隠されていた真実

「………」

「すぅー……すぅー……」


 アルドは、ベッドの上で眠るピルカを見下ろしていた。

 真っ黒だった髪と肌は綺麗になっている。アルドが風呂に入れたからだ。

 倒れたピルカを受け止めたアルドはその容態を確認し、疲労して寝ているだけだと当たりをつけた。命に別状はないように見える。念のため後で医者にも診せるつもりだが、ヒーカ村のような寒村に居付きの医者はいない。往診を待つか、こちらから呼ぶかしなければ。どちらにせよ数日必要なので、後回しだ。

 なので今は清潔にする方が先決と、ピルカを担いで風呂で洗った。

 流石にピルカも大きくなってからは一緒に入らなくなったので、久々の風呂だったが、そんな感慨も、ましてや劣情を抱くことはなかった。

 頭の中を占めていたのはただ一つ。


 何故。


「………」


 愛娘が寝息を立てて静かに眠っているのを見たアルドは、俯いたまま踵を返す。

 そしてピルカの部屋――いつ帰って来てもいいように、掃除だけは欠かさなかった――から出ると、今度はその隣にある自室へと向かう。

 普段は寝て起きるくらいしか使わないその部屋には、冒険者時代の私物が置いてある。

 その中の一つ。引き出しの奥にしまった物をアルドは取り出した。


 それは深い翠色をした宝玉だった。大きさは親指の先程。

 それが金細工の懐中時計めいた円盤の中に嵌まっているという代物だった。円盤には宝玉を中心に数字が彫り込まれている。

 宝飾品と呼ぶには大きすぎるそれを手に、アルドは円盤をキリキリと回し、調節する。

 そして手に取り何かを籠めるかのような仕草を取ると、宝玉は仄かに光を放った。


 数拍後、宝玉は再び放った。

 今度は光ではなく、声を。


『……アルド、か』

「エルシュ」


 聞こえてきた中年の声に、アルドもまた声を以て返す。

 ただしそこには、抑えきれない怒気が滲んでいた。


 宝珠。

 それは、魔力を以て宝石に超自然の現象を籠めた物品の総称である。

 この世界に満ちる不思議な力、魔力。常人には見ることも使うこともできない、しかし確かにある力。それを利用した術を、魔術と呼ぶ。

 宝珠は魔術によって作られた道具だ。


 中でもアルドが今使用しているのは、通信宝珠と呼ばれていた。

 その効果は、遠くの人間とも通話可能になるというものである。

 当然、その相手も通信宝珠を持っているという前提ではあるが。


「エルシュ、これはどういうことだ?」


 もはや抑えられない。炎のような憤怒を纏わせ、アルドは言う。


『あぁ……その様子だと、嬢ちゃんは家に帰り着けたみてぇだな。まずは、よかった』

「何もよくはない!!」


 吠える。子どもどころから獣すらも尻尾を巻いて逃げそうなそれを浴びて、宝珠の向こう側にいる人物は悲鳴一つ上げなかった。

 ただ、バツの悪そうな唸り声を漏らすだけである。


『アルド……』

「お前は……見てきたんだろう? エルシュ。宿屋の店主なら」


 エルシュはピルカが泊まっていた宿屋の店主である。

 そして、かつてはアルドのパーティメンバーであった。

 古馴染みである。ゆえに、娘を安心して預けたのだ。


「何故だ? 何故、こんなことに。そして、どうして黙っていた!?」


 身体を拭っている時、ピルカの身体に細かな傷がたくさんついているのを見た。

 ここに来るまでの道中だけではない。治りかけのものや、酷い重傷の跡まであった。

 それは冒険者家業であれば多少の傷はつくだろう。しかしそれでも、多すぎる。

 傷を負うことが日常的でなければ説明が付かない。

 つまり、エルシュは何か知っているハズだ。だからアルドは詰問した。


 エルシュは、重い蓋を開けるかのように溜息をつき、口を開いた。


『……口止めされていたんだ』

「何?」

『……ピルカにだ。『お父さんに心配を掛けたくない』、とな』

「そんな……」


 確かに、手紙でも仄めかされることはなかった。

 隠していたのか。ずっと。

 その事実に、アルドの心は打ちのめされる。


『もう嬢ちゃんも許してくれるだろう。話すよ、何があったのか』


 そしてエルシュは語り始めた。



 ※



 宿屋、《岩戸の隠れ家亭》は王都においても盛況な宿だった。

 冒険者向けのリーズナブルな値段。にもかかわらず綺麗な店内。食堂のメニューも評判がいい。

 何より立地がよかった。路地をいくつも挟まない間に冒険者ギルドまで行ける。慣れない内は迷いやすい王都ではかなり重要なことだ。武器屋や雑貨屋も遠くない。

 店主も元冒険者であるため、冒険者に理解があるのも好評だった。

 なので、部屋はいつも満席だった。


「テメェ、遅いんだよ!」


 ロビーで怒声が響く。居合わせた逗留客は何事かとそちらに首を向ける。そしてそこで起こっている出来事を見ると、一様に目を背けた。

 それは屈強な冒険者であっても変わらない。

 何せ怒声の主は――かの《勇者》なのだから。


「っ、すみません!」


 ペコリと頭を下げるのは、白い髪をした少女だった。

 本来は艶やかであろう髪は、洗う暇がないのか薄汚れ曇っている。

 身につけた装備も粗雑で、駆け出し冒険者用の防具を着古しているようだった。しかも修理が間に合っていないのか、ところどころパーツが足りていない。身体の一部には古い血の滲んだ包帯が巻かれていた。

 ただ唯一、剣だけはよく手入れされているようだったが、それだけ。

 そこに居たのはあまりにも見窄らしい冒険者だった。


「俺たちが呼びつけたのに遅れてくるとは、良いご身分だなァ!?」


 一方で怒鳴り散らかしているのは、豪奢な装備に身を包んだ冒険者だ。

 紫色の髪をした精悍な顔つきの男だった。戦士なのだろう、鍛えられた体つきだ。纏う鎧は名工の手による物か、素人目にも凄まじいオーラを醸し出している。腰に佩いた二振りの剣も、業物だ。

 王都の人間、いや国中の人民が知っている。彼こそが国に認められた《勇者》。

 ガリオ・ソニード。数多の"スキル"を使いこなす、新進気鋭の冒険者である。

 そしてそんなガリオが率いる一党こそ勇者パーティと謳われる、S級パーティ、《荒鷲の剣》であった。


「そうよぉ。調子に乗ってるんじゃなぁい?」

「ケッ、無能らしく、無能だな」


 同じテーブルについている赤毛の女とバンダナの男が同調する。同じパーティメンバーであるバレリーとコズモだ。バレリーは傍らに杖を置き、コズモは武器らしき物は何も身につけていない。

 

「……ごめんなさい」


 少女は頭を下げた。床に膝を突いた状態で。ガリオたちが椅子に座っているのにも関わらず。

 あまりな無体だ。それを見ていた店主は思わず口を出しそうになった。

 それを止めたのは他ならぬ少女の、懇願めいた眼差しだった。

 ガリオたちの目を盗むように向けられた赤い瞳は儚げに揺らいでいる。

 店主は悔しげに臍を噛んだ。

 何故なら少女は旧友の娘である、ピルカ・ガイストなのだから。


 ピルカは確かに遅れた。しかしそれはほんの数分だ。

 しかも極度の疲労によって倒れ、泥のように眠っていたところを叩き起こされてのことである。

 ならば無理もない。ガリオたちの方が無茶だ。しかしそう思っているのは周りだけで、口を挟むことは許されなかった。


「それで……どうして呼ばれたのでしょうか」

「あぁ、それな」


 ガリオは、何の気のないように。夕飯の献立を教えるような気軽さで告げた。


「ピルカ。お前、追放な」

「……え」

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