雪戦

「本当にいたな……」


 微かな傾斜の上から見下ろし、アルドは唸った。

 眼下には、雪に半ば埋まった洞窟。そして、出入りする雪這いスノーストーカーの姿があった。

 それらを身を隠しながら確認し、あそこが雪這いスノーストーカーの巣であることを確信する。


「ね、合ってたでしょ?」

「ああ。しかも驚いたな、気付かれていない」

「うん。この辺は視界……というより、感知範囲に入らないみたい。上下が弱いのかな」


 雪這いスノーストーカーには目がない。そのため、他の何らかの感覚によって獲物を探知していると考えられる。一番有力なのは嗅覚か、あるいは蛇に似ていることから体温感知かと思われるが、いずれにせよ、上から見下ろされることには弱いようだった。

 それにピルカが気付いたことを、アルドは素直に褒め称える。


「すごいな。本職の斥候みたいだ」

「えへへ……実はエルシュさんに色々と習ったんだよね」

「エルシュに?」

「うん。パーティで斥候を言いつけられて苦戦してたのを、見かねてアドバイスしてくれたの」


 エルシュはかつて、アルドのパーティで斥候を務めていた。

 その実力は折り紙付きで、アルドも何度か助けられた。

 なるほど。確かにエルシュが教えたのなら納得が行く。


「だから斥候に関してはエルシュさんが師匠だね」

「何。それは聞き捨てならんな。いずれ奴とはどちらがピルカの師匠か決着を付けねばならんようだな……」

「もう、お父さんったらそんな冗談」

(……冗談かなぁ)


 アルドから立ち上るそこはかとない本気の嫉妬を感じ取り、フリーラは密かに首を傾げる。

 だが、悠長に雑談に興じてもいられない。

 自分たちは、怪物の討伐に来たのだから。


「では始めるぞ」

「うん。どう仕掛ける?」

「取り敢えず、レールにはここで待つように言い含めておいてくれ」

「おっけー」


 頷き、ピルカはレールをその場に座らせ、指を立てて一言二言囁きかけた。

 この道中で二人はすっかり絆を深めたのか、簡単な意思疎通が行えるようになっていた。レールが牧羊犬として訓練を積んでいるというのも大きいが。

 やがてレールは待機命令を聞き入れたのか、その場で舌を出して座り込みジッと動かなくなった。


「これでよし。で、次は?」

「斜面を滑り降りながら強襲をかける。だが、これに工夫を凝らす」


 アルドは作戦を説明した。二人の弟子たちは頷く。


「うん、異論なし。良い作戦だと思う」

「そうか。フリーラも大丈夫そうか?」

「はい。お借りした宝珠で魔力の総量は減ってますが……まだ充分に戦えます」

「よし。では行くぞ」


 三人は作戦を決めると、即座に行動に移した。


 斜面を滑り、雪を削る音に気付いた三頭の雪這いスノーストーカーが顔を上げる。どうやら目はなくとも、耳はどこかにあるらしい。

 自分たちに向かってわざわざ飛び込んできた影。絶好の獲物を、雪這いスノーストーカーはすぐさま囲う。

 影は、一人だった。分厚い防寒具を着込み、二つ結びを黒髪を下げた少女だ。


「………」


 少女は剣を構え、三体の雪這いスノーストーカーと対峙した。しかし、流石に多勢に無勢だ。

 圧倒的な有利。雪這いスノーストーカーもそれが分かっているから、無理に襲い掛かるようなことはしない。真綿で締め上げるように、ジワジワと包囲を狭めていく。

 ジリジリとした焦れったい程の時間をかけて、雪蛇たちは誰が噛みついても届く位置まで距離を縮めた。


 青い牙を剥き、いざ。

 だが、その瞬間だった。


「!!?」


 一匹が弾かれたように振り返る。

 しかしもう遅かった。


「フッ!」


 迸る刃が振り向いた雪這いスノーストーカーの首を飛ばした。隻眼の剣士の仕業だった。

 断末魔の声を上げる暇もなく、一頭目の雪這いスノーストーカーは死んだ。


「srrrr!?」


 同胞の死に他二頭の雪這いスノーストーカーが慌てて振り返る。だがその内の一頭は、同じような光景を目撃した。

 音もなく迫り来ていた白い髪の剣士が、一直線に刃を振るう。雪這いスノーストーカーは正面から真っ二つになり……二股に分かれるようにして地に伏した。


 そして残った一頭にも、刺客が迫っていた。

 それは不思議なことに、最初に来た人間と同じ顔をしていた。

 もっとも視界のない雪這いスノーストーカーに人間の顔の判別はつかず、それを疑問に感じる知能もないが。


「srrrrr!!」

「わっ!」


 最後の一頭が仲間の仇と言わんばかりに牙を剥く。それが功を奏してか、少女の刃が白い首に届くことはなかった。

 安全のため立ち止まり、剣を盾にして受け止める。


「ssssss!!」


 生き残った雪這いスノーストーカーは、生存のための最適の行動として少女を喰らおうとする。牙を立て、剣を折り、肉を啜るために力を籠める。

 が……それは叶わなかった。

 背後から突き刺された剣が、雪這いスノーストーカーの脳髄に到達していたからだ。


「s……」


 一瞬で絶命した雪這いスノーストーカーは、剣から牙を離してドウと倒れ伏す。

 少女――フリーラは、溜息をついた。


「「ふぅ……」」


 溜息が重なる。もう一人もまた、同じように、同じ声で息を吐いたからだ。

 それは雪這いスノーストーカーを背後から突き刺した方のフリーラであった。


「お疲れフリーラ! ご苦労様!」


 体液を払った剣を鞘に収めたピルカが肩を叩いて労う。周辺を警戒しながら、アルドもまたフリーラに声をかけた。


「ああ。お疲れだ。おかげで安全に倒せた」

「はい……よかったです」


 ホッと胸を撫で下ろしたフリーラは、肩を下げて脱力した。

 すると、もう一人のフリーラは煙となって消える。


「いやー、いいスキルだね、【分身】!」


 ピルカはうんうんと頷いた。


 最初に斜面を滑り降りた影――それはフリーラの分身だった。

 これがアルドの立てた作戦だった。まず、【分身】を使って生み出したフリーラを、単体で雪這いスノーストーカーたちへ突っこませる。

 そして注目を集めたところを、音を立てないようコッソリと近づいた三人で背後から奇襲。頭を狙って討伐する。

 これによって安全に背後を狙える。もしバレても、分身と挟撃できる。

 もちろん、単身で三体と対峙する分身のポジションは危険だが……分身ゆえに、もし倒されても痛手にはならない。

 人的被害の危険を最大限に排除した、アルドの作戦だった。


「そんな……お師匠の作戦あってのことですよ」

「いや、おかげで素早く排除できた。……トドメを刺したが、大丈夫か?」

「……はい」


 フリーラの足元には雪這いスノーストーカーの死体が転がっている。

 その命脈を絶った事実に、フリーラの心中に苦いものが広がった。しかしそれは、今この場で蹲って動けなくなるほどじゃない。

 ゆっくりと消化し、向き合えばいい。アルドに言われた通り善と悪を探すのは、それからだ。

 だから今は、頷く。


「大丈夫です」

「……そうか。なら次は巣だ」


 アルドは洞窟へと向き直った。こちらが本題だ。

 三人は警戒しながら洞窟の入り口へと近づいていく。

 そして代表してピルカが穴の中を覗き込んだ。


「……いる」


 ピルカの視線の先には、一体の雪這いスノーストーカーが、洞窟の浅い場所で横たわっていた。

 そして、その周りには半ば溶けた雪だるまのような塊がある。


「あれは?」

「……雪這いスノーストーカーの、卵だ。正確には、雪の中に埋めた、な」

「うぇ……」


 量は、多い。もう少し時間が経っていたらあの中の全てから雪這いスノーストーカーが生まれていたのかと思うと……ピルカは鳥肌を抑えられなかった。


「よし、狩る、ぞ……?」


 迂回路はないので、正面から挑むしかない。

 代表して、アルドが洞窟の中に乗り込んでいく。

 だが、すぐに怪訝な声を上げた。


「起き上がらない……?」


 横たわった雪這いスノーストーカーは、アルドを迎撃するために立ち上がったりはしなかった。ただその場で、浅い呼吸を繰り返しているだけだ。


「お父さん?」

「……いや、とにかく殺すしかない」


 肉食で知能も低い雪這いスノーストーカーと人間は相容れない。

 アルドは即座に脳天へ剣を突き刺した。

 雪這いスノーストーカーはそのまま、小さく息を引き取る。


「寝ていた……というワケではないな」


 アルドは息絶えた雪這いスノーストーカーの肌を軽く撫でた。

 そこにある凹凸を確認し、呟く。


「……傷だ」


 白くて分かりづらいが、それは傷だった。

 傷の範囲は広く、種類も多く、雪のような筋肉だけではなく内臓も既に傷ついていたようだ。

 つまり。


「……既に何かに襲われていた?」

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