第二部 再出発

再出発

「ピルカ、通行証あったか?」

「うん。……でもこれ、失効してない?」

「嘘、マジか。……フリーラ、街に入った時どうしてた」

「あ、新しいのを貰ったんです。こっちです、こっち」


 寒波が落ち着き、雪が解け始めた初春。

 アルドたちは、家で慌ただしく出立の準備をしていた。


「使えそうな宝珠はこれで全部……と。他は置いていくしかないな」

「……村の人たちを疑うワケじゃないけど、貴重品を置いて出て行くのはちょっと気が引けるね」

「無くしたら二度と手に入らないような物は持っていくさ。それに、定期的にドングが見回りしてくれるそうだ」


 剣を提げ、外套を身につけ、丈夫なブーツを履く。

 三人は、明らかな旅装に身を包んでいた。


「おーい。準備できたか」

「あ、ドングさん」

「噂をすれば、か」


 家の戸を叩いて注意を引いたのは、アルドの幼馴染であるドングだった。彼も三人ほど厳重ではないが余所行きの格好をしている。


「馬車の方はできたぞ」

「ああ。悪いな、乗せてもらって」

「いやいや。道中の護衛を頼むんだからお互い様だ。それに、あれはお前さんらの成果物だからな」


 そう言って、ドングは親指をくいと外へ向ける。


「先に行って待ってるからな」

「ああ」


 アルドは頷き、ドングを見送った。そして家の中へと振り返る。

 リビング。簡素な厨房。自室と道場に続く扉。

 壁には思い出の品がいくつも飾られていた。地図や、魔物の頭蓋骨。ピルカが採ってきた押し花に、フリーラが村の風景を描いたスケッチ。


(思えば、随分長いことここで暮らしたな)


 この家の中でアルドは生まれ育ったワケではない。元々実家の建っていた場所ではあるが、老朽化が激しかったのでピルカと一緒に暮らすことを決めた際に建て替えた。

 しかしそれでも、人生の内の大半をこの家で過ごした。

 ピルカを育て、見送り、そして再び迎えた家。


 ピルカもまた胸に来るものがあるのか、アルドの隣でジッとリビングを見つめていた。

 自分を再び、温かく迎えてくれた我が家。

 離れがたい。その気持ちはアルドにもよく分かった。


 だが、未来への希望が未練を振り切ったのだろう。

 ピルカは笑顔でアルドへ振り向き、笑顔で促した。


「行こっ、お父さん」

「……ああ」


 家を出て戸締まりをし、フリーラを含めた三人でもう一度振り返る。


「「「いってきます」」」


 アルドたちは、しばらく家を空けることにした。

 冒険をするために。



 ※



 三人はドングが手綱を操る馬車に乗っていた。

 幌のない、簡素な馬車だ。牽いているのも駄馬。正直、乗り心地はよくない。

 しかも、同乗した荷物が荷台の大部分を占拠していた。


「肉は処分したのに、これだけあるのか」

「まぁな。大変だったぜ、これだけの量を剥ぐのは。飛竜の解体なんて初めてだったからよ」


 荷物は、アルドたちの狩った凍飛竜フロストワイバーンの素材だった。肉は傷みやすいので村の中で消費したが、それでも鱗や骨など、有用な素材となる部分は多い。

 小さな家程度なら優に凌ぐだけの体躯を解体するのは、さぞ骨だったことだろう。


「任せて悪かったとは思うよ」

「ああいや、そういう意味で言ったんじゃねぇよ。狩ったのはお前らなんだから、そのくらいは任せてくれたらいいけどよ……それに、お前こそいいのか?」

「何がだ?」

「素材の売り上げを村の収益にするなんて」

「ああ、そのことか」


 アルドは特に気もなく答えた。


「別にいいさ。それに家の面倒も見てもらうワケだしな。その代金と考えれば安いもんだ」


 アルドは凍飛竜フロストワイバーンの扱いを村に任せた。

 討伐報酬だけを受け取り、それ以外は村の収益としたのだ。

 今は、それを街へと売りに行く途中だ。


「《ウーンクレイ》への駄賃でもあるしな」


 そしてついでに、自分たちも護衛として街まで運んでもらう。

 どこにも隙のない、完璧な計画だ。


「……絶対、自分で売った方がいいのにな」

「あ、あはは……きっと面倒なんでしょうね」

「お父さんだしね~」


 ヒソヒソと自分以外が囁き合っているが、アルドは知らんぷりした。

 昔から、パーティでもこんな扱いだ。

 金勘定にうるさいエルシュやヴァリア辺りからはしこたま怒られた。


「……貰うモンは貰ってるってのにな」


 金が要らないワケじゃない。

 必要な分があるなら他に回せばいいというだけだ。

 ……もっとも、この性分が損であることは自覚しているが。

 しかし四十を越えて今更生き方を変えるワケにもいかない。


「これからも怒られそうだ、な」


 懐かしげに目を細め、アルドは安らかな顔つきで頬を緩ませた。


 そうしてしばらくガタガタとした道を揺られ、途中に休憩を挟みつつも、丸三日。

 そろそろ節々が痛くなって耐えられなくなってくる頃合いに、それは見えた。


「ようやっとだな」

「ああ。……思ったより変わらないな」

「アルドは久しぶりか。ずっとフリーラちゃんにおつかいさせてたもんな」


 見えてきたのは、聳え立つ城壁。

 歴史を感じさせる重厚な佇まいは、古くはあっても充分な防衛力を感じさせる。

 かつてはこの国の首都であった名残だという。それもあって、この辺りでは一番大きな街だ。


「《旧都ウーンクレイ》。……この街で再出発だ」


 そして、アルドたちが冒険者を再開すると決めた街でもあった。

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