冒険をやり直したい

「わ、流石に寒いね~」

「だな。吹雪いてはいないが、気温が下がったワケではないからな」


 宴席を抜けて、二人は集会所の外に出た。

 もうとっぷりと日が暮れて、夜の帳が降りている。空から降り注ぐのは星々と弱々しい冬月の灯りだけだが、祝い事の最中であることを示す集会所前に掲げられた篝火がある所為で特に暗いとは感じなかった。

 炎の灯りに照らされながら、ピルカは一歩雪の中に踏み出す。


「昨日と今日は大冒険だったね」

「そうだな。ただ雪這いスノーストーカーを仕留めるだけのハズが、結構な大物に当たっちまった」

「ふふ。そうだね、意外と大きかった」


 アルドが本気で言っているのをピルカは冗談で返す。

 夜の静けさと宴の賑やかさの間。集会所の壁にアルドはもたれかかる。


「あの【団子刺し】は中々だったな。振り返った飛竜の目を正確に射貫くとは」

「あ、それね。実は咄嗟だったんだ。ていうのも、動きが少し予測できなかったから、手元でいくつかの技が使えるように準備しておいて……」

「ほう。で、振り返ったから目突きのために【団子刺し】を選択したのか」

「うん。硬い鱗に覆われた奴の弱点は、目か口。常道でしょ?」


 そう言って微笑むピルカに、アルドは懐かしさと頼もしさを混ぜた笑みを浮かべた。


「すっかり一人前の冒険者だな」

「私だって色々修羅場を潜り抜けて来たんだよー」

「その割りには、うっかりするところは直っていないようだが」

「お父さんがいると、気が緩んじゃうんだよね。だって何があってもお父さんがいれば安心だから」

「買いかぶりすぎだ。引退して何年も経つ上に、隻眼だぞ」

「それなんだけどさ」


 ピルカは雪の上でクルリとターンし、アルドへ振り返る。


「お父さん、引退した冒険者が実際に魔物を討伐することってどれくらいあるか知ってる?」

「うん? まぁ、多くはないかもな。……五割ってところか」

「ぶー。正解は、二割」


 アルドは目を見開いた。


「少ないな」

「そうなんだよね。私も驚いちゃった。ほとんどは偵察で終わらせちゃうみたい」


 引退した冒険者はアルドのように魔物関連の事例で寒村や地方にて頼られる存在だ。やはりいざという時に経験者は心強い。

 だがアルドのように討伐までやってしまうことは稀で、ほとんどは偵察で討伐対象の調査だけをして終わらせるようだ。


「若い者に任せるって場合もあるみたいだけど、やっぱり現役から退いているから無理はできないって人が多いみたいだよ」

「そうなのか……」

「そう。だから自分で解決できちゃうお父さんはすごいってことっ」


 ピルカは夜空を見上げた。大降りではないが今もチラホラと雪は降っている。篝火の灯りに照らされ、さながら小さな星のようだった。


「村を出てね、私、色んなことを知ったよ」


 ピルカは雪上で踊るように、謳うように語る。


「街では色んなオシャレが流行ってるってこと。中央では牛を食べることがあること。火薬を使う銃って武器があること」


 アルドにも覚えがある。村を出てからしばらくは、驚きに満ちた新鮮な毎日だった。

 だが決して、いいことばかりではない。

 ピルカの表情から笑みが消える。


「……魔物に襲われて死んじゃう人が多いこと。スキルを神聖視して、それを持ってない人が見下されるってこと。……想像もできないような、酷い人がいるってこと」

「………」


 十中八九、《勇者》のことだ。

 国から讃えられる英雄。だがピルカにとっては自分を奴隷のように扱った、最悪の人物だ。

 それを思い出すだけで、アルドの腸は煮えくりかえる。


「……そして、お父さんのすごさを知った」


 しかしすぐに、ピルカは笑顔を取り戻した。


「魔物の知識をつけたら、お父さんがアッサリと討伐した魔物がすごく強かったことを知った。王都に着く前に街の道場で腕試しの機会があったけど、そこの師範と比べたらお父さんの方がずっと上だった。……あと、昔壊しちゃった宝珠が思ったより高かったこと」

「ああ、あれか。籠める魔術の関係上、高い宝石を埋め込んでたからな……」


 クスリと笑い合う。そんなこともあった。子どもの悪戯は、時に思わぬ被害を生み出す。


「――私のお父さんは、すごかったんだ。それを知ったとき、すごく嬉しかった」


 ピルカは誇らしげに言った。


「……そうか」


 アルドは、そこで自分は大したことはないと言いたかった。

 何故なら、途中で魔物から手傷を受けて脱落した落伍者だ。

 実力者など、到底名乗れない。

 だがピルカの嬉しそうな顔を見ていると、それを否定する気にもなれなかった。


「そんなお父さんと、私は何をした? ……厳しい環境を歩き抜いて、魔物を討伐して……これってさ」


 ピルカは答える。

 今回の登山は、まさに――。


「――冒険、だよね」

「……ああ、そうだな。間違いない」


 紛れも無く、とアルドは頷いた。

 厳しい道中を乗り越えて、自分よりも大きな魔物を打倒し、村へと凱旋し讃えられる。

 冒険でなくて、なんだと言うのか。


「だから、気付いたんだ。私の、自分の中に秘めていた願いに」


 ピルカは、言った。

 本当に、大切なことを。




「――冒険をやり直したい」




 それは、少女の願いだった。


「ガリオさん……《勇者》に扱き使われていた日々。あれは、冒険じゃなかった。それを、今日、ようやく理解した」


 辛そうに語るピルカ。

 今までは、自分に言い聞かせていたのだろう。

 自分が悪い。スキルを覚えられない自分が。だから耐えるしかない。

 憧れた、冒険を続けるためには。

 ……それが異常なことだと理解できたのは、離れてしばらく経った、今だった。


「辛くて、苦しくて……全然、楽しくなかった。でも、今日は違った」


 噛み締めるように、思い出すように、ピルカは続ける。


「フリーラは頑張ってた。レールくんも可愛かった。道中も和気藹々で。……偵察をこなして、みんなの役に立てた」


 己の佩いた剣を撫でて、アルドを見る。


「……そして、お父さんの隣で戦えた。それが、一番嬉しい」


 はにかむ。

 照れくさそうに、大事な物をこっそり見せるように。


「お父さん。私、こんな冒険がしたかったんだ」

「……それが、お前の願いなのか」

「うん。これが、私の気付いた、私の本心。……一番、やりたいこと」


 ピルカはある種の決意を以て告げた。


「お父さん。私は……冒険をやり直したい。お父さんと一緒に、《勇者》と歩んだ辛い思い出を上書きしたい」


 それを聞いたアルドは、一瞬だけ瞑目した。

 しばらく村で休ませて、ピルカの本当にやりたいことを叶えると決めた。

 それが村で暮らすことでも、新しい道を目指すことでも喜んで賛成するつもりだった。

 あるいは……復讐でも。


 だがピルカが選んだのは、冒険だった。

 そして、今度は自分も連れて行くという。


 それでいいのか?

 こんなロートルが、ピルカの旅路についていって……。

 隻眼で、引退済み。

 年々動きは悪くなっている。いつ、どんな弾みで動けなくなるか分からない。


 それに父である自分がいつまでもついて回っては、娘が自立できなくなるかもしれない。

 親離れ、子離れがいつまでもできずに、ズルズルと。

 それも避けたい。


 だが……。


「……それが、お前の本当にやりたいことなんだな」

「うん!」


 ピルカは確信を以て頷いた。

 ならば、答えは決まっていた。


「分かった。――行こう」


 ピルカが帰って来た日、決めたのだ。

 彼女のやりたいことを、応援するのだと。

 いつまでかは、分からない。

 それでも、この身が続く限り、ピルカのために生きよう。


 何故なら彼女は自分の愛娘で、自分は父親だから。


「本当!」

「ああ。……だが、フリーラも連れて行くぞ。まだ稽古が途中だからな」

「うんっ! やったぁ、賑やかになる!」

「お前にもビシバシ行くからな。先輩冒険者の洗礼、楽しみにしておけ」

「ふふっ! お父さんこそ、現役の私から色々教わることになるかんね~」

「言うじゃないか」


 しばらく、そうして冬の夜空の下で語り合う。

 月は優しい光を以て、未来への一歩を踏み出した二人を讃えていた。

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