疑われる無能

 ピリッ……と空気が変わった。

 心なしか、受付嬢の眼差しが鋭くなっている。


「失礼ですが、アルド様。この冒険者証は貴方自身のもの……でよろしいでしょうか」

「ああ、そうだが」

「そうですか。……こちらの情報によりますと、アルド様の最終階級は"B級"となっています」

「間違いないな」

「えっ!? お父さんBだったの!?」


 隣で何故かピルカが驚く。


「なんだ。Cだとでも思っていたのか」

「違うって! そんだけ強いんだから、私てっきりS級、低くてもA級だと思ったのに!」

「買い被り過ぎだ。……まぁ、怪我をして早めに降りたからな。それもある」

「あぁ~……そっかぁ。勿体ないなぁ」


 ピルカとアルドがそんな話をしている間も、受付嬢は表情を険しくしている。


「……それで、再登録はどうなる?」

「えっと、確かこういう場合、引退、というか休業している間の活動実績次第では近しいランクで再開できる……んでしたよね」

「詳しいな」

「エルシュさんに復帰しないんですかって話振ったらこんな感じのこと教えてもらった気がする」

「……ええ、はい。規則ではその通りとなっております」

「なら安心だね! だってこの間凍飛竜フロストワイバーンを討伐したんだから!」


 ピルカがその名を口にした瞬間、ギルド内がザワついた。

 飛竜。その恐ろしさは冒険者の中では知れ渡っている。


「……飛竜だと?」

「どんなに若くてもB級だぞ」


 どうやらギルド中の注目を集めてしまったようだ。

 突き刺さる視線の数々にアルドは頭を痛くする。


「……飛竜如きでこれか。先が思いやられる」

凍飛竜フロストワイバーン……その討伐の示すものはお持ちですか?」

「それは言われると思ったからな。これだけは持ってきた」


 アルドは懐から布に包まれた物を取り出す。カウンターの上に開かれたのは大振りのナイフほどの大きさがある巨大な牙だった。


「ソイツの牙だ。鑑定してもらえば分かると思うが」

「……確認します」


 そう言って、受付嬢は眼鏡の横をトントンと叩き、牙を注視した。


「……あれも宝具か?」

「鑑定宝具だね。【鑑定】のスキルが籠められてるハズ」

「次々出てくるな。バーゲンセールみたいだ」


 時代の移り変わりをまたも感じつつ、アルドは鑑定を待つ。

 しばらくして、受付嬢は顔を上げた。


「……はい。間違いなく凍飛竜フロストワイバーンの牙です」


 受付嬢が認めたことで、どよめきが上がる。


「マジか。どこの奴だ」

「見ない顔だ。余所からの……?」


 背後から聞こえてくる声を努めて無視しつつ、アルドは受付嬢に問う。


「これで実績を示したことになるか?」

「……ええ。B級の魔物を討伐したということが示せれば、またB級から始められます」

「そうか。なら……」

「……もし本当に、貴方が討伐したのなら、ですが」


 空気が張り詰める。受付嬢の眼差しは、隠しようもなく鋭くなっていた。


「……何が言いたい?」


 アルドは、受付嬢からの明確な疑心を感じ取った。


「討伐は、何人で実行しましたか?」

「俺と、ここにいる二人。後は借りた牧羊犬か。それだけだな」

「その中に冒険者の資格をお持ちの方は?」

「一人いる。ピルカ」

「うん」


 促されたピルカは自分の冒険者証をカウンターに置く。アルドの物とは形や刻まれた文字の形式が少しだけ違う。

 受付嬢は確認し、目を見開く。


「A級……!」

「何、S級じゃなかったのか」


 アルドもまた意外そうに目を瞠る。ピルカの所属していたパーティ《荒鷲の剣》はS級だったハズだ。

 ピルカは少し肩を落としながら説明した。


「ギルドへ報告する際にガリオさんたちに過小評価されてたんだろうね。当時は、まだ新米だからって自分を納得させてたんだけど」

「そうか……」


 アルドは勇者の評価を更に一段下げた。

 もうとっくに最底辺だが、どんどん下限を突破して下がり続けている。


「ガリオ……ガリオ・ソニード様ですか」


 呆れる二人とは真逆に、受付嬢はその名を聞いて戦慄しているようだ。


「ああ、うん。そうです」

「ということは……」

荒鷲の剣です。追放されたけど……」

「……そうだったのですね。それならばA級であることにも納得です」


 旧都とはいえ現在は田舎の一地方都市だ。どうやら追放騒ぎやピルカが無能であることは伝わっていないらしい。あるいは、もう既に忘れ去られたか。

 そもそもピルカが無能体質で扱き使われていたために、《荒鷲の剣》ほどの名声が轟いていないのだろう。ガリオたちが対外的に名前を出すとも思えない。

 とにかくそこでは《荒鷲の剣》のことにあまり触れなかった。アルドたちも愉快な話題ではないし、深くは掘り下げない。

 その場で注目するのは、ただ一つの事実だ。


「……凍飛竜フロストワイバーンの討伐に参加したピルカさんが元S級パーティに所属するほどの実力者、ということですね」

「そうだな」

「……貴方は本当に討伐に参加なされたのでしょうか」

「何?」

「見ていただけ……ということはありませんか?」


 遠巻きに見ていた冒険者たちが更にザワつく。

 敏感に反応したのはピルカだった。

 紅い瞳を細めて、受付嬢を睨み付ける。


「それって、どういう意味?」

「言葉通りです。凍飛竜フロストワイバーンの討伐に際し、参加せず虚偽を報告した可能性を疑っています」

「他ならぬ私が認めてるんですけど?」

「ですが……」

「ですが、何?」


 苛立たしげにピルカはその先を促した。

 受付嬢は少し躊躇した後に、意を決して口を開く。


「……スキルなしでは、凍飛竜フロストワイバーンの討伐を為し得たとはとても思えません」


 その発言に、冒険者たちはハッキリとどよめいた。


「スキルなしだって!?」

「無能体質……」

「そりゃ、嘘だ。スキルなしで亜竜を殺せるワケがねぇ」

「受付嬢が疑うのも当然だな……」


 口々に囁き合い、納得の空気が漂う。

 先程までは受付嬢が何を疑っているのか分からず困惑した空気が流れていたが、今は一転して同調するようにアルドへ向けて疑惑の眼差しを向けていた。

 無能体質が飛竜を討伐できるワケがない。

 それがこの場における認識だった。


「虚偽の可能性が高い報告を、受理するワケにはいきません」

「……アンタねぇ……!」

「ぴ、ピルカさん、落ち着いて……」


 ビキビキと、今にも破れて噴き出しそうな勢いで額に青筋を浮かべるピルカ。あるいは今にも斬りかかってしまいそうに見えたのか、フリーラは袖を握り制止しようとしていた。

 アルドも、どうしたものかと思案する。


(ここまでとは)


 スキル至上主義時代。

 ピルカとエルシュの話から知ってはいたが、まさかここまでとは。


 受付嬢の言っていることは、ある意味では間違いではない。

 ギルドは虚偽の可能性がある報告を拒絶し、審査にかける権利がある。

 ヒョロヒョロで剣も持てなさそうな老人が魔物を狩ったと報告してきたら、誰だって疑う。裏付けなしに信じるわけがない。

 つまり……スキルなしの無能体質というのは、それと同列の扱いになっているのだ。


(しかし審査と言っても、討伐の目撃者は身内だけ。信じてもらえるかは微妙なところだ……)


 身内の証言というのはどこでも信憑性が薄いものだ。

 娘と弟子の発言が色眼鏡で見られてしまうことは、想像に容易かった。


(俺としては、一からの再出発でも別に構わないのだが)


 そもそもここで議論しているのは、再登録の際に確認される討伐実績についてだ。

 もしそれがなくても再登録自体は可能だ。もちろん、始めからの再出発になるが。

 アルドとしては、別にそれでも問題ない。この歳で駆け出し扱いというのもある意味で面白そうだ。

 しかし……。


「この人は私より強い!」

「……貴女はA級で、アルド様は元B級ですよね?」

「ぐぬぬ……!」


 自分より、ピルカが納得しなそうだった。


「さて……」

「だったらよぉ」


 その時、背後の冒険者たちから明確にこちらへ向けられた声が上がった。

 ぬうっと一団から抜け出してきたのは、無精髭を生やした風格漂う冒険者だった。


「実際に戦って、実力を見てみりゃいいじゃねぇの」

「ほう……誰とだ?」

「例えば、俺と」


 そう言って冒険者は、親指で自分を指し示した。

 アルドは目を細める。


 こいつは、かなりできると。

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