怒り

『……これが、俺の知っている顛末だ』

「そんな……」


 エルシュからことの詳細を聞いたアルドは、ショックで呆然となった。

 まるで全然、知らなかった。

 愛する娘がそのような仕打ちを受けていたことも。それを自分に隠していたことも。


『すまない、アルド。俺が止められていれば』

「いや……お前の所為じゃない」


 謝るエルシュの言葉を否定するようにかぶりを振る。話を聞く前はピルカがこれほどまでになる前に止められなかったのかと義憤に駆られたが。


「どうしようもないのは、俺だ」


 実際に話を聞いてみれば湧き起こったのは情けなさだ。

 どうして自分は気づけなかったのか、と。


「手紙の頻度からおかしいとは思っていたんだ。そこで異変を感じて、もっと早くに話を聞いていれば……!」

『アルド……それこそお前の所為じゃない。王都とお前の村がどれだけ離れていると思っている。察する方が無茶だ』

「それでも俺は! あの子の父親だった!」


 テーブルへ拳を叩きつける。やり場のない怒りを乗せ、しかしそれで霧散するようなこともなかった。

 胸中に、グラグラと煮えるように渦巻き続ける。それは全て、己への怒りだ。


「なのに、苦しいときに何の力にもなってやれないなんて……!」


 項垂れる。

 娘は独り立ちしたのだから、信じて吉報を待つことが親のやることだと思っていた。だから何もしなかった。

 その結果がこれだ。


『アルド……』

「俺は父親失格だ」

『アルド、それは違う。まだ遅くないハズだ。……ピルカちゃんはそこにいるんだろう?』

「っ!」


 ハッと顔を上げる。そうだ。ピルカは帰って来た。


『王都からヒーカ村まで、それこそ馬車でも半月はかかる道のりだ。だがピルカちゃんが俺の宿から出て、まだ一週間ほどしか経っていない』

「何だと……?」

『それも驚きだが、つまりそれだけ、お前のところに戻りたかったということだろう。……お前のいるところが、あの子の帰る場所なんだよ』


 帰って来たときの格好を思い出す。

 ボロボロで薄汚れて、野良犬と見紛うような姿。

 そんなになってまで、ここに。


「ピルカ……!」

『……今は、優しくしてやれ。それがお前にできる娘孝行だ』

「……ああ、分かった」


 エルシュの言う通りなのだろう。彼もまた結婚して、子どものいる身だ。その提言は、おそらく正しい。

 アルドも己を責めるのは一旦やめた。すると代わりに湧き上がってくるのは、娘をこんなになるまで追い込んだ勇者たちへの怒りだった。


「勇者どもめ……」

『あぁ、そっちに関しては俺も同感だ。止められなかった俺も俺だが、ピルカちゃんをあんなにしやがって……』

「……スキル差別は、そんなに深刻なのか」


 アルドは唸る。

 スキルは神から与えられる恩寵。無論、アルドの現役時代からその恩恵は存在した。

 しかし、アルドの頃はそこまで差別的な思想は蔓延っていなかったハズだ。


 何せ、他ならぬアルドもまた、スキルのない無能体質なのだから。


「俺の頃は、特に気にもされなかったと記憶しているが」

『あぁ、実際、お前のいた頃はそうでもなかったよ。一部の過激派連中が顔を顰めていたくらいだな。しかし今は、その過激派が全員みたいなモンだ』

「時代が変われば考え方も変わるだろうが。それにしても極端な……」


 アルド自体は無能体質で苦労した覚えはない。もちろん、スキルを覚えられない自分にガックリしたことはあった。しかし周りからそれで責められるようなことはなかったし、差別を受けるようなこともなかった。他に無能体質の冒険者を何人か知っていて、その中には一流と呼ばれるような腕前の者もいたほどだ。


『今は冒険者だけじゃねぇ。手に職をつける連中全員が、スキルのねぇ奴は非人間とまで扱うような時代だ』

「嫌な時代だな……」

『俺もそう思うよ。息子たちはそんな考えにならないようにと気を使っているが……焼け石に水だな。却って生きにくくするだけかもしれん』


 エルシュも辟易としているようだった。スキル至上主義とも言える現代の考え方とは、水が合わないのだろう。

 自分の故郷がヒーカ村でよかったと思えたのは初めてだ。辺境中の辺境であるこの村には、中央の流行り廃りなどは届かない。その前に噂が自然消滅してしまうようなド田舎だ。アルドは村を見下ろす霊山へと感謝を捧げた。


『……復讐するのか?』


 エルシュからの問い。その中には長年苦楽を共にした者にしか分からないような細かなニュアンスが含まれていた。

 つまり、もしするのならば、自分も一緒に……。


「いや……まずはピルカが目覚めてからだな。何もかも」


 しかしアルドは一旦、首を横に振った。

 復讐心はある。やり場のない怒りも。

 だが、全てはピルカが無事に起きてからだ。

 それまでは、その心配に全てを注ぐべきだろう。


『違いない。じゃあ、またいい頃合いに連絡を寄越してくれ』

「ああ、分かった」


 目覚めてすぐに、とは言わない。家族水入らずの時間が必要なことくらい、エルシュにも分かっていた。


「じゃあな、エルシュ」

『ああ。……アルド』

「ん?」

『すまなかった』


 重ねて言うエルシュに、どれだけ黙っていたことを気にしていたのかが伝わってくる。

 アルドはこの話を聞いてから初めて、小さく笑みを漏らした。


「殊勝じゃないか。《猿飛さるとび》を自称していた頃のお前はどこにいった?」

『茶化すなよ。それに、自称じゃない。他称だ』

「その割りに、他で聞いたことはなかったがな」

『お前が情報収集を俺にばっか押しつけていたからだろ!』

「……ふっ」

『ははっ』


 笑い合う。それはまるで、あの日。王都から出ていく前の日々が戻ったかのようだった。

 そう。アルドとエルシュは仲間であり、それは未だ変わっていない。

 それを確かめたかったのだ。


「またな、エルシュ」

『ああ……アルド。ピルカちゃんによろしくな』


 それで本当に、通信は途切れる。

 光を落とした通信宝珠を前に、アルドは溜息をつく。

 ここから先は余人のない、一人で娘と向き合う時間だ。


「……朝食、温め直すか」

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