検分

「え? どういうこと、お父さん?」

「……今はそれよりも、卵をどうにかしよう」


 アルドは一旦謎を置き、最優先でしなければならない対処をすることにした。

 盛られた雪の中に埋まった卵を掘り返す。手にしてみれば、それは巨大な蛇の卵に似ていた。

 鳥の卵と違ってどこか生理的嫌悪を感じさせるそれに、同じく手にしたピルカが顔を顰める。


「うぇ~、なんかブヨブヨしてる~」

「殻が柔らかいな。生態は蛇に近いのか? ……ただし蛇とは真逆に、卵を冷やさなければならないらしい」


 アルドの手の中で、卵は見る見る内に形を崩していった。まるで雪玉が溶けていくように。

 やがて中身の黄身までもまき散らし、卵だったものは液体となって地面に滴り落ちた。


「熱に弱すぎるな」

「うぇ~!」


 ピルカは即座に卵を投げ捨てた。憐れな卵は岩壁に叩きつけられグシャリと割れる。


「これなら、処分に困ることはなさそうだ」

「そうだね。踏み潰していこう……フリーラ?」


 手をピッピッと降るったピルカは、フリーラが静かなことに気がつく。

 振り返るとフリーラは、卵を手にジッと見つめていた。


「……フリーラ。心が痛むだろうが、潰さないとまた村を――」

「これ、食べられないんでしょうか」

「………」


 卵を見つめるフリーラの黄色い瞳は、捕食者の色を帯びていた。

 アルドは慰めの言葉を撤回する。


「……寄生虫がいるかも分からない。火にもかけられないから、食べるのはよした方がいいだろうな」

「そうですか……残念です」


 フリーラはシュンとした表情で卵を捨てた。

 暗く沈んだ表情はさっきと似ているが、今の発言を聞いた後だとまるで別に意味合いに見えてしまう。


 そうして、卵の処理はアッサリと終わった。

 残されたのは、傷ついた雪這いスノーストーカーの死体だけだ。


「さて、問題はコイツだな」


 アルドは改めて雪這いスノーストーカーの死体を検分する。


「尻尾の傷……は雪這いスノーストーカーの性質上致命傷になり得ない。牙も折れているがこれもいい。……これだな、腹の傷。突き刺すように深く食い込んでいる。これが重傷だ」


 アルドは雪這いスノーストーカーをゴロリと転がした。そこは周囲と比べて、すり鉢のようにへこんでいた。


「塞がってる?」

雪這いスノーストーカーはその雪のような肉の性質上、傷が塞がりやすいんだ。だけど内臓が回復するワケじゃないから、そこに受けたダメージは深刻に残る。……コイツは、立ち上がるだけの体力も失っていたということだ」


 雪這いスノーストーカーの背後を見ると、そこには食い荒らされた羊の死体も存在した。


「間違いないな。ここに羊を攫ってきた。……傷ついたコイツに与えていたのかもな」

「でも回復しなかった……」

「問題は、何にやられたかだが……流石に分からないな」


 雪這いスノーストーカーの性質上、傷の形は曖昧になる。そこから逆算して下手人を推定するのは困難だった。


「強いて言うなら、長い牙か、爪か……あるいは剣、か」

「冒険者?」

「その可能性は低いだろうな。こんな辺境くんだりまで冒険者が出張ってくるようなら、俺たちの出番もない」


 アルドは唸り、更に雪這いスノーストーカーを睨み付ける。

 そしてもう一つ気付いた。


「……身を潜めるには浅すぎるな」


 傷ついた雪這いスノーストーカーが横たわっていたのは洞窟の入り口だ。傷を癒やすために身を隠していくならば、もっと奥に行けばいい。

 どうも不自然だ。


「この洞窟……なんか見覚えがある」


 アルドに釣られてキョロキョロと洞窟を眺めていたピルカは、既視感を覚えたようだった。


「洞窟に、ですか」

「どこかで……あ! そうだ、遭難したとき!」

「それって、幼い頃の?」


 フリーラは家で聞いた話を思い出した。幼き時分、ピルカが山で遭難した時の話を。

 確かにあれは、老人たちの話から推察するに霊山でのことだったか。


「うん……うろ覚えだけど、確かにそうだ。お父さん、覚えてない?」

「前も言ったが、見つけた安堵とどう説教するかで頭がいっぱいだったからな……」

「う。そ、そうでした」


 バツが悪そうに俯くピルカ。だがその話は、確かに気になるところだ。


「そうか、あの時の洞窟か……お前が寝ていた」

「うん。なんか妙に温くて眠っちゃったんだよね」

「……温い、か」


 アルドは洞窟の奥に目をやった。外の薄明かりも流石にそこまでは届かない。


「ピルカ、カンテラを着火して貸してくれ」

「? うん。見に行くの?」

「ああ。話が少し気になってな……フリーラ、外を警戒しておいてくれ。他の雪這いスノーストーカーが帰ってこないとも限らない」

「まだいるんでしょうか?」

「分からん。洞窟の浅い場所だけを居所としていたなら、可能性は低いが……」


 ピルカから手渡されたカンテラを手に、アルドは洞窟の奥へと進む。

 洞窟は思ったよりも深い。そして進む度、確かに気温が高くなってきていることをアルドは感じた。


「……これは!?」


 その源泉を、アルドは発見した。


「温泉か……!」


 それは、文字通り"源泉"であった。

 岩の窪みに溜まるようにして、湯気を立てている泉。

 紛れも無く温泉であった。


「え!? 温泉!?」

「馬鹿、迂闊に来るな! 有毒なガスが湧いていたらどうする!」


 温泉と聞いて目を輝かせたピルカをアルドは制止する。

 目に見えない毒気が湧いていないとも限らない。


「……まぁ、硫黄の匂いしかしないが」


 洞窟の入り口では血生臭さに紛れて分からなかったが、奥まで来ると硫黄が香っていた。


「……しかし、これで奴らが洞窟の浅い場所に陣取っていた理由が分かったな」

「あ、熱に弱いもんね」


雪這いスノーストーカーは、雪のような身体を持つ。そして卵も熱に弱い。温泉の熱を嫌って、遠ざかるのは道理だ。

 しかしそうなると、別の疑問も浮かぶ。


「……よりにもよって温泉が湧いているような洞窟を、巣に選ぶか?」

「確かに。変だよね。自分たちにとって毒となるようなものの近くで寝泊まりするなんて。しかも卵もある」


 どうして、ここを巣に選んだのか。

 普通に考えれば、百害あって一利なしだ。

 疑問はまだある。


「そもそも疑問だったんだ。雪這いスノーストーカーは、もっと上……頂上付近に生息しているハズ」

「そうなの?」

「ああ。何せ雪の身体だ。万年雪があるような場所でないと、夏を越せない」

「そっか……」

「だからレールがここを見つけたとき不思議だったんだ。あまりにも早すぎる……」


 アルドは少し考え、踵を返した。


「取り敢えず、洞窟を出るぞ。もうここに用はない」

「え、温泉は……」

「入るつもりか? やめておけ。毒気に当てられる可能性はなくはない」

「えぇー……」

「……また今度、どこぞの温泉地にでも連れてってやる」

「ホント!? 絶対だよ!」

「ああ、はいはい」


 渋るピルカを適当にあしらいつつ、アルドは鋭く目を細めた。


「……これは、頂上付近も調査する必要があるかもしれんな」

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