第14話 また一難

 普段人通りの少ないその高架下の路地は警察や野次馬で物々しい雰囲気だった。


「あ、待ってましたよ黒岩くろいわさん」


 現場を見ていた警察官の一人が私服警官に声を掛ける。


「仏さんは?」


「こっちです。二人ともは相良組の組員みたいですね。どうやら昨日の暴漢未遂事件の犯人みたいです。現場から逃亡した後ここで何者かに襲われたと思われます」


 バリケードで覆われた範囲に二つのブルーシートがあった。黒岩くろいわは手前側のブルーシートの前に屈むとブルーシートの端を摘まみ上げる。


「……こりゃ、ひでえな。向こうも同じか?」


「はい、死因は炎に焼かれての窒息死だそうです。おかしいですよね、犯人は火炎放射器でも持っていたんでしょうか?」


 若い警察官は不思議そうに首を傾げる。


「監視カメラは?」


「ここから歩いて5分くらいのコンビニの監視カメラに長いコート姿の長身の男性らしき人物が映ってました。死亡推定時刻とほぼ重なります」


「この時期にロングコート?まあ、それなら凶器を隠して移動は出来るだろうが……」


「凶器は多分火炎放射器なんかじゃないんじゃないですか?」


 突然斜め後ろから声を掛けられ黒岩は振り返る。


「……竹田たけたぁ、てめえ勝手に入ってきてんじゃねえよ」


黒岩くろいわ先輩お疲れ様です!いやあ、今回の事件我々特課とっかの出番かと思いまして」


 てへぺろと舌を出しておどけるのは竹田千冬たけたちふゆであった。


「まだ、そうと決まったわけじゃねえだろうが、お前ら特課とっかは呼ばれた時だけくりゃいいんだよ」


「つれないなあ黒岩くろいわ先輩は。そう固いこと言わないで下さいよ。私と先輩の仲じゃないですか」


「俺とお前の間に仲もくそもねえだろうが。ったく、お前ら兄妹はいつも」


 愚痴モードに入った黒岩を無視して千冬ちふゆはブルーシートの前で屈むと遺体をしれっと確認する。


「あ、困りますよ!勝手に……」


 警官の制止などどこ吹く風の千冬ちふゆ


「あーこれは酷い。かなりこんがりいかれちゃってますねー」


 何故か嬉しそうに言う千冬ちふゆ


「しかし、やっぱり妙ですね。死亡推定時刻には現場では小雨が降っていた。周囲に傘など雨具が見て取れないところから被害者の衣服は高確率で濡れていた筈。なのに、遺体の肉は焦げ、骨が見える程消失している。火炎放射器をぶっ放したとしてもここまでなるにはかなりの時間を要するはずです。人間の体はほぼ水分ですしね」


「んなこたあ分かってるんだよ。すると何か?おめえはこれが幽霊か宇宙人の仕業とでも言いてえわけか?」


 先ほど千冬ちふゆが言った特課とっかというのは千冬が所属している警察の中でも国直属の組織で特殊事件捜査課の略称である。特に通常では考えられないような事件や秘匿度が非常に高い事件などを担当する組織である。千冬ちふゆを始め変人が多いことで有名でもある。


「んー、どうでしょうね?案外異世界人とかかもしれませんよ?」


「異世界人だあ?」


 ありえねえと言いたげに口をへし曲げる黒岩くろいわ


 その時バリケードの外から誰かの視線を感じて振り返る千冬ちふゆ。一瞬だけ目が合ったそいつに千冬ちふゆは見覚えがあった。その視線の主は目が合うとすぐにその場から離れていった。


「ん?どうかしたか?」


「いえ、私の偽物がいましたので、ついね」


「はあ?」


 それはロイスがこの世界に来た日に攫おうとした女性だった。つまり異界審問官いかいしんもんかんがこの現場を見に来ていたことになる。これでますます千冬ちふゆの予想が確証に変わりつつあった。


「……こりゃ、ついに始まったかもね」


 いつも飄々としている千冬ちふゆの顔がこの時ばかりは険しく虚空を睨むのであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「昨日のこと説明してもらえるかしら?」


 学校に着くなり神無は須崎健也すざきけんやの前で机をぶっ叩いた。


「これはこれは天宮あまみやさん。しかし、朝の挨拶も無しにいきなりこれとは感心しないな。これが淑女のやることか?」


「黙りなさい。昨日あれだけのことをしておいてよく平気でいられるわね」


 須崎すざき神無かんなの間に見えない火花がバチバチと飛び散る。クラスメイト達は何事かと固唾をのんで見守っている。


「おいおい、約束ぶっちぎったのはそっちだろ?こっちは好意でメッセージを送ったってのに、なんで俺が非難されなきゃならないんだよ。こっちはずっとファミレスでお前が来るのを待ってたんだぜ」


「嘘もここまで来ると大したものね。あのメッセージのタイミングと私が外出する時間に合わせての暴漢と誘拐。関係がないっていう方が無理よ。あなたが指示したんでしょ?」


 暴漢と誘拐という言葉に周囲が一瞬ざわめく。それでも須崎健也はすざきけんや一向に慌てなかった。


「まてまて、何の話だ?俺はただ、偶然先輩とファミレスで飯食ってたら、天宮の兄貴と同級生だったから善意で連絡してやっただけだぜ。暴漢?誘拐?何のことだよそれは」


「……あくまで白を切るってわけね」


 凄まじい視線で睨む神無かんなに対し、須崎はニヤニヤとするだけだった。この余裕の態度を見て神無は須崎すざきが主犯である確信をさらに深めた。


「これ以上私に何かしてきたときは容赦しないから」


「おお、こわいねえ。完全に冤罪だっていうのによ」


 しかし、余裕の態度は絶対に証拠を掴ませない自信の表れだと感じた神無かんなは一旦引く。ここで話を長引かせても意味はないと思ったのだ。


「……まあ、絶対吠え面かかせてやるけどな。あのクソゲーム機野郎と一緒にな」


 須崎すざきは誰にも聞こえないようにそう呟いた。

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