦ってみた結果、アンタは相当な強者だと感じたワケだ」

「……なるほど。俺と同じタイプか」

「ああ。凄まじい剣士だった……そこで、だ」


 シュバインは、これが本題だと言わんばかりに切り出した。


「アンタ、俺のパーティに入らないか?」

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