冒険者シュバイン
現われた冒険者は、ベテランの風格を漂わせていた。
歳の頃は三十代。身長は高く、体格からして恐らくは前衛。今はどこかに預けているのか、武器を持っていない。
装備は革鎧だが、そんじょそこらの家畜の革ではない。かなり上位の魔物素材を使用している。
そしてなにより、その佇まいから分かる実力。
隠しきれない戦士としての冴えが、彼が高位の冒険者であることをアルドに伝えていた。
「おに……シュバインさん!?」
「いやぁ、単純な話だろ」
うねった黒髪の上からボリボリと頭を掻き毟り、冒険者……シュバインは言った。
「実力を疑うのなら、確認すればいい。話の焦点はこの人が実際に
「それは……そうですが」
受付嬢は押し黙る。その通りだったからだ。
問題視されているのは無能体質であるアルドの実力だ。なら……。
「だから、実際に模擬戦をやって、その実力を確かめればいいって話よ。裏手の訓練場ならそれができるだろ?」
「……確かに、可能ですが……相手は、どうするのですか? 彼は、自分の実力はB級相当だと言い張っているんですよ?」
「だから、言い出しっぺの俺だろうよ」
シュバインのその発言には、冒険者たちがどよめいた。
「シュバインが自ら!?」
「《八つ裂き》のシュバインが……」
「ウチの筆頭、A級だぞ!」
そのざわめきを聞いて、アルドは納得する。
A級冒険者。ならばその風格も当たり前だった。
等級上ではピルカと同格だ。
「な、それでいいだろ、シュネーちゃん」
「……ですが」
「こちらはそれで異存ない」
アルドは発言する。渡りに船だ。
再登録も、ピルカの不満もこれで解消される。
「本当に、よろしいのですか?」
「ああ。彼と戦おう。それで納得してくれるなら」
「……分かりました。では模擬戦の結果如何で、アルド様の再登録時の等級を決定しましょう」
「よっしゃ、腕が鳴るぜ」
シュバインは腕を伸ばして準備運動を始めた。張り切ったその様子に受付嬢は不安げな眼差しを向ける。
「あの、くれぐれも手加減をよろしくお願いしますね。貴方はA級。この近辺では最上級の冒険者なのですから」
「ははっ、必死にやってきただけだから、それ程のものでもないさ。それに……」
意味深げな眼差しでシュバインはアルドを見る。
「……少なくとも手を抜く必要はなさそうだ」
「ふっ……」
アルドは、血の滾りを覚える自分を自覚した。
弟子たち以外では、久々の対人戦。
望むところだった。
※
ギルドの裏手には、本当に訓練場があった。
周囲を木の塀で囲み、地面は固められた土と簡素な代物だったが、規模は存外に広い。
これなら周囲を気にする必要はなさそうだ。
「シュバインー! 勢い余って殺すなよー!」
「おい、嬢ちゃんら以外にあっちへ賭ける奴はいないのか?」
四角い訓練場の一辺、ギルド側には大勢の冒険者が並んでいた。ちょっとした観覧席のようになっている。
祭り気分なのだろう。中には賭け事を主催している者もいるようだ。
「お父さん、そんな奴秒殺しちゃってー! ついでに儲けさせてー!」
「が、頑張ってください……! 怪我だけはしないで……!」
その中にはピルカとフリーラの姿もいる。特にピルカはアルドに賭けたようだ。手には空になった銭袋を握っていた。
勝利を確信しているのだろう。ピルカもアルドと同じように自分の眼力でシュバインの実力を見抜いているのかもしれない。それにしたって親で賭け事とは、後で説教は必要だが。
「人気者だねぇ」
対面でシュバインが皮肉げに笑う。
ギルドにいた時と同じ革鎧。しかし肩には長柄の斧を担いでいた。
対するアルドも剣を握っている。ただし本来の剣はフリーラに預けていた。
どちらも自前の武器ではない。ギルドが貸し出している、訓練用の刃引きされた武器である。
ただし木剣とは違い、刀身は鉄でできている。無防備に当たれば普通に怪我をする危険はあった。
つまり、真剣勝負に近い模擬戦だ。
アルドは握りの感触を確かめつつ、シュバインに愚痴るように言った。
「注目を集めるつもりはなかったのだが」
「ははっ、天然かよ。なら手に負えないな。これからも色々やらかすってことじゃないか」
「む……」
「だったら丁度良い。これから何を言われるにしろ……実力を示しておいた方が話が早いぞ」
シュバインは斧を降ってフォンと音を鳴らし玩ぶ。
「ほう?」
「良くも悪くも……台風の目ってのはそういうものだ」
「両者、構えてください」
審判は受付嬢が務めるようだ。
一見アルドに不利な条件に見えるが、これだけの聴衆がいるのだ、無理な判定はできない。
とはいえ微妙な判定ではシュバイン側に有利を付けられる可能性はある。
つまり、ハッキリ目に分かるような勝利を得ればいいということだ。
分かりやすくていい。アルドは口角を上げた。
アルドは半身にして、片手で軽く、前方に突き出すように剣を構えた。
一方でシュバインは両手で柄を握り、深く腰を落とす。
「そういや名乗っていなかったな」
ふと気付いたようにシュバインは言った。そう言えば周りから名前は聞こえたが、本人の口からは聞いていない。そしてそれはアルドも同様だった。
「俺はシュバイン。ウーンクレイでしがない冒険者をやらせてもらっている」
「……俺はアルド・ガイスト。こちらも、しがない
「……ハハッ」
「フッ……」
お互いに乾いた笑いを交わす。何となく、気が合いそうな相手だ。
「それでは――開始してください」
受付嬢が火蓋を切った。
次の瞬間。
アルドの目に飛び込んできたのは、轟風を纏って肉迫するシュバインの姿だった。
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