冒険者ギルド
古ぶしき城壁に囲まれた街並みは、意外なことに新しめであった。
街を貫く大通りは賑やかで、多くの人が行き交っている。喧噪も激しい。
王都ほどではないが、それでも寒村のヒーカとは比べるまでもない。
「地方にしてはまぁまぁの賑わいだな」
「そりゃ、王都と比べちゃ可哀想だ。ここが首都だったのは、百年近く昔のことなんだから」
久々のこの街を訪れたアルドの感想に、ドングは肩を竦めた。
《旧都ウーンクレイ》は、その名の通りかつて王国の首都であった歴史を持つ。現在は《王都アークレイ》に遷都して久しいが、それでも過去の栄光という土壌は地方で一番の都市という面目を保つには充分だった。
「綺麗な市街があるだけマシだろ。治安もいい」
「それはそうだな」
現在アルドたちが馬車をゆったりと歩かせている大通りに面した地域は街の顔とも言える。だからか、立て直されて新しめの建物となっている。
見かける衛兵も多い。少なくともこの周辺を活動域とすれば治安は安泰だった。
「お嬢ちゃんたちも、あんまり騒がないな」
「えっ?」
唐突に水を向けられ、ぼーっと街を眺めていたピルカはドングへと振り返る。
「お嬢ちゃんも王都と比べて失望しちまったタチかい?」
「いや、そういうワケじゃ……ただ、何度か来たことはあるし」
「昔は大はしゃぎしてたのにな。来る度に名物の"大蜥蜴焼き"を強請られたものだ」
「も、もー! 小っちゃい頃の話でしょー!?」
苦笑いして零すアルドの懐古にパタパタ手を上下させて抗議するピルカ。それを見てフリーラも口角を緩ませる。
「ふふっ」
「フリーラは……この間行かせたばかりだものな」
「はい。香辛料や武具の手入れ道具の調達に。今思えば丁度いいタイミングでした」
直後にピルカが帰って来たことを思えば、まさしく天啓のようなタイミングであった。おかげで人数が増えても難なく冬を乗り越えられた。
そのまましばらく大通りを行き、十字路へと差し掛かる。
そこで一行は一度立ち止まった。
「じゃあ、ここでお別れだな」
「ああ。市場は商業区だからな」
「本当に付いていかなくていいのか?」
「ああ。素材の相場くらい、俺でも調べられるさ」
仮にも旧き王都であったウーンクレイは、ある程度区画整理がされていた。
馬車を降りたアルドたちへ、ドングは名残惜しげな眼差しを送る。
「さみしいなぁ、嬢ちゃんたちとしばらく会えないと思うと……」
「おい、俺はどうなんだ。それに、ウーンクレイに来る度に会おうと思えば会えるだろ」
王都とヒーカ村とは違い、会いに来られない距離ではない。それに、ドングは村長の名代として頻繁にウーンクレイへ訪れる村人の一人だった。
とてもではないが永遠の別れとは言えない。
「ははは。じゃ、そういうことで。元気でな!」
「おう、さっさと行け」
「お元気でー!」
「ありがとうございました!」
めいめいに別れの言葉を告げ、遠ざかっていくドングの馬車を見送った。
三人になったところで次の行動を確認する。
「で、冒険者ギルドはどこだったか」
「工業区だよ。王都に行く前にここで冒険者登録したから憶えてる。着いてきて!」
ピルカの先導でアルドたちは移動した。
中央から北へ。すると段々と景観が少し変わってくる。
商店ではなく、煙を吐く工房が増えて来た。
「懐かしい空気だな」
冒険者ギルドは工房の近くにあることが多い。武器やアイテムを調達したりと役に立つ立地なのだが……為政者の視点からすると、荒っぽい職人と血の気の多い冒険者を一纏めにしておきたいというところなのだろう。
それでも漂うような熱気を感じるこの空気を、アルドは嫌いではなかった。
「着いたよ!」
そしてピルカが指を差す。
そこは周りの建物と比較して一回りほど大きい、立派な建物が建っていた。木の看板には交差する剣が描かれており、その下には『冒険者ギルト・ウーンクレイ支部』と刻まれている。
「ほう。初めて来たが、面構えは悪くないな」
「綺麗ですね」
「酒場が併設されてるから、大っきいんだよね」
三人はスイングドアを潜り、中へ。
そこにはアルドの想像通りの光景が広がっていた。
「おお、これこれ」
ピルカの言う通り、酒場が併設されているのだろう。
いくつものテーブルの周囲に冒険者らしい人影がたむろしていた。
鎧を着た大男。ローブを纏った女性。山賊めいた風体の斥候。
個性豊かで、賑やかで、そして物騒。アルドの知る冒険者の風景がそこにあった。
「こういうのは変わらないんだな」
「だね~。どこもこうだったよ。これぞ冒険者って感じ!」
「そう、なんですね……」
アルドが感動していると、いつの間にかフリーラはその背中に隠れていた。
昔冒険者をしていたアルドとは違い、フリーラはこの光景を見るのが初めてなのだろう。気圧され、縮こまっていた。
アルドは安心させるべくポンポンと頭を叩く。
「別にとって食いやしないさ。みんな往来で剣を抜くほど考えなしじゃない」
「それも人によるけどね~」
「ひっ」
「おい、脅かすな」
呆れるアルドにピルカは悪びれず舌を出す。そのまま中の一角を指差した。
「あっちで登録手続きができるハズ。行こっ」
一行は酒場の奥、カウンターへとやってきた。
カウンターの向こうには受付嬢が待機している。
アルドたちに気がついた、黒髪に眼鏡の受付嬢が反応した。
「こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか」
「冒険者としての再登録をお願いしたいんです。こっちの……」
「アルド・ガイストだ。これが当時の冒険者証になる」
アルドは金属の板を差し出した。ネックレスとして首にかけられるようにされたそれには名前を始めとするいくつかの情報が書き込まれていた。
アルドが現役の頃に使用していた冒険者証だ。ただし更新を長らくしていないため、失効になっているハズ。その場合、再登録が必要だった。
今行なっているのはその確認だ。
「アルド様ですね。少々お待ちください」
そう言って、受付嬢は手元にある箱状の物体に向き直った。金属製らしき箱の前には丸いボタンの並んだ鍵盤のような物があり、受付嬢はそれを叩き、金属の箱から映し出される青い魔法陣を眺めていた。
見覚えのない物体に、アルドは小声でピルカに囁き問う。
「あれは?」
「ああ、"通信宝具"だよ」
「宝具か。通信宝珠とはどう違うんだ」
「宝珠は音声のやり取りだけだけど、宝具の方はもっと色んな情報をやり取りできるんだって。文字とか、絵とか。しかもそれを保存する宝具と連携もできる」
「……すごいな」
アルドは唸った。双方で音声を繋ぐことしかできない通信宝珠とは違い、通信宝具の方は驚くほどに多機能だ。しかもそれは、受付のカウンターに一台ずつ置かれているようだった。
宝具が貴重品だったアルドの頃からは考えられない光景だ。
「今は本部と通信して、お父さんの情報を確かめてるんじゃないかな」
「そんなことまでできるのか。これも時代か……」
宝具はスキルでしか作れない。これはスキル至上主義時代の恩恵なのだろう。
それをしみじみと実感していると、本部とやり取りができたのか受付嬢から反応があった。
「……スキル、なし?」
受付嬢の眉根が上がる。
スキル至上主義時代は、良いことばかりでもない。
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