弟子
「あー、紹介しよう」
取り敢えず、全員でテーブルにつく。
少女二人は未だお互いを警戒していた。ピルカは威嚇するように睨み付け、黒髪の少女はオドオドと視線を彷徨わせている。
「こほん」
アルドは咳払いし、二人の注目を集めた。
「まぁ、順に紹介しよう。フリーラ。この子が俺の義娘、ピルカだ」
「あ、件の娘さんでしたか……!」
口に手を当て驚く少女。どうやら聞き覚えがあったらしい。
そして次にピルカに少女を紹介する。
「ピルカ。こっちはフリーラ・ケイ。今ウチにいる唯一の弟子だ。街まで買い物に行ってもらっていてな、丁度帰って来たところだ」
「で、ででで、弟子ぃ!?」
ピルカは明らかな狼狽を見せた。
椅子を蹴倒さんばかりに身体を揺らし、毛を逆立てん勢いで父に詰め寄る。
「し、知らない! 聞いてないんだけど!?」
「……書いたぞ?」
「へ?」
「だから手紙に書いた。弟子を取ったとな」
別に隠していたワケでもない。
アルドはちゃんと、近況報告の手紙に書いておいたのだ。
弟子を一人取った、と。
「……そう言えば、一年くらいはまともに見ることもできなかったっけ……」
ピルカは思い出して冷や汗を垂らした。ここ一年は《荒鷲の剣》に言いつけられた激務をこなすことに精一杯で、父の手紙に目を通すことすらできていなかったことを。父を心配させまいとなけなしの時間を絞り出して自分の手紙は書いていたが、それゆえにアルドからの手紙にはザッと目を通すだけに留めていた。だから、見逃してしまったのだろう。
「で、でも、詳しくは書かれていなかったし……」
「確かに報告だけで、名前は書いてなかったかもな」
「もう、お師匠ったら。変なところでずぼらなんですから」
何気なく言うアルドにフリーラは苦笑する。そして、胸に手を当て自らも名乗った。
「改めまして、フリーラ・ケイです。お師匠の弟子として、ここに置いてもらっています」
「ど、どうも……って、こ、この家に住んでるってこと!?」
「はい。部屋はそちらに。お師匠の身の回りのお世話をさせてもらっています」
「み、みみみ、身の回りのお世話ぁ!?」
聞き捨てならない単語が聞こえて、今度こそピルカは立ち上がった。
「どどどどういうこと!? 私とそう変わらない女の子に、そ、そんなことを!?」
「いや、何を勘違いしているのかしらないが落ち着け。フリーラが勝手にやっているだけで、やましいことは何も……」
「む、娘がいない間、村の外れで二人っきり……! お、おっぱいも私よりおっきいし……!!」
「な、何もないですよぉ!!」
目をグルグルとさせるピルカに、アルドは呆れつつ、フリーラは顔を赤くして否定する。
しかしピルカには聞こえていないようだった。
「もしかして……お、お義母さんに……!?」
ピルカは妄想する。アルドと仲睦まじく過ごすフリーラのことを。
畑仕事に精を出すアルドの元へ、昼食を届ける黒髪の少女。汲んだばかりの井戸水をコップに注ぎ、手拭いを使って汗を拭いたりなど甲斐甲斐しく世話をして……不意に目が合うと、意味深げに微笑み合うのだ。
そして、気がつくと二人の距離は零になっていて……!
「……み、認められない」
「え、えぇ?」
「私の留守を狙って付け入るような卑しい女がお義母さんだなんて、断じて認められない! 即刻出て行ってもらうわ!」
「えぇぇ!?」
「だから落ち着け」
敵愾心を露わに、ビシリと指を突きつけるピルカ。あたふたと慌てるフリーラの代わりに、アルドが宥めた。
「急に帰ってきて出て行けというのは横暴だろう」
「む……そ、それは……!」
「それに通い妻じゃなく、弟子だ。変なことはなにもない」
「そ、そんなの、分かんないし……! 弟子って名目で居候だけかも……!」
「……なるほど」
アルドは頷いて立ち上がると、玄関の扉を開けた。
「なら俺の弟子ということに確信を持てればいいな?」
「へ?」
「立ち合いだ」
玄関口の向こう。家の正面には、よく踏み固められた地面が広がっていた。
アルドたちが鍛錬を積んだ、屋外の修練場である。
「
※
寒空の下、二人の少女が対峙する。どちらも、寝間着と旅装から動きやすい服装へと着替えていた。
「審判はもちろん俺がする。得物は木剣一本。目などの部位を潰す目的での急所攻撃は無しだ。異論は」
「ないよ」
「あ、ありません」
間に立つアルドの言葉に両者共に頷く。
こうして対峙すると、二人の少女の体格の違いがよく分かる。
比べると、ピルカの方が背は高い。しかし、痩せすぎだ。服の脇から覗く肋が浮き出ている。栄養状態のよくない状況で長く過ごして弊害だ。
一方でフリーラはピルカよりも背が低いが、肉付きはいい。全体的に女性的な丸みを帯びているが、その下にはしなやかな筋肉が潜んでいることが分かる。
軽くウォームアップをして、両者は位置に付く。
「準備はいいか?」
「うん」
「はいっ」
「では、両者、名乗れ」
一応は試合だ。アルドは他流試合のように二人に名乗らせあった。
「ガイスト流剣術、ピルカ・ガイスト」
「が、ガイスト流剣術、フリーラ・ケイ」
「「よろしくお願いします」」
礼をした後、二人は木剣を構える。それは鏡合わせのように同じく正眼の構えだった。
アルドは、手を振り下ろした。
「では、始め!」
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