異変

「よし、あと少し、だ……ふぅ」

「やっと着いたぁ~」


 吹雪の中、気を抜けばお互いを見失いそうな白い闇を越え、アルドたちは村の中央にある集会所へと辿り着いた。

 集会所はその名の通り有事に村の人間で集まれるよう建てられた大きな建物だ。

 普段は年寄りが集まっての宴会場として利用されるくらいだが、今日に限っては本来の用途で使用されていた。


 集会所の中には既に何人もの村人が集まっていた。

 そのいずれにも、アルドは見覚えがあった。村の有力者たちだ。


「おお、来てくれたか、アルド坊」


 アルドがやってきたことに気付き振り返ったのは、杖を突いた老婆だった。

 弛み下がりきった瞼に半分ほど塞がれた目でアルドの姿を認めた老婆は、次いでその隣にいるピルカにも気付いた。


「おや、ピルカちゃんも来てくれたのかえ」

「はい。お久しぶりです、村長」


 ピルカはペコリと頭を下げた。

 この老婆こそが、ヒーカ村の村長だった。


「この吹雪の中、ご苦労さん」

「……村長こそ、どうやって来たんだ?」

「そこは俺が運んだんだよ。いや苦労したぜ。ま、お前らの家よりかは近場だったがな」


 答えたのはドングだった。彼は村長の息子の一人だ。

 他にも何人かの村人がいる。


「まあまあまあ! ピルカちゃん!」

「あ、メーサおばさん」


 ピルカに近づき駆け寄ってきたのは恰幅の良い女性だった。

 メーサと呼ばれた女性は豊満な身体へピルカを抱き寄せる。


「わぷっ」

「ああもう、こんなに冷たくなっちゃって。……ちょっと、アルド?」

「仕方ないだろう。着いてくると言ったんだから」


 バツの悪そうにアルドは顔を逸らす。

 メーサもまたアルドの同年代。一つ下だ。

 そして、ドングの嫁でもある。


「ちょっとアンタ! 止めなかったのかい!」

「いや、ピルカちゃんだって冒険者だろう? だったら連れてきた方がいいと思って」

「……そうだ。冒険者に頼みたい仕事なんだろう?」


 旗色悪そうにたじろぐドングを助けるついでに、本題を切り出すアルド。

 村長は呻くように言った。


「ああ、そうだね。ちょいと困ったことになってねぇ」

「ちょいとどころじゃねぇぜ!」

「……ペレか」


 喚いたのはドングたちよりかは若い青年だった。


「どうしたんだ。憔悴しているようだが」


 ペレの顔色は見て分かるほど悪かった。何かショックな出来事があったらしい。

 何があったのか、それはすぐに彼の口から語られた。


「ああ、それが……家畜小屋が壊されちまったんだ」

「なんだって?」

「壁に穴が開けられて、みんな逃げちまった。この吹雪の中じゃどこ行ったか分かんねぇ。生きてるかすら……もうお終いだ」


 ペレが項垂れる気持ちも分かった。

 ヒーカ村は山裾にある村だ。そういう村は標高が高く寒い上に、地味……つまり土の栄養に乏しい傾向にある。畑をあまり広げられないのだ。

 なのでヒーカ村の主要な産業は、山でもよく育つ家畜たちの畜産だ。

 つまりペレのような羊飼いの若者にとっては食い扶持の全てである。


「それは……災難だったな」


 アルドも気の毒そうにそう言うことしかできない。

 この吹雪の中では回収も不可能だろう。


「ああ。もう俺に残されたのはコイツしかいねぇよ……」


 そう言ってペレは黒い毛並みの犬を抱き寄せた。ヒーカ村で利用されている、一般的な牧羊犬である。


「牧羊犬は残ったか」

「家の中に入れておいたからな。だが、犬だけ残ったところで……」

「……それで、小屋が壊れたことと、俺が呼ばれたことに何の関係が?」


 ペレに起きた悲劇は確かに可哀想だが、アルドに関係があるとは思えない。


「……小屋が壊されたのは、なんでだと思うかい?」

「……この天気だ。雪の重みで……まさか、違うのか?」


 村長はしわくちゃの顔を更に険しく歪めながら頷いた。

 ドングが続きを引き継ぐ。


「ああ。ペレがウチに駆け込んで来たんで、俺が見に行ったのさ。そしたら、明らかな獣の痕跡と、血の跡があったのさ」

「小屋は壊れた・・・んじゃない、壊された・・・・んだ!」


 ドングの説明と、ペレの切実な叫び。

 アルドは事態を把握した。


「なるほど。村の中に魔物が現われたと。そういうことなら、確かに俺の出番だ」

「ああ。放っておけばどれだけ被害が広がるか分からない。しかも連日の吹雪だ。村人同士の連携はどうしたって鈍るし……騒ぎも聞こえにくい。朝になったら隣人が食い殺されていた、なんて笑えもしない冗句だ」


 雪は音を吸う。みんな吹雪で積極的に外へ出ない現状なら、確かにその可能性はあり得た。

 これは早急に退所しなくてはならない事案だ。


「了解した。引き受けよう」

「そうしてくれると助かるよ」


 村長はホッと息をついた。この吹雪だ。断られる、あるいは先延ばしにされる可能性も考えていたのだろう。

 無論、この吹雪ではアルドたちの危険も増す。相手が魔物であってはどんな実力差でも油断はできない。

 しかしそれ以上に、無力な村人が無抵抗に殺されてしまうことが我慢ならなかった。

 ヒーカ村はアルドの故郷だ。そして、少ない村人もほとんど全員知っている。

 被害者を出したくはなかった。


「ペレ、小屋まで案内してくれ」


 とにもかくにもまずは現場検証。

 アルドは、壊された小屋を調べることにした。

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