宴もたけなわ
「へへーん!」
安全のために一泊を山で過ごし、下山した後のこと。
村に帰ってきたピルカがドン、と得意げに広場へ置いたのは、
恐ろしい亜竜の死に顔を見せられて、村人たちは感嘆とも恐怖ともつかない声を上げる。
飛竜の死体の大部分は埋めて来たが、これだけは持って帰るとピルカが聞かなかったのだ。
「おお、ありがたやありがたや……」
老人に至っては拝んでいる者もいる。竜神信仰はそれでいいのかとアルドは思わなくもないが、不敬者だと叱られるよりはいいと考えスルーする。
代わりに、村長へと話しかけた。
「ご覧の通りだ。
顛末を報告する。
元凶となった
報告を受けて、村長がペコリと頭を下げる。
「そうかい……ありがとうなぁ、アルド」
「ああ。依頼完了だ」
アルドは頷き、報告を終了する。
途端、ドングに背中を叩かれた。
「いっづ!」
「やってくれたなぁ、アルド! こんなデカブツを倒してくれるなんて!」
ドングは興奮していた。それもそうだ。竜の頭など、化石であっても一生の内で見られるか分からない代物だ。
結構な勢いで叩かれたことに顔を顰めつつ、アルドはドングに向き直った。
「他の死体は山頂に埋めてある。寒波が弱まり安全になったら、人足を連れて回収に向かいたい」
「ああ、いいぜ。その時は村の力自慢たちを集めてやる。勿論、俺もな」
「助かる。というわけで村長、もう一度山に登る許可をくれ」
「……竜神様のご遺体を放っておくワケにもいくめぇ。よろしく頼むよ」
許可も取りつけた。無事に依頼達成。これにて解散……というワケにはいかない。
「さて、アルド……分かってるな」
「ああ。……気が重いがな」
もっとも重要な用事が、この後待ち構えていた。
※
「飛竜討伐を為したアルドへ、乾杯!」
『乾杯!』
場所を集会所へ移し、宴会だ。
ドングが音頭を取り、あちこちで酒盛りが始まる。
寒村では祝い事は少ない。なので、めでたいことがあればすかさず大仰に祝う。
特に竜殺しなどという偉業を目の当たりにしたのなら、尚更。
「おいおい、どうした? もっと嬉しそうにしろよ、今日の主役だぞ?」
「だから気が重いと言ったんだ……」
みんなが大手を振って騒ぐための口実に奉り上げられたアルドは、一席にてちびちびとジョッキを傾けていた。隣でドングが肩を組んでくるのを煩わしそうにしている。
騒ぎの中に混ざるならともかく、無用に注目を集めてしまうことをアルドは嫌っていた。
なので不機嫌そうに溜息をつく。
「それに、俺だけの手柄じゃない。ピルカとフリーラのおかげだ」
「そんなに強いのか? あの二人」
「これだから剣士じゃない奴は……」
剣の心得がない村人たちからは、二人は剣を習っているだけの普通の少女に見えるらしい。
そして、ピルカたちもそれを訂正していない。
むしろ、ピルカに至っては煽り立てていた。
「そこで怒った竜の爪が迫る! 危うし、お父さん! ――しかしそこにあったのは、竜の踏みつけに耐え、逆に持ち上げて見せる父の姿だった!!」
「「おおーー」」
宴席の一角で語っているのははしゃぐピルカだった。酒は飲んでいないハズだが、雰囲気に浮かされて顔が赤らんでいる。
どうやら山での飛竜退治について語っているようだが。
「そしてお父さんの剣が唸り、胴体を真っ二つにー!」
「「おおおーー!!」」
「……持ち上げてないぞ。それに真っ二つにしたのはお前との合体技だろうが」
……大分誇張が入っているようだ。遠くで盛り上がっているのを聞きつつ、アルドは小さく呟いた。
まあ、わざわざ水を差すつもりもない。
ドングも他の酔っ払いに絡みに行ったことだし、周りが楽しくやっているのを肴に壁の絵にでもなろうかとしていると。
「アルドさん」
「……ペレか」
話しかけてくる若者がいた。
それは今回、被害を被った羊飼いの青年、ペレだった。
彼はアルドへと頭を下げる。
「この度は、本当にありがとうございました」
「やめてくれ。礼を言われるようなことじゃない。むしろ、こちらから礼を言いたいくらいだ」
「え?」
肩を持ち、無理矢理顔を上げさせる。困惑するペレへとふっと笑みを漏らし、アルドはその隣で尻尾を振る黒毛の頭を撫でた。
「レールを貸してもらっただろう? コイツも功労者だ」
「わんっ!」
ピルカから返還されたのだろう。飼い主の下へ戻った牧羊犬レールはどこか嬉しそうだった。
「中々に勇敢だったよ」
「そうですか……」
褒め称えるが、ペレの表情は晴れない。
「ですが、コイツも手放すことになるかもしれません」
「何故だ?」
「何故も何も、守る羊どもが居なくなってしまいましたから」
ペレはハァ、と重い溜息を吐く。
確かに食い扶持を失ってしまったなら、最後に残った財産であるレールを手放し、その端金で新しい仕事を見つけなければならないだろう。
……本当に、全てを失ってしまったなら。
アルドは、懐から取り出した袋を押しつける。
「これを持ってけ」
「? これは……?」
「村長から渡された報酬の一部だ」
「えっ!?」
ペレは目を白黒させて袋を見つめた。
「な、なんで……」
「それこそ、何故も何もないだろう。レールも功労者だと言った。ならば当然、報酬を受け取る権利がある。ま、犬に銭の使い道は分からないから、飼い主であるお前に渡すのが筋だろう」
「し、しかし……」
「それと」
アルドは何の気のない風に言った。
「
「え……?」
「恐らく、他の羊たちは驚いて逃げてしまっただけだ。村の周辺を探せば、雪を掘り返して草を食んでいる奴らが見つかるだろうさ」
「ほ、本当ですか!!」
羊たちの大半が生きている。その報告は、諦めていた彼には何より嬉しいものだったに違いない。
「ああ。冬眠の熊が起きるよりも先に見つけてやれ」
「も、勿論です! こうしちゃいられない。探しに行ってきます!」
「宴会はどうするんだ」
「それより羊たちの方が心配です! 行くぞ、レール!」
「わんっ!」
「……吹雪に見舞われないように気をつけろよ」
急にテンションを上げて飛び出していってしまった一人と一匹を、やれやれと肩を竦めながらアルドは見送った。
再び手持ち無沙汰になったアルドは、集会所を見渡す。
フリーラは村の年寄り連中に囲まれているようだ。誰にでも物腰柔らかな態度で接するフリーラのように礼儀正しい少女は村の中では珍しい。だからか人気者で、特に孫のいるような世代に人気だった。
「それでのう、裏から入った狐を蕎麦の実が入っていた袋で閉じ込めてやったんじゃよ」
「へー、すごいですね!」
一方的に話しかけられている中でも、嫌な顔一つ受け答えしている。そういう面はむしろこちらが学ばねばと、口下手な自覚のあるアルドは感心していた。
そうしていると、また話しかけられる。
「お父さん」
今度はピルカだった。
村人たちへの武勇伝の披露は終わったのか、いつの間にかアルドの背後に立っていた。
「ちょっと、外で話さない?」
そう言って外を指差し、照れくさそうに笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます