決着と謝罪と意気投合
「……ま、負けた」
何も無くなった掌を見つめ、フリーラは呆然とする。
敗北の自覚が芽生えるよりも早い。そんな決着だった。
「どう、どう!? お父さん! 成長したでしょ!?」
一方でピルカはぴょんぴょんと跳ねるようにアルドへ纏わり付いた。
ウサギのようなそれに微笑ましげにしながらも、アルドは頷く。
「ああ。技のキレは確かに増していたな。特に【逆天】は、相手が動けないポイントを正確に見極めていた」
「でしょ、でしょ!」
「だが課題点がないワケじゃない」
微笑を浮かべていた表情をキリリと師匠の顔つきに戻してアルドは告げた。
「まず、素の力では完全に受けきられていたな。筋力が落ちている証拠だ」
「うっ……」
「それに後半の防戦中。俺の方を向いた瞬間があったな?」
「あ、あれは、その……気になって」
「集中を欠いている。減点だ」
「そんなぁ」
駄目出しを受けて、シュンと項垂れるピルカ。厳しい師匠の面が嬉しいとは言っても、実際に叱責を受けるのは辛い。
「うぅ……」
「フリーラもだ」
「へぁっ!?」
ようやっと敗北の衝撃を受け入れていたところに水を向けられ、フリーラは飛び上がる。アルドはギロリと睨んだ。
「【分身】を使った攻撃パターンに幅を持たせろと何度も言っただろう。本体の命を守る戦術は確かに有効だが、今回は攻めきれなかったのだから本体も攻撃に参加して連係攻撃をするべきだった。臨機応変に対応する術がなければ、今回のように読まれて打ち破られてしまうぞ」
「は、はいぃ……」
もっともな指摘を受けて、縮こまるフリーラ。
そして、おずおずと問う。
「あの……私はこのまま追放でしょうか」
「へ、なんで?」
キョトンと首を傾げたのはそもそもの発端であるハズのピルカだった。
アルドは呆れながら言う。
「お前がフリーラのことを弟子と認められないからって言ったんだろう」
「あぁ~! そうだった。試合に熱中してすっかり忘れてたや」
「えぇ……」
思い出したようにポンと手を叩くピルカ。
そして、即座に手で作ったのは×の字だった。
「それ、いいや!」
「え……?」
「だから言ったのなし! だってフリーラ、ホントにお父さんの弟子だったもん」
そう言って、勝手にうんうんと頷く。
「あの防御とかお父さんの基礎があったからこその固さだったし、それに一回あった受け流しは明らかに技剣の一種だったし。もうお父さんの弟子であることに疑いはないよね」
「じゃ、じゃあ……!」
「うん。ごめんなさい。変な疑いをかけて」
ピルカは素直に頭を下げた。
「失礼だったよね。いきなり帰って来て愛人扱いなんて」
「い、いえ……娘さんだったら仕方ないと思いますし。それに……」
「それに?」
「……お師匠は、確かに女性に無頓着なところがあると思いますから」
「それだよね!」
ピルカはガクガクと激しく頷いた。
話の流れが変な方向に傾いたことに、アルドは顔を顰める。
「おい……?」
「お父さん、女の人に無防備過ぎるよね! 自分が意外とモテるって自覚、ないよね!?」
「はい……! この間もキャラバンの娘さんに
「だよねだよね! その時、どうしたの?」
「もちろん、キッチリ私が追い返しましたとも!」
「おお、同志よ!」
共鳴した二人はヒシリと抱き合った。
変なところで和解してしまった二人にアルドは立つ瀬が無い。
「別に、ちょっと話しただけだろ」
「そのちょっとで惚れさせちゃうのが問題なんですよ!」
「ほんとそれ!」
「解せん……」
剣の師匠であっても、そういうところでは勝てないらしい。
己の不利を悟ったアルドは、押し黙るしかなかった。
ピルカも我に返り、コホンと咳払いする。
「うん。とにかく、疑惑は晴れたね」
「それじゃあ……」
「た・だ・し!」
ぱぁっと顔を明るくするフリーラに、ピルカはビシリと指を突きつける。
「お父さんの一番弟子はこの私、ピルカだから! 貴女は二番弟子だからね!」
「は、はぁ……」
それはそうだろうと、フリーラは頷く。
最初から別に、そこに異議を唱えたことはなかったが。
「分かりました、姉弟子のピルカさん」
「うん! よろしく、妹弟子のフリーラ!」
「はいっ」
仲直りのつもりだろうか。差し出された手を握る。
お互い、硬い手だ。マメを潰しながら何千何万と剣を振るった掌。そこに嘘はつきようがなく、年月の重さを確かに感じさせた。
最初から、こうすればよかったのかもしれない。
そう思ってしまうくらいにハッキリと分かる、剣士の手だった。
「よし、解決だな? ……ああ、そうだ」
「ん?」
アルドは、怪訝に首を傾げるピルカの元へ近づき、そしてその頭に掌を置いた。
「わっ」
「……強くなったな、ピルカ」
「えへへ」
くすぐったげな笑みを浮かべるピルカの頭を優しく撫でる。
そして、もう片方の手をフリーラの方にも置いた。
「フリーラもだ。負けはしたが、課題も見えた。次に繋げよう」
「は、はいっ!」
「……むぅ」
娘の自分と同じように撫でてもらえるフリーラに嫉妬の籠もった目を向ける。
何か文句を言おうと口を開いた瞬間。大きな腹の虫が鳴り響いた。
「あー……動いたからお腹ぺこぺこだー」
「なら、朝飯にしよう」
「はーい! 何がいいかな?」
「冷えるし、温かいものにするか」
「あ、いや、私が作りますからお師匠たちは座っていてください!」
パタパタと一同は家の中へ戻っていく。
娘が甘え、父は頷き、弟子は走り回る。
しばらくは、これが三人の日常になりそうだった。
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