模擬戦の決着
開始の合図と同時に踏み込んできたシュバインに、アルドは即座に反応した。
突き出していた剣を上げ、シュバインの進路に置いて妨害する。
そのまま放置しては突き刺さってしまう。なのでシュバインはアルドへ叩きつける予定だった斧を振り下ろし、剣尖を弾いた。
「チッ、速いな!」
「そちらもな」
長柄の武器を使っているにしては速い動きだ。
当然だが柄が長くなればなるほど重量は増す。先端に付いているのが重量で押し切るための斧刃ともなれば尚更だ。しかしシュバインは事も無げに振るって、アルドの剣に迫るほどの速さを見せつけた。
「だけではなく、重い」
そしてスピードだけではない。アルドは手に残る痺れを感じて唸る。
かなりの怪力だ。
「へっ、それは当たり前だ。俺は【怪力】の常時発動型スキルを持っているからな」
言いながらシュバインはブォンと斧を勢いよく振って見せる。風圧で砂埃が舞い上がるほどの振りの速さ。鍛えて付くような並大抵の腕力ではない。まず間違いなく、スキル。
「……受けに回るのは悪手、か」
「そういうことだな」
受ければ剣を取り落としかねない。そうでなくとも剣が先に折れてしまえば、模擬戦は負けとなる。攻撃を受け続けるワケにはいかない。
「怪我すんなよ!」
お喋りは終わりと言わんばかりにシュバインは攻撃を再開する。
波のように何度も斬りつけにくる斧刃。全力を籠めていないのだろう、軽々とした連続攻撃だ。だがそのいずれもが、【怪力】の威力が秘められた必殺の威力を持つ。
迂闊に受けることはできず、アルドは回避一択を迫られる。
「応、よく避けるじゃねぇか!」
「生憎、足腰は衰えないよう鍛えているからな」
だが速い部類に入るその斬撃も、アルドからすれば躱すのは容易い。速くても斧は斧。見極めれば回避はできる。
その光景を見て観客の冒険者たちはざわめく。
「……シュバインの斧を躱してやがる」
「普通は最初の一撃で決着がつくってのに」
最初の、不意を打った大振り。意識の間隙をついた一撃で、並みの冒険者では反応しきれずに叩き潰されている。
だがアルドは反応してみせた。それだけではなく、以降の斬撃も軽々と回避し続けている。
「手ぇ抜いてるとかじゃ……」
「いや……俺だったらもうやられてる」
筆頭冒険者であるシュバインの実力はよく知っている。だからこそ、冒険者たちは目の前の光景が信じられなかった。
そんな冒険者たちのやり取りを聞いて、ピルカはふんすと鼻を鳴らした。
「ふふん! お父さんのすごさにやっと気付いたみたいね」
「でも……お相手の方もかなりの実力者です」
「……まぁね」
それは認めざるを得ない。
シュバインの猛攻に、アルドは回避しかできない。
それは間違いなく不利な状況だ。
「それでもお父さんなら、どうにかしてくれる」
ピルカは頷く。
それは信頼ですらない。確信だった。
迫る斧刃を、アルドは回避し続ける。
半身に逸らし、しゃがみ、ステップを踏み……ありとあらゆる手段で躱した。
だが、つまりはそれだけシュバインの方の攻め手も豊富ということでもある。
「ハァッ!」
横薙ぎの足払い。刃引きされていても臑を両断しかねない威迫の籠もった一撃を、アルドはジャンプして躱した。
しかもただ跳んだだけではない。縄跳びをする時のような、最小限の跳躍に留めた。おかげで滞空時間は極めて短く、シュバインが斧を引き戻すよりも早く着地し、隙を潰す。
「チッ……」
空中で避けられない状態でのトドメを狙っていたシュバインは目論見が外れて舌打ちする。
一方でアルドもまた予想を外していた。
(息が上がらないな)
巨大な武器を振り回す相手に一番有効なのは、そのスタミナ切れを待つことだ。重い武器を扱えばそれだけ体力の消耗も早くなる。なのでアルドはひたすら回避に徹し、シュバインの息切れを待ったのだが……。
シュバインは息を乱すどころか、額から流す汗もごく少量だった。
怪力だけではなく、体力も凄まじい。
息切れでの決着は恐らく無理だ。中年のアルドの方が先に切れる。
ならば、正面から勝負をつけるしかない。
「……来い」
距離を置き、シュバインへ向けて手招きする。
挑発。そして挑戦だ。
次で決着がつくような一撃を打って来い。
そう、訴えかける。
「……応」
シュバインは、それに乗った。
元より自分から叩きつけた挑戦状だ。逃げるつもりはない。
力を溜める、一拍。
次の瞬間、爆発するような勢いでシュバインは地面を蹴った。
「ハァーッ!!」
大きく振り上げて、上から叩き潰す一撃。
真剣なら魔物でも真っ二つになる。刃引きされていても、人の頭蓋程度なら容易に陥没せしめる重撃。
「技剣――」
それをアルドは躱さない。
剣を横向きに掲げ、斧から守る盾とした。
だが、シュバインの渾身の一撃から守るにはあまりに貧弱すぎる。
観客席から悲鳴が上がった。それでは駄目だと。
しかし、アルドはその予想を覆した。
斧刃が剣に触れた瞬間、傾け、受け流す。
まるで立て板に水が流れていくように、斧は刀身を滑り落ちていく。
「――【
ほんの微かな火花だけを残し、斧は剣から離れる。その先にあるのは地面だけだ。
アルドは斧を完全に捌いた。
後は振り抜き無防備になったシュバインの首に剣を突きつければいい。
すり抜けるような不確かな手応えだけを残し、斧は一直線に下へ――。
「――ここだ!」
だが、シュバインも並みの戦士ではなかった。
彼には【怪力】のスキルがある。それを活かし、斧の軌道を無理矢理変える。
腕の動きを反転させ、斬り下ろしから斬り上げに。
バネ仕掛けのように跳ね上がる斧刃に、観客席から歓声が轟いた。
手首が悲鳴を上げる。そう何度もできない軌道転換。端的に言って無茶だ。
だからこそ、予想を覆す一手になる。
シュバインは手に走る痛みに会心の笑みを浮かべた。
斧を受け流したアルドは、完璧に油断して――、
「力剣――」
――無い。
受け流したアルドは微塵も油断をせず、剣を振り上げていた。
狙いは、
「――【
今まさに跳ね上げた、斧そのもの。
その柄に向かって、剣を叩きつける。
乾いた音。そして宙を舞う一片の影。
一拍の静寂の後――落ちたのは、斧の先端であった。
「……狙っていたのか」
【皿割り】は武器破壊の技。切れ味で斬るよりも、衝撃を与えて物体を破壊する技だ。
へし折れた柄が、その証拠。
「お前がしぶといからな」
スタミナ切れでの決着がつけられないと悟った瞬間、アルドは武器破壊へと切り替えていた。
シュバインが並みの戦士なら、受け流した時点で身体のどこかに剣を突きつけ決着としていた。
だが、それだけでは足りないとアルドは判断した。
この男は武器を壊さない限り止まらないと見抜いたのだ。
「案の定、お前はまだ奥の手を隠していた」
剣を突きつけていた場合、シュバイン側も跳ね上げた斧を胴へ突きつけ、よくて引き分けになっていただろう。
だから武器破壊を選択した。
シュバインは敵わないと肩を竦めた。
シンと静まりかえった訓練場で、シュバインが折れた武器を掲げて言う。
「――俺の負けだ」
一拍遅れ、慌てたように受付嬢も宣言した。
「――アルド・ガイストの勝利です!」
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