後
「……流石にしんどいな」
「また衰えたかな……年々動くのがキツくなってる気がする」
「いや、亜竜とはいえ竜殺しを為したのならそれくらいは当然では……」
傍で汗を拭くなど世話しているフリーラは引いていた。
ちなみに、今アルドが座っているのは
中身を掘り返さなければ雪と変わらないし、何より座りやすいので、何も言わずに尻に敷いていた。
フリーラから差し出された水筒を受け取りながら、アルドは一方を向く。
「……だがあっちは元気そうだぞ」
「お父さーん! 血抜きはするー!?」
視線の先では、飛竜の死骸の上で元気に手を振るピルカがいた。隣には恐る恐る死体へ近づく牧羊犬レールの姿もある。
アルドと同じように竜との死闘を繰り広げたハズのピルカは、疲労困憊のアルドとは正反対に元気いっぱいだった。
フリーラは頬をヒクつかせて答える。
「あちらがおかしいのでは……」
「だな……。――血は抜いてくれ、惜しいけどな! そのあと雪をかけてくれ!」
「はーい!」
竜の死体は宝の山だ。肉や骨だけではない。鱗の一枚、血の一滴に至るまで。
鉄の剣すら弾く鱗は当然、血も増強剤の素材として最高級品質の価値を持つ。
しかし今は持ち帰る用意がない。
しかし雪は味方もしてくれた。雪の中に埋めれば腐敗を防げる。そうすれば、後日また取りに来ることもできる。
とはいえ血が詰まったままでは腐敗は早まる。なので、血だけは捨てざるを得なかった。
アルドの言いつけ通り容赦なく動脈を切り裂き血を排出するピルカを見て、フリーラは嘆きの声を上げる。
「ああ、なんて勿体ない光景なんでしょうか……あれだけの量、屋敷一つ買えますよ」
「……かもな。しかし、竜の血の価値が分かるんだな」
「え? あ、はは。まぁ、一般論として」
「ふぅん……」
曖昧に濁すフリーラに、アルドもまた深くは聞かず流した。
そして誤魔化すように話題を変える。
「……何故、
全ての発端となった謎、飛竜の襲来について思いを馳せる。
この亜竜さえ来なければ、
だが、何故
フリーラは疑問に思ったが、アルドはある程度の推測がついていたらしい。
「巣立ちしたばかりなんだろう」
アルドは雪の中へ埋められていく憐れな飛竜を眺めながら言った。
「巣立ち、ですか?」
「ああ。飛竜としては体格が小さめで、かつ鱗も柔かった。見ていないが年輪も浅いだろう。第一、知能が低いとは言え明らかに戦闘慣れしていなかった。まだ若い個体、それも雛から成体になったばかりと推測できる」
それがアルドの見立てだった。
確信や証拠はないが、鱗には生きた年数だけ年輪が刻まれている。それを見れば一発で立証できるが、疲れているのでそこまでする理由もない。
「巣から旅立った若飛竜が自分の縄張りを探して辿り着いたのがここだった、というところがトコだろうな」
空を飛ぶ生き物である飛竜の生態は、同じく肉食の有翼動物である猛禽類に似通ったところがある。親の巣から飛び立ったら、自分の巣と縄張りを見つけなくてはならないのだ。
その縄張りに霊山が選ばれた。それが事の真相だろうとアルドは推理した。
「なるほど……! しかし、お詳しいですね」
フリーラは感心して頷く。今の知見は、生物学者に匹敵すると感じたからだ。
尊敬の眼差しで見上げるフリーラに、アルドはどこか辟易と答える。
「狩ったからな」
「え?」
「飽きるほどに狩ったんだ。昔、飛竜を。それこそそんじょそこらの学者先生より詳しくなっちまうくらい」
「……えぇ」
また、フリーラは引いた。
だってアルドが害獣駆除如く語っているその対象は亜竜だ。
個体にもよるが若くてもB級。老年になればA級にも及ぶハイクラスの魔物である。
ちなみに、B級は単独で村落の壊滅があり得る脅威。
A級は都市が陥落するレベルの脅威であるというのが区別の基準となっている。
そんな魔物をズパズパ撫で切りにしていたと語るのだから、引きもする。
だがアルドが嘘をついているとも思わなかった。
「繁殖期の番が一番厄介でな……産卵や雛への餌やりのために家畜を襲うようになるから早急な討伐が必要なんだが、凶暴性もピカイチなんだ。しかも番で同時に相手することが多くて……そんな時はてんやわんやと巣の中で大立ち回りしたものさ」
だって、こんなにも実感が籠もっているのだから。
本当のことなのだろう。
……彼にとって竜殺しは、普段の鹿狩りとあまり変わらないのだ。
「そ、そうだったんですね。それはまた、大変そうな」
「ああ。……大変だった。だが、楽しかったな」
アルドは懐かしそうに目を細めた。
「エルシュが索敵をしている間に見つかってこっちに走ってきて、混乱している間に襲い掛かられて……サイが魔法の盾を張ろうとして魔力の扱いをトチったり、俺が【婆娑羅】の使用中に噛まれて持ち去られたり……そんで後でヴァリアに叱られるのさ。そしてヴァリアもフンに頭を突っこんで涙目になってたことをチクられ顔を真っ赤にする……なんてのが、俺たちのお決まりのオチだった」
アルドが手にしているのはフリーラの返した耐寒耐暑の宝珠だ。
それもまた、思い出の品なのだろう。
彼の、在りし日の冒険の。
「……冒険、か」
そしてアルドは、何かを振り切るように目を瞑り、それを仕舞った。
「さて、休憩は終わりだ」
アルドは立ち上がり、フリーラを振り返る。
「下山するぞ」
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