厳冬の悪寒
「すごいねー……」
ガタガタと揺れる窓から外の景色を眺め、ピルカは感嘆の息を漏らした。
外の景色は鈍い灰色と、吹き付ける白い粉雪で覆われている。
晩秋を過ぎて、迎えた冬。
ヒーカ村は吹雪に見舞われていた。
「ああ。ここまで厳しいのは初めてだ」
温めた茶を片手にアルドの頷く。
ヒーカ村に生まれて四十年と少し。そんなアルドでも初めて経験するような厳冬だ。
ここで冬を越すのは二度目なフリーラも、当然初めてだ。
「これ、外に出られませんよね」
「そうだな。用事があるとき以外はやめた方がいいだろう」
幸い、こうなることを見越して食糧や薪は例年よりも多めに貯蓄している。今のところは尽きる気配もない。
「迂闊なことはせず、大人しくしているのが吉だろう」
「つまんないなー」
ピルカは窓から離れ、テーブルの上に項垂れた。
「家の中に籠もってるだけなんて退屈だよー」
「ふっ……お前はそうやって、遭難しかけたことがあったな。あのときは焦ったぞ」
「げ、憶えてたんだ」
「忘れるものか」
ピルカが顔を顰める横で、フリーラは興味深げに瞳を輝かせる。
「そんなことがあったんですか?」
「ああ。十歳の頃だな。俺が村の用事で外に出ている間に家から飛び出してしまったんだ。寒いから連れ出さず、家の中で待機させてやろうという判断が仇になったな」
「うぅ……」
ピルカが十歳を迎えた冬の話だ。
その日アルドは、村人から冬眠しはぐった熊を狩るよう依頼されていた。
寒村に正規の冒険者は中々呼べない。金もかかるし、そもそも距離が遠い。大きな街へ依頼を届け、冒険者が実際にやってくるまで往復で長い時間がかかってしまう。
そのため、まずはアルドのように引退した冒険者や元兵士に頼む。
アルドが失敗したり手に負えないと判断した場合に、改めて冒険者へ依頼を出すのだ。
ただ、アルドがその手の頼みを失敗したことはない。
その日も、冬眠を失敗し獲物を求めて彷徨く熊を狩って、傷一つ無く帰って来たところだった。
熊の解体は村人たちに任せて、ピルカが心配だったので家に帰った。
しかし家の中にピルカの姿はなかった。
「確か、ウサギが裏庭にまで来たので、山まで追いかけていったんだったか?」
「うぅ、そうだよ……可愛いなーって見てて、フラフラと外へ……」
「……好奇心旺盛だったんですねぇ」
「包むことはない。堂々と迂闊と言ってやれ」
「うぐぅ」
当然、アルドは慌てた。そして熊を解体するために集まっていた村人たちに頼み込み、山狩りをしたのだ。
大捜索の末に、ピルカがいたのは……。
「肝心の本人は、洞窟の中で寝こけていたがな」
「えぇ……」
洞窟に敷き詰めた葉っぱのベッドの上でスヤスヤと寝息を立てるピルカを見つけたときは、アルドも流石に脱力した。
安心と、呆れの両方で。
「村人たちも感心してたよ。あの肝っ玉なら、将来大物になるとな」
「あはは……」
「うぅ……だって、あそこ、暖かくて気持ちよかったんだもん」
過去を掘り返されて打ちのめされていたピルカは、せめてもと反撃をした。
「ホント、この家くらい? に暖かかったんだから!」
「えぇ、そんなことあります? 洞窟ってむしろ冷たいイメージありますけど……」
「さて、どうだったかな。何しろ、その洞窟にいたときは起きたらどう説教してやろうかで頭がいっぱいだったからな」
「うぐ……思い出しちゃった。しこたま怒られたっけ……」
あれほどの大目玉を食らったのは生まれて初めてだった。
その時は、二度とするまいと幼きピルカも涙目で誓ったものだが……。
「結局冒険心は抑えられず、何度も似たようなことを繰り返しては雷を落とされたワケだが」
「わぁ……」
感心とも、引いてるともつかない声音で微笑むフリーラ。
姉弟子の失敗談と言うべきか、それとも武勇伝と言うべきか。
少なくとも顔を伏せて恥ずかしがっている当の本人にとっては、黒歴史のようだ。
「……冒険、かぁ」
埋めながら、そんなことを呟いた矢先。
唐突に、家の扉が叩かれた。
「……誰だ、こんな日に」
アルドは軽く目を見開く。外の景色は相変わらず吹雪だ。こんな時にわざわざ出歩いて、しかも村の外れにある我が家にまで来る物好きとは。
ピルカが帰って来た日にも過ぎった、強盗という可能性が脳裏を過ぎる。……だが、盗賊崩れが流石にこんな日にまで活動するほど勤勉とも思えないが。
ゆえに念のため、誰何する。
「誰だ?」
「俺だ! ドングだ!」
「ドングだと?」
知り合いだった。アルドは一応は佩剣しつつもすぐに扉を開ける。
そこにいたのは肩に雪を積もらせた中年の村人だった。
彼の名前はドング。村人にして、アルドの幼馴染でもある。
「何をしに来たんだ、こんな時に」
どう考えても出かける気候ではない。
ドングも一応、防寒着を着込み、手には道を照らすカンテラを持っている。それは逆に言えば、確かな目的を持って外に出たということでもある。それは素直に推測するのならば、アルドの元を訪ねるということになるのだが。
こんな日に、何故?
「ああ。ちょっと村で問題が起きてな。集会所にまで来てくれるか?」
「……急ぎか? いや、聞くまでもないな」
吹雪の中押してきたのだ。急ぎでないハズがない。
「悪いがなるべく早く相談したい。もう他の連中は集まってるから、来てくれ」
「了解した。すぐに準備する。……フリーラ、ドングに温かい茶を出してやってくれ」
「はい、すぐに」
「悪いね、お弟子ちゃん」
吹雪の中歩いてきたドングは相当冷えているだろう。その対応をフリーラに任せて、アルドはすぐに準備を進めた。
玄関側にかけておいた防寒着を羽織り、自前のカンテラも用意。言わずもがな、剣も持っていく。
そうしていると、くいくいと袖を引かれた。
「? ピルカ?」
「……私も付いて行っちゃ駄目かな?」
上目遣いで首を傾げるピルカに、アルドは少し考える。
このタイミングで呼ばれるということは、十中八九荒事関係だ。人か魔物かは分からないが、元冒険者である自分が呼び出される以上、求められているのは戦力としての相談だろう。
そしてピルカも元……いや、引退をしたワケではないのだから現役の冒険者だ。
(……個人的な心配を抜きにしたら、連れて行った方が丸いか)
アルドは逡巡の末、頷いた。
「分かった。いいぞ、準備しろ」
「うんっ!」
元気よく頷いたピルカはスキップするように自室へ向かった。
その嬉しそうな様子を見て、何故そんなことを言い出したのか悟る。
「家で待ってるのが退屈で、出るチャンスを窺っていたな……」
「ハハハ、相変わらずじゃないか」
そんなやり取りを見て、お茶を片手にドングが笑う。アルドと同年代でずっと村にいたドングもまた、ピルカの成長を見守ってきた一人だ。
「子どもは元気が一番だろ」
「もう子ども扱いできる歳ではない気がするがな」
「親にとってはいつまでも子どもだよ」
「違いない」
そう大人たちで苦笑し合っていると、部屋から準備を終えたピルカが飛び出してきた。
「準備終わったよ、お父さんっ!」
「……やれやれ」
「ハハハ!」
あまりにも落ち着きのない様子に、アルドは恥ずかしくなってきた。
大人扱いは、当分できそうにない。
「じゃあ、フリーラ。行ってくる。留守番を頼む」
「お茶、ありがとうよ。お弟子ちゃん」
「行ってくるね、フリーラ!」
「はい。はぐれないように気をつけてください」
そうしてフリーラを留守番に残して、一行は出発した。
果たして吹雪を押して呼び出すほどの用事とは、何か。
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