試合

「シッ!」


 先に仕掛けたのはピルカだった。一気に踏み込んで距離を縮め、横薙ぎに木剣を振り抜く。

 それをフリーラは正眼の構えのまま、剣を盾にする形で受け止めた。


 カァン、という打木の音が響く。

 初めの攻防は、まずは互角だった。


「……やるね」

「は、はい」


 ピルカは一歩下がり、次の手を用意する。その間、フリーラが攻めてくることはなかった。木剣を正眼に戻し、ピタリと静止させる。

 どうやら積極的に攻めるつもりはないらしい。


 次の攻め手となったのも、ピルカだった。

 今度は肉迫しながらフェイントを入れ、剣尖の出所を隠しながら攻める。

 そのままぼーっとしていればガードをすり抜ける一手。

 フリーラの対処は一歩下がることだった。


(……なるほど)


 その対処にピルカは内心でのみ頷く。正解だったからだ。

 相手の動きを見極めることができなければ、相手の刃圏より逃れるように動く。無理な攻防を演じて自ら不利になる必要は無い。だからそれは正しい選択肢でもある。

 いささか攻めっ気には欠けるが。


(まだ、見えてこないな)


 ここまでの攻防で、フリーラがある程度戦えることは分かった。心得自体は確実にあるのだろう。

 だがまだアルドの弟子であるという確証は持てなかった。


(引き出す!)


 再び踏み込む。先程までと違うのは、その勢い。

 予想以上のスピードに、フリーラは驚愕して目を丸くした。


「え?」

「シィッ!」


 一閃。下から掬うような切り上げ。

 動かなければ、そのまま腹を切られる太刀筋。


「っ!!」

「……へぇ」


 フリーラは、動けた。

 膝を落とし、自らの位置を下げることで木剣を移動。ピルカの木剣を、自らの刀身で止めた。

 上手い防御だ。そして反射で行動した。経験を積んでなければこうはできまい。

 ピルカはフリーラへの評価を更に上方修正しながら次に繋げる。


「これはどう!?」


 次は連撃。足捌きで左右に大きくブレながら、双方から挟み込むように攻め立てる。

 それにも反応し、フリーラは木剣で弾いて凌ぐ、が。


「ぐうっ!」

「守ってばかりじゃ勝てないよ!」


 防戦一方。そう呼ぶに相応しい展開だ。

 フリーラは守ってばかりで反撃できない。

 いくら守るのが上手くとも、これは試合。一対一である以上、自分で動かなければ勝利は掴めない。

 それすらもできないようならば……ピルカは決めに行くつもりで剣圧を高める。


「はぁ……!」

「っ、こ、のぉ!」

「!!」


 首筋を狙った一撃。それもまた木剣で受け止められたが、今度は手応えが違った。

 ぐるんという、すり抜けるような感触。さっきまでとは違うそれに拍子を外されたピルカはたたらを踏んだ。

 体勢を崩し、止まった攻め手。

 流石に絶好の機会だ。


「はぁっ!」


 崩れた背中に打ち込まれる、振り下ろし。

 不可避のそれにもピルカは慌てずに対処した。

 木剣を手の中で回転させ逆手にし、背中側に回すことで受け止める。


「うっ!?」

「惜しかったね。……でもお父さんの指導を受けているってのは、今ので分かった」


 今さっきの攻防。

 特にあの受け流し。柳を押したかのような手応えのなさは、紛れも無くガイスト流の剣術だ。

 もうフリーラがアルドの弟子であることに疑いはない。

 だが、まだ疑問があった。


「どうしてさっきから受け身ばかりなの? いくらなんでも攻撃の頻度が少なすぎる」


 木剣を弾き合って仕切り直し。

 再び間合いを開いたところでピルカは首を傾げた。

 先程までの攻防でフリーラが能動的に攻撃したのは一回だけ。

 ガイスト流は守りを軽視しているワケではない。だが、同時に偏重もしていなかった。これまでの立ち回りは、違和感がある。


 フリーラは困ったように眉根を寄せた。


「えっと、それは……」

「フリーラ」


 そこで口を出したのは、今まで審判に徹して無言を貫いていたアルドだった。


使え・・

「えっ……いいんですか!?」

「ああ。別に禁止じゃない。使ったところでピルカも文句は言わないだろう。それに……」


 アルドはその隻眼でピルカの方を見やると、どこか挑戦的な笑みを浮かべた。


「……冒険者をしている間に、俺くらいには腕を上げたと期待してもいいだろう」

「! ……上等!」


 まだアルドが何を示唆しているのかは分からない。

 だがそのピルカはその挑戦を受け取った。

 何より、父に信頼されているのが嬉しかったのだ。

 どんな冒険をしたにせよ、それを糧として剣術に磨きをかけた、と。

 弟子として、娘として、その信頼に応えたくなったのだ。


「来なよ、フリーラ!」

「! ……はいっ!」


 堂々と受け止めるピルカに、フリーラもまた決心したようだ。ハッキリと頷く。

 そして木剣を構えながら目を瞑り、深く息を吸った。


「すぅ……」


 集中。見えない何かがフリーラの身体を巡る。

 そして、淡く神聖な白い光が彼女の肢体から弾けた。


「! それは」


 その現象に、ピルカは見覚えがあった。

 ただし自分ではなく、他人が使っているものとして。


「――スキル!」


 フリーラの姿が、ブレる・・・

 頭を打ったときのように残像が重なったかと思うと、二つはハッキリと別たれた。

 右に一人。左に一人。

 ピルカの目の錯覚でなければ、フリーラは今、二人いる。


「これが、私の奥の手。……【分身】です!」

「……いいね、やっと面白くなってきた」


 対になるように構えた木剣が、両サイドからピルカに狙いを付ける。

 その時初めて、ピルカは冷や汗を流した。

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