出発

 翌日明朝。アルドの家。

 そこで三人の剣士たちが各々準備を進めていた。


「ロープよし。火打ち石よし。水薬ポーションよし」


 アルドは装備の最終チェックに入る。

 ベルト、ブーツ、布鎧。基本的に鎖帷子などの金属は身につけない。雪中では重すぎるし、触れれば体温を奪うからだ。

 なので防御は堅く布を重ねた所謂クロースアーマーと、防寒着を頼りとする。

 腰にはもちろん剣を佩き、薬などの小物はポシェットに。

 それらを破損がないか入念に再チェックし、アルドは満足げに頷いた。


「よし」

「お父さん、終わった?」

「ああ。そっちは?」


 アルドが準備を終えた時、丁度ピルカがフリーラの部屋から出てきた。


「うん、ばっちり! フリーラもちゃんと着られたよ」

「は、はい。おかげさまで」


 部屋の奥からフリーラも一緒に出てくる。フリーラは冒険者ではなく、あくまで剣の弟子だ。そのため戦うための着付けには不慣れで、ピルカが手伝っていたのだ。


 二人の装いはアルドの物とよく似ていた。同じように防寒着を着込み、剣帯に剣を提げている。違うのは、ピルカは更にベルトにカンテラを提げている点だった。


「そうか。違和感はないか?」

「ちょっと重いですけど……」

「それは仕方ない。だが、あまりに疲れるようなら言え。命に関わるからな」

「は、はい」


 フリーラは硬い表情でコクンと頷いた。

 今までアルドとの修行だけをしていたフリーラにとって、実戦は初めてだ。緊張するのは当然。

 そんな不安げなフリーラの肩をピルカはバンバンと叩いた。


「大丈夫だって! 私とお父さんがいるんだから!」

「……緊張感を持つことは悪いことではないがな。その点、ピルカ。お前は気を抜きすぎだ」

「あ、あはは……気をつけます」


 舌を出し、頭を掻いて悪びれるピルカ。

 準備は万端だ。アルドは床に置いていた背嚢を背負った。


「よし。では出るぞ」

「りょーかい!」

「は、はいっ」


 二人は頷き、一行は家を出た。


 ヒーカ村の霊山は、周りの山脈と比べると頭一つ抜けて標高が高い。

 山歩きに慣れない者にとっては辛い道のりだ。


「はぁ、ふぅ……」

「フリーラ、平気か?」

「だ、大丈夫です。でも、歩きにくいですね」

「そうだな……足を取られないように気を遣うと、特にな」


 アルドとピルカは村で育った。山は裏庭のようなものでお手の物だ。

 フリーラも村で暮らして二年ほどになる。その間、アルドに教わって基本中の基本を覚え、山菜採りなどに精を出したりした。なので普段の山歩きはそれなりに慣れている。

 しかしこのような豪雪の中を歩くのは初めてだった。

 それでもしっかりとした足取りなのは、普段の稽古のおかげだろうか。


「ワン!」

「よしよーし。君も大丈夫そうだね」


 そんな二人に先行して歩くのは、ピルカと一匹の犬だった。ペレから借りてきた、黒い毛並みの牧羊犬だ。

 ピルカに懐いているようで、つかず離れず一緒に歩いている。

 長毛の彼は寒さに強いのか、この雪の中でむしろどこか楽しそうにしていた。


「迷子にするなよ」

「分かってるって! ちゃんと無事にペレさんに返すよ」


 忠告するアルドにピルカは牧羊犬の頭を撫でながら応えた。

 雪這いスノーストーカーに攫われた羊の匂いを嗅ぎ分けるには彼の力がいる。ペレは唯一残った財産とも言える犬を貸し出すのに不安を感じていたが、最終的には信じて預けてくれた。


(その信頼を裏切るわけにはいかないな)


 万が一があった場合でも犬だけは守り切ろうと決意を固める。……その万が一であっても、アルドは自分以外の全員を逃がす腹積もりだが。


「そういえば、ソイツの名前は?」

「レールくんだって」


 そうこう話していると、再びフリーラの息が荒くなる。


「はぁ、ふぅ……」

「休憩するか?」

「い、いえ……でも、ちょっと寒くて」


 慣れない雪中行の所為か、フリーラの額には玉のような汗が浮かんでいた。汗を流しすぎた所為で、冷えてしまったのだろう。

 しかし他二人(と一匹)の足手纏いにはなりたくないらしく、休憩は拒む。

 ならば、とアルドは懐に手を入れる。


「これを持っておけ」

「これは……?」

「防寒防暑の宝珠だ」


 アルドが懐から取り出したのは指輪だった。中央にはよく磨かれた小さな青い宝石が嵌まっている。


「魔力を籠めれば外気の温度が和らぐ。本当は魔力を温存するために避けたかったが」

「いいんですか? そんな貴重そうな……」

「別にいい。俺たちはまだ平気そうだしな」

「……では」


 足を引っ張っている自覚があるためか、素直に受け取って手袋を外し装着する。

 そして宝石が仄かに光ると、ほう、と小さく溜息をついた。


「わ……すごい、確かに暖かいです。まるで空気の膜に包まれてるみたいな」

「詳しい理屈は分からんがな。昔は過酷な環境に赴く際の必需品だった。……今だとどうなんだ、ピルカ?」


 アルドの頃は必携だったが、今の時代はどうか分からない。そういうのは現役に訊くのが一番だ。


「それが、ビックリしたんだよね」


 水を向けられたピルカが肩を竦める。


「お父さんに『冒険者に宝珠は必須』って教わってたから、王都に着くまではてっきりそうなんだと思ってたけど……」

「違うのか」

「うん。今だと"宝具ほうぐ"が主流だね」

「宝具が」


 アルドが意外そうに眉を上げる。


「アレは確か、作るのにスキルが必要なんじゃなかったか」


 "宝珠"は魔術によって作られる。

 一方で、"宝具"はスキルによって作られる。

 些細な違いに思えるが、両者には決定的な違いが二つあった。

 一つは、宝珠には核となる宝石が必要な点。

 もう一つは……宝具の方が、効果が強力な点だ。


 そもそも魔術とは、神から与えられた不可思議な力であるスキルを、人間の手で再現しようとした試みだ。

 スキルと同じように魔力を操り、同じ効果を求めて創り出されたもの……という歴史がある。

 人間はその長い歴史を以て、神の御業に近づこうと努力を重ねてきた。

 結果、天から与えられなければどうやっても覚えられないスキルとは違い、魔術は学べば誰でも習得できるものとなった。


 しかし……完全な再現はできなかった。

 スキルの方が強力なのである。


 魔術はスキルを再現した物。ゆえに、あらゆる魔術には元となったスキルが存在する。

 だがその同系統を比べた時、必ずスキルの方が強力な効果を発揮する。

 より正確に言えば、消費する魔力に対しての費用対効果が高いのだ。

 なので自然、魔術で作られた宝珠よりもスキルで作られた宝具の方が強くなる。


 ゆえにアルドは宝具の方が高価な代物で、冒険者には手も出ないような高級品と認識していたのだが……。


「ほら、最近はどこもスキルスキルだから」


 ピルカはどこか辟易とした調子で答えた。


「スキル持ちが持て囃されて拾い上げられる時代らしいよ。だから魔術の信頼性が低くなってるんだって。それで宝具の方が量産されて、逆に宝珠はあんま見なくなっちゃったってさ」

「そんなことが……フリーラの認識も、そうか?」

「え、はい。確かに宝珠は……昔の物? って感じがしますね。というか、初めて見ました」


 本当なのだろう。フリーラは己の指に嵌まった指輪を興味深げにしげしげと眺めている。生まれて初めて見るリアクションだ。

 例えるなら鉄製品が普及し、木製や錫製が廃れていくようなものか。


「……これも時代か」


 己が命を預けた物が時代遅れとなる。時の流れにそこはかとない哀愁を覚えながら、アルドは雪の中にまた一歩、足を踏み出すのだった。

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