分身戦術
――スキルとは、魔力を使って超常現象を起こす力だ。
例えば【炎魔法】。これは魔力を炎へと転換し、それを自在に操れるようになるスキルだ。火の玉として投射したり、鞭のようにして扱ったり。上級者ともなれば、水の中で炎を燃やすことも可能である。
スキルは神の恩恵。一見人間には不可能なことでも、スキルなら実現できる。
魔力を糧とすれば。
先程フリーラの身体が淡く光ったのが、魔力を消費した証拠。
フリーラのスキル、【分身】はその名の通り自分の分身を作り出すスキル。
その効力によって二人となったフリーラは、同時に木剣を構えていた。
「……いきます!」
宣言と同時に、二人のフリーラは攻撃を開始した。
ピルカは真正面から受けて立つ。
左右から、挟み込むように木剣が迫る。
「くっ!」
流石は分身。息ぴったりだ。
寸分狂わず繰り出される同時攻撃。ピルカは苦戦しながら捌いていく。
「このっ……!」
「やっ!」
その合間を縫っての反撃。が、これは受け止められる。克ち合い甲高い音を鳴らして静止する木剣たち。
フリーラの防御は先程披露したように甘くない。それは繰り返した攻防で分かっている。
違うのは、もう一人の存在。
「はぁっ!」
「うっ!」
木剣を止められ動きも固まった隙を突き、もう一人のフリーラが攻め込んでくる。鋭い突きを、スレスレのところで躱す。だが片方のフリーラはそのまま、息をつく暇もなく更に攻め立ててきた。
「なっ!?」
先程とはまるで別人の、火を吹くような猛攻。
何故スキルを使ったら戦闘スタイルが変わるのか。その答えは、もう一人のフリーラを見て悟った。
(……あっちは攻めてこない! くっ、
フリーラのスキル【分身】は、決して本体が増えるワケではない。片方は魔力で作られた偽物だ。
そして偽物なら、切られて死ぬ心配はない。
だから果敢に攻め込ませることができる。命が惜しくないのだから。
一方で本体は先程までと同じように防御に徹する。
攻撃は分身に任せて身を守ることに専念すればいい。だって攻撃は分身が代わりにやってくれるのだから。
これによって防御一辺倒だった剣は、攻防一体の戦術となる。
理に適った戦術だとピルカは密かに感心する。
防御と攻撃。それぞれに専念するとは。確かに命のやり取りをする実戦において、そのたった一つしかない命をどう守るかは至上の命題だ。
今行なっているのは命のやり取りのない試合だが、分身を倒したところでアルドは勝利の判定を下さないだろう。
分身の猛攻を防ぎながら、本物の防御を射貫く。
それがピルカに科された勝利条件だ。
「中々、難しいことを……!」
「はぁぁっ!」
思考している間も分身フリーラの攻撃は続いていた。ピルカは何とか捌けているが、今度はさっきとは逆に防戦一方に追い込まれていた。反撃の隙がない。
「………」
ピルカは凌ぎながら、チラリとアルドの方を盗み見た。
アルドは何も言わず、ただ二人の応酬を静かに隻眼で見つめているだけだ。
冷静に、平等に、二人の成長と現実を見守っている。
師匠の目。この時ばかりは、親子としての情も忘れている。
それを見てピルカは笑みを浮かべた。
(お父さんは……変わっていない)
村を出る前。稽古を付けてもらっていた時と変わらない。
師と弟子として。いつも優しいアルドもこの時ばかりは厳しい。
容赦無く打ち込むこともあった。疲労で倒れ込んでも「立て!」と声を荒げることもあった。……それが原因で啜り泣くことも、あった。
しかしそれらは全て、ピルカを強くするため。
己を律し、敢えて厳しくすることで、剣の道に甘えを残さないようにするため。
それがどれだけ辛いことだったか、成長した今なら薄らと分かる。
アルドの愛情は、本物だったから。
それでもアルドは、辛い道であっても変わらなかった。
父は未だ、強いままだ。
それが、嬉しい。
(だから、見ていてほしい)
なら、今度は自分の番だ。
父が変わっていないところを見せたなら、娘の自分は変わったところを見せるべきだ。
成長し、前に進んだ姿を見せる。
それが、親孝行だから。
「――シィッ!」
鋭く呼気を吐き、気合いを入れ直す。
盤面は丁度、分身フリーラが大きく剣を振り上げたところだった。
「やあぁっ!」
斜め上からの、袈裟斬り。真剣なら胴が真っ二つに別れてしまいそうな威迫。
――丁度良かった。
「
これまで剣を受け続けたことで、学習した。
それらを感覚として覚えることで、フリーラの呼吸が読めるようになる。
ゆえに――合わせられる。
「「……え?」」
振り上げた姿勢のままで、分身フリーラは固まった。それを見ていた本物のフリーラも。
何故ならピルカは、まったく自然な形で懐へ飛び込んできたのだから。
それはどうしても反応できない一瞬だった。
避けることも、袈裟斬りを中断することもできない、動きの間隙。
その、日が沈む瞬間の如き一瞬に、ピルカは飛び込んだ。
そして、フリーラの剣を降ろされるより、速く。
神速に振り抜かれた一閃が、フリーラの胴を薙いだ。
「――【
相手の力を利用した、
力よりもスピードを優先した一撃でも、フリーラの勢いを利用することで痛恨の一打となる。
強かに腹を打たれたフリーラの分身は、それで煙のように消えてしまった。
「えっ、あっ!?」
スキルで作った分身は、一定以上のダメージを受けることで消える。
自身のスキルゆえ、その欠点はフリーラも重々承知している。
だが、あまりにもアッサリとやられてしまった。
だから、反応が遅れた。
「シィッ!」
ピルカは分身を倒した勢いを殺さず、軌道を曲げるようにして今度は本物のフリーラへと迫る。
フリーラは驚愕のあまり一瞬反応が遅れた。それでも、木剣を構えてガードの姿勢を取る。
遅れはしたが、それだけで打ち抜かれる程フリーラの防御は甘くない。
先程までの攻撃ならば、まだ充分に防御が間に合う。
……だが。
「
「えっ!?」
剣が、空振る。
ピルカの木剣は、フリーラを掠めることなく宙を斬った。
外した? 今になって?
フリーラの脳裏に疑問が浮かぶ――と、ほとんど同時だった。
答え合わせが目の前で繰り広げられるのは。
「あ――」
違う。
空振りではない。
空を切った勢いに、ピルカは逆らわなかった。
むしろ乗って、より勢いをつける。
ピルカの身体は、暴れる犬に引っ張られるかのように一回転した。
そして。
その回転に乗って、木剣が戻ってくる。
遠心力という力を得て、倍加した威力を乗せたまま。
「――【
通常の剣ならば、フリーラの防御は充分に受けきれた。
だが、倍加したこの一撃は耐えきれない。
ガードの上から叩きつけられた剣は、そのままフリーラの腕から木剣を捥ぎ取った。
ぽぉんと、宙を舞う木剣。
フリーラがそれを他人事のように見送って――我に返ったのは、落ちてカランと音を立てた瞬間だった。
「そこまで!」
制止の声。
アルドの手が上がったのは、ピルカの側だった。
「勝者、ピルカ!」
「――よしっ!」
喜びのあまり、ガッツポーズするピルカ。
ただしそれは、勝ったことに対する歓喜ではない。
父に成長した姿を見せられた。
そんな、娘としての会心の得たガッツポーズだった。
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