追放

「追放……な、なんで」


 ピルカは酷く狼狽した。

 ここしばらくの依頼で、自分は大きな失態は犯していない。

 心当たりはまったくなかった。


「ハッ! そんなの決まってるじゃねぇか」


 だがピルカにはなくとも、ガリオにはあったらしい。バレリーにも、コズモにも。

 ガリオはテーブルを叩き、威圧的に言った。


「お前が"スキル"のねぇ無能体質だからだ!」

「!!」


 "スキル"……それは、神から与えられた恩恵である。

 人間を始めとする生き物が振るうのことの許された神の恩寵。魔力を消費することによって使うことのできる、超常の技だ。

 【炎魔法】、【剣術マスタリー】、【解呪】……スキルによって得られる技能は多種多様であり、持っているといないとでは雲泥の差が発生する。


 そして、ピルカはスキルを一つも持っていなかった。


「そんな奴がまともに冒険者できるワケもねぇよなぁ? この無能が!」


 そんなピルカのようにスキルを一つたりとも持っていない人間のことを、人は"無能体質"と呼んだ。

 言葉の通り無能力であり、そして役立たずと蔑むために。


「で、でも! 言われたことは真面目にこなしてきたハズです!」


 ピルカは食い下がった。その顔には必死さが張り付いている。


「前衛も、斥候も、雑用も! 言われたことはなんでもやってきました。そしてそれをしくじったこともなかったハズ!」


 事実、ピルカは無能体質を言い訳に様々なことを押しつけられ、こなしてきた。

 無能を使ってやっているんだから。そんな論調で言われた仕事を、ピルカは文句も言わずにやり遂げてみせた。

 本懐である剣を手にした前衛。本職でもないに関わらず任された斥候。そして商人との折衝や交渉などの重要な雑務なども。

 ピルカは難なく、とは言わずとも、しかし大きな失敗なくやってみせた。

 寝る間を惜しみ、碌な装備も与えられず、疲労困憊で倒れたとしても。


「だが無能だろう?」


 しかしそんなピルカをガリオたちが認めることは一切なかった。


「そうよねぇ。折角ガリオが勇者に認められたってのに、無能がいたらねぇ」

「ヘッ、見た目も汚らしいし、コーフンしねぇしなぁ」


 バレリーはガリオへとしなだれかかり、流し目を送りながら言った。

 コズモも便乗して嘲る。


「そんな……」


 どんなに頑張ろうと、無茶に応えようと、認めてはもらえない。

 ただ、スキルがないという一点で。


 そしてこれは、残念ながら勇者パーティだけでの問題でもない。

 一般的な風潮として存在している。

 現に遠巻きに見ていた逗留客の中にも、そういう事情ならと頷き理解を示す者たちも一定数いた。

 スキルを持たない者はどんなに頑張ろうと無能のまま。

 それが現代の冒険者における常識である。


「だからお前は追放だ。今すぐに出て行け」

「でも……!」

「まだ口答えする気か? まぁそれもそうか」


 ガリオはふんぞり返り、ピルカを見下ろしながら言った。


「俺のところから追い出されちゃあ、もうお前のような無能を拾ってくれるところなんざいねぇからなぁ」

「……っ!」


 それがピルカが今まで勇者パーティにしがみついていた理由だった。

 パーティを追放されたとあれば、悪評が立つ。しかもそれが大活躍中で話題の中心となる《荒鷲の剣》となれば尚更だ。

 ここを追放されたら、もうピルカに冒険者として身を立てる術はないだろう。


「お、お願いです! なんでもします! だからあたしを冒険者でいさせてくださいっ!」


 ピルカは再び頭を下げた。今度はより深く、床に付きそうな程に。それは見ていて痛々しくなるような光景であった。

 しかしガリオは一顧だにしなかった。


「ゴチャゴチャうるせぇぞ!」

「あぐっ!」


 椅子を蹴って立ち上がったガリオは、頭を下げたピルカの腹を蹴り上げた。

 ピルカの細い体躯は浮き上がり、床を転がって柱へ追突する。


「げほっ、げほっ!」

「ピルカちゃ……!」


 駆け寄ろうとするエルシュだったが、またもピルカに視線で止められる。

 心優しい少女であるピルカは勇者に楯突いたことで宿に変な噂が立てられることを案じているのだ。

 だから額から脂汗を流し、腹を押さえて蹲った状態でも、助け船は拒絶した。


 ガリオはそんなピルカの前でしゃがみ込み、彼女のボサボサの髪を掴んで持ち上げた。


「ひぐっ」

「お前みてぇな無能はさっさといなくなった方が世のためなんだよ。……冒険者なんぞ辞めちまえ」

「うぅ……」


 言うべきことは言ったとばかりにガリオはピルカをドサリと捨て、他の二人に向けて話しかけた。


「さぁ、飲みにでも行こうぜ! 今日は目障りな無能がいなくなった記念パーティーだ!」

「やったぁ! ね、あのおっきなお店に行きましょうよ。勇者ならきっとタダにしてもらえるわよ!」

「ヒヒッ、酒だ酒だぁ!」


 そうして勇者たちは仲よさげに、はしゃぎながら宿を後にした。

 残ったのは気まずげな逗留客と、蹲ったままのピルカ。そして気遣わしげに見つめる店主だけである。


「ピルカちゃん……」

「……エルシュさん。お世話になりました」


 ようやく立ち上がったピルカは、腰に付けていた袋をカウンターへと置いた。中に詰められていた硬貨がガシャリと音を立てる。


「これ、足りないかもしれませんけど。残りはいつか返します」

「でもこれ、君の全財産なんじゃ……」


 ピルカは無能体質を言い訳に報酬も減額されていた。分け前はそれこそ、駆け出しより安い。全財産が小さな銭袋に収まってしまうくらいに。


「いいんです。散々迷惑かけたのに、こんな形のお別れになってしまってごめんなさい」

「ピルカちゃん……。でもここを出て何処へ?」

「……できるなら、故郷へ」

「王都から、無一文でかい!?」


 王都はその名の通り王国の中心だ。一方でヒーカ村は北の果て。辺境中の辺境にある。

 とても無一文で辿り着けるような旅路ではない。


「それでも、もうそこにしか……こんなんじゃ、お父さんに顔向けできないですけど」


 そう寂しそうに笑うピルカに、冗談の気配はない。


「それから、このこともまた、お父さんに黙っていてもらえますか」

「いや、流石にそれは……!」

「お願いです」


 ジッと哀願するように見つめるピルカの眼差しに、エルシュは詰まる。

 今日までピルカがどんな扱いを受けようと、アルドに何も言わないよう頼んだのはピルカだった。

 大好きな父に心配を掛けたくない。

 その一心で、《荒鷲の剣》での一件を伏せ続けてきたのだ。


「でも……!」

「これが最後です、から」

「……分かった」


 決意は固そうだとみて、エルシュは頷くしかなかった。

 後でアルドの怒りを買い、絶交されることも覚悟しながら。

 アルドは必ず自分に連絡を取ってくるだろう。そしてその時ことの詳細を説明するのは自分の責務だ。

 その時は、その怒りを受け入れる。

 そう決意し、しかしその場では胸中にだけで留めた。

 ピルカがフラフラと、本当に宿を去ろうとしていたからだ。


「ピルカちゃん……」

「二年間、お世話になりました」


 ペコリと頭を下げて、ピルカは振り返ることなく出て行った。

 エルシュは、その背中に隠しきれない程の哀愁を見た。


 憧れた冒険。

 その結末に、絶望している姿を。

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