依頼失敗 *ガリオ視点

「ちっ……いつまで手間取ってやがるんだ」


 斥候の帰還を待つ時間、《勇者》ガリオ・ソニードは苛立たしげに唸っていた。

 近くで切り株に座り、爪を退屈そうに眺めるバレリーが同意する。


「ホントよねー。こんな時間かかるのならカタログでも持ってくるんだったわ」

「バレリー、またなんか買うんかい」


 向かいで気にもたれかかるコズモが首を傾げる。バレリーは手を叩いて笑顔で答えた。


「ええ! だってそろそろ新色が出る頃だもの。勇者パーティの紅一点が流行に遅れるワケにはいかないでしょ?」


 それを聞いてガリオはほんの微かに眉根を寄せた。内心では大きく渋面を作っている。

 バレリーの金遣いは荒い。化粧品を片っ端から買い漁り、杖や装備の更新も頻繁に行なう。《勇者》のパーティとなってからはそれが更に加速していた。

 おかげで稼いだ金が湯水のように消えていく。

 本人曰く、『勇者は王都の顔なのだから、それが遅れていたら恥ずかしいでしょ?』とのことだ。一理あるので、ガリオも言い返せない。


 コズモがそれを聞いて肩を竦める。


「ま、バレリーのことは俺も言えないか」

「アンタ、まーた高級娼館に行ったの」

「またってねぇ、こりゃ俺のサガってもんなんだから、仕方ねぇっしょ」


 コズモは下卑た顔でそう応えた。


「……少しは控えたらどうだ」

「えぇ~?」


 コズモは一見盗賊と見紛いそうな格好をしているが、意外なことに破戒僧である。

 【治癒魔法】と【急所狙い】というスキルを使い、回復と前衛をこなす優秀なオールラウンダーだった。

 ただ一つ、問題があった。

 女癖が悪いのだ。


「【性豪】なんてスキルがあったら、そりゃ女を抱かずにはいられねぇよ」


 そう、コズモの持つスキルの一つ、【性豪】が問題だった。

 その名の通りが強くなる性質を持つそれは、スキルの中でも"常時発動型"と呼ばれる類いのそれだ。

 魔力を消費して使う通常の発動型と違い、常に効果を発揮する。魔力の消費もまた常に行なわれ、傍目からは保有する魔力の総量が減っているかのように見られる。

 そして、自発的に切るというようなことはできない。

 なので【性豪】は常に発動している。

 ゆえに、コズモは女を抱かずにはいられず、所属していた教団を破門された。


「それを承知でこのパーティに雇われたんだから、今更文句言うなよな~」

「……チッ、分かっている」


 ガリオは苦々しく頷いた。

 バレリーの金遣いも、コズモの女癖も、ガリオが承知済みのリスクだ。

 その財源をパーティ資産で賄うというのも、三人の間で結ばれた約束だった。


 パーティ資産を管理しているのはガリオだ。

 かつては無能……ピルカにも手伝わせていたが、いなくなった今ではガリオが一人で管理していた。

 そして、芳しくない。


(《勇者》になって儲けられるようなったハズなのに、金回りが良くならねぇ)


 ガリオが《勇者》となって以来、《荒鷲の剣》へと舞い込む依頼の質は一気に跳ね上がった。難易度も、報酬も。

 強敵はそれだけいい素材を落とす。だから更に金になる。勝ち続けていればいくらでも金が入る。実力に評判が追いつくほど儲かるシステム。


 だが金が入るようになると、二人の悪癖も更に加速した。

 バレリーはより大量の化粧品や服を買うようになったし、コズモは王都一番の高級娼館に毎夜通う始末だ。

 そして、ツケにできる宿も追い出されてしまった。

 《岩戸の隠れ家亭》から追い出されて以来、ガリオたちは高級宿に泊まっていた。

 《勇者》が安宿に泊まっているなど、そんな悪評を立てるワケにはいかない。

 だが当然、安くない。

 余計に出費は嵩んでいく。


(チッ……)


 無能ピルカを追放してからは、依頼料も渋くなった気がする。最近は前金もない。

 ガリオは知らない。ピルカが依頼を受ける際の折衝に身を砕いていたことなど。

 ギルドから受ける掲示板依頼はともかく、顔を合わせる直接依頼なら交渉可能だ。

 だが面倒な交渉事を投げていたために、値上げ交渉や前金の要請など、思いつきもしなかった。


 だから、金がいる。

 そのためにも、今回の依頼は成功させなくては。


「……今戻った」

「遅いぞ!!」


 木々を掻き分け戻ってきた斥候を怒鳴りつける。ピルカの代わりに雇った、腕利きと評判の斥候だ。

 だが、遅い。ピルカなら半分の時間でやっていた。


「いつまでかかってやがるんだ、アァ?」

「……? それほど時間が経ったか? むしろ、迅速に済ませたつもりだったが」

「遅ぇに決まってんだろ! 獲物を見に行くだけじゃねェか、さっさと済ませろよ!」


 イライラをぶつけるようなガリオの物言いに、斥候の男は渋面を作る。


「……斥候が潜伏する相手は討伐対象だけじゃない。道中にいる他の魔物に対しても隠れる必要がある。結果、慎重になるのは仕方のないことだ」

「斬ればいいじゃねェか。雑魚なんだろ」

「斥候に戦闘能力はない」

「チッ……」


 そう言えば、あの無能は剣士だった。

 雑用兼肉盾としか思っていなかったから、忘れていた。


「……もういい。見つけたんだな? 早く案内しろ」

「詳細は……」

「いい。早くしろ。時間がもったいねぇ」


 ガリオは急かし、斥候に無理矢理案内させる。剣に手をかけるガリオに斥候は閉口し、黙って案内を始めた。

 集団で動けば魔物に見つかりやすくなるが、そこは流石にガリオたちが斬り捨てる。


「フン……」


 ガリオの剣が唸り、瞬く間に飛びかかってきたオオカミを両断する。音すら置き去りにするガリオのスキル、【加速剣】だ。

 ガリオの擁するスキルは質も良い。


「……よし、アイツだな」

「ああ」


 森の中、少し開けた場所に獲物はいた。

 強欲大熊グリードグリズリー。通常以上に餌を求め広範囲をうろつく、巨大な体躯の熊だ。

 その巨躯で他の魔物から縄張りを奪い、そこにある食物を肉草問わずに喰い漁り、めぼしい物がなくなったら次の餌場を探す……というはた迷惑な生態を持っている。

 いい物を食べているからか毛並みが艶やかで、それゆえ高値がつく。

 その剥ぎ取りが今回の依頼だ。

 魔物としてのランクはB級。

 S級であるガリオたちからすれば、おいしい獲物と言えた。


 仕掛ける前に、斥候に問う。


「他の魔物は?」

「調査の時間を……」

「駄目だ。今言え」

「……気配は感じられない」


 今回の雇い主はガリオであり、従うほかない。斥候は渋々答える。

 ガリオは剣を抜いた。


「よし、仕掛ける」

「正面からだな。フォーメーションはどうする?」

「ああ、無能がいなくなってからは初めての狩りだったな……」


 コズモからの問いに思い出す。

 ここしばらくは精算などに追われて冒険に出ていなかった。一ヶ月近く経ってしばらくぶりの戦闘だ。

 ピルカが追放されてからは、初の戦闘となる。


「俺が前衛に出れば済む話だ」

「ははっ、それはそうだ」


 今まではピルカに前衛をさせて、コズモが遊撃、ガリオとバレリーが後衛を務めていた。危険な役回りは無能に押しつけ、自分は安全圏にいた。肉盾にするくらいしか無能の役どころはないのだから、当然の布陣だ。

 だがガリオは前衛向けのスキルも数多く持っている。自分が前に出ればいい話だ。


「行くぞ」

「応!」

「ええ!」


 ガリオは正面、コズモは少し横から、バレリーは後ろに展開し、強欲大熊グリードグリズリーへ挑みかかる。

 餌に夢中になっていた大熊は、乱入者に野太い威嚇を向ける。

 自分よりも低級の威嚇に、怯むワケもない。


「ハッハァッ!」


 剣を振るい、斬りつける。【加速剣】を使った剣閃は余程の目がなければ捉えられない。強欲大熊グリードグリズリーの鼻先を斬りつけ、怯ませる。


「グオオオッ!」

「おい、毛皮を斬るなよ!」

「分かっている!」


 コズモから飛んだ忠告にガリオは苛立たしげに応える。

 今回の依頼は毛皮の回収。無用に傷つけるワケにはいかない。

 ガリオが気を引き、コズモが【急所狙い】で内臓を打ち抜く。

 それが作戦だ。


 立ち上がった強欲大熊グリードグリズリーが爪を叩きつけてくるのを、ガリオは剣を使って弾く。

 ガリオの持つ【パリィ】のスキルのおかげだ。

 が、耐えられてもガリオにトドメは刺せない。

 催促する。


「早くしろ!」

「分かってるよ!」


 コズモの【急所狙い】は闇雲に打っても効果を発揮するスキルではない。

 空振ればどんな攻撃も無意味になるように、キチンと急所に当たるように使わねば高価を発揮しない。だからコズモは隙を窺っている。

 それは分かっている。だが分かっていても苛ついた。


「おい、さっさと――」

「ガリオッ!」


 更に催促しようとすると、バレリーの叫び声。

 次の瞬間、ガリオは後ろから吹っ飛ばされた。


「ガッ!?」


 たたらを踏みながら振り返ると、そこには涎を滴らせる黒いオオカミたちの姿が。


闇潜狼ダークウルフだと!? おい斥候、敵はいないんじゃなかったのか!?」

「っ、その場だけの判断でコイツらが分かるワケがない! 闇に潜み、フクロウのように音を消す奴らだぞ! だから周辺を調査する時間を欲したのに!」


 斥候の言い訳に血管がはち切れそうだ。

 闇潜狼ダークウルフの数は多い。一匹一匹はワケないが、処理に手間取る。

 魔法系のスキルを使うか、ガリオは悩み始める。


「キャアアッ!」

「! バレリー!」


 その時、後衛から絹を裂くような悲鳴。

 振り返れば、闇潜狼ダークウルフの一匹がバレリーに迫ろうとしていた。


「うっ……《朱き光よ、風を喰らう螺旋となりて――」

「! 待て!」


 自衛のためにバレリーが自身の必殺スキル、【炎魔法】を使おうとする。だが、その規模は――。


「――我が敵を焼き尽くせ》!」


 ――大きすぎた。

 炎の渦が、開けた場所を焼き尽くす。


「おっとぉ!」

「うわぁっ!」


 コズモは慌てて範囲外に飛び出し、元々範囲外の斥候も熱風から顔を覆う。一方で、ガリオは巻き込まれる。

 だが、それはいい。炎の中、ガリオは無傷だ。

 ガリオの持つスキルの一つ、【魔法抵抗】。その効果によりバレリーの強力な【炎魔法】も、ガリオには煤一つ付けない。だからこそバレリーは同士討ちを恐れず数ある魔法の中からそれを選択したワケだが……。


「……あっ」

「………」


 それ以外は、焼き尽くしていた。

 闇潜狼ダークウルフも……強欲大熊グリードグリズリーも。

 黒焦げになってしまったそれからは、とても毛皮が剥ぎ取れるとは思えない。

 依頼失敗だ。


「ご、ごめんなさ……」

「………」

「ひっ!」


 無言の内にガリオから立ち上る怒気に、バレリーは怯える。


「……クソが!!」


 抑えきれなかった怒りが悪態となる。

 何もかも、上手くいかなかった。


(何故だ!? 何故こうなる!?)


 ガリオは知らなかった。

 ピルカなら、野生の勘とも言うべき直感で潜んでいた闇潜狼ダークウルフに気づけたと。

 ピルカなら、強欲大熊グリードグリズリーを程よく引き付けながらコズモの一撃を導けたと。

 もし彼女がここにいたならば、もっとスムーズに決着がつけられたと。

 こうなったのは――ピルカを追放した所為なのだと。


 ガリオは、知らない。

 ピルカを追い出したがために……己の運命がどう転ぼうとしているかなど。

 今は、まだ。

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