第12話 小雨降る夜の狂獣

 強姦未遂で天宮神無あまみやかんなが警察から事情を聴いている頃、外は少し小雨がぱらついていた。周囲に明かりは乏しく、気まぐれに通る電車のレールをこする音と光がまばらに道を照らす。


「くそが!聞いてねえぞ!なんなんだあいつはよ!」


 ロイス(綾人あやと)にゴム弾を食らった男たちは二人もたれ掛かるようにして何とか逃亡していた。


「畜生!ただじゃおかねえあのゲーム機野郎!それと健也の野郎もだ。あいつおやじの親友のガキだからって俺らいいように使いやがって……ってなんだよ」


 文句を垂れるごろつきはいきなり足を止めたもう一人のゴロツキの顔を見る。そいつは線路下の狭い通路をまっすぐ見ていた。


「……なんだあいつ」


 ゴロツキの一人が視線を同じようにやると、そこには背丈2メートルを優に超えようかという体格の良い大男が立っていた。全身を茶褐色のコートで覆い、テンガロンハットを目深に被ったその大男は夜なのに丸いサングラスをかけていた。


 その大男は小雨が降る中ただじっと立っているだけだった。それが非常に不気味である。


 その大男はまるでゴロツキたちがこっちに来るのを待っているかのようであった。


「ちぃ、気味わりぃったらねえぜ」


 ゴロツキの一人はそう悪態付きながらもその大男に近付いて行った。


「あ、おい!」


 もう一人のゴロツキが制止する声も聞く耳持たずである。ついに数メートルの距離まで近づいたゴロツキはその大男を見上げてメンチをきった。


「俺らになんか用かよ?あ?」


 その大男はそれでも一切微動だにせずゴロツキの男を見下ろしていた。


「ポポンガの妹を知らないか?」


 その大男は太く野太い声でそう言った。


「ぽぽ……なんだって?」


「魔王ポポンガの妹だ。知らないか?」


「魔王?何言ってんだてめえ、頭沸いてんのか?あ?」


 相変わらず好戦的なゴロツキに対して大男はやはり微動だにせずただじっとゴロツキを見下ろしていた。それを離れた場所で見ていたもうひとりのゴロツキはえも言えぬ気味悪さを感じていた。


「くくっ、そうだな。沸いてるかもな」


「てめぇ!ふざけてんと本気で……」


「お前も沸いてみるか?」


 大男はそう言うとゴロツキの頭を片手で掴み上げて軽々持ち上げる。ゴロツキは両手で抵抗するがその握力からもがれることが出来ない。


「くそが!離しやがれ!」


「ファイアストーム」


 大男がそう言った瞬間、ゴロツキの足元から炎の柱が立ち上がる。凄まじい炎と熱でゴロツキの体は包まれる。


「ぎゃああああ!な、なんだよ!これ?あっちいぃぃぃ!」


 わずか数秒の断末魔のあと、黒焦げになったゴロツキは息絶えた。大男はゴロツキを無残に地面へと叩きつける。


「おっと、悪いな。沸かすつもりが黒焦げにしちまった」


「ひぃぃぃぃ!!」


 一部始終を見ていたもう一人のゴロツキは腰を抜かしてその場にへたり込んでしまった。


「……神速」


 ぼそりと大男が呟いたと同時にゴロツキの前に移動する。まるで瞬間移動であった。


「お前は知ってるか?ポポンガの妹」


「ひぃ、ば、化け物……た、たす……」


 大男はもう一人のゴロツキも同じように片手でゴロツキを持ち上げる。絶望の表情で命乞いをするゴロツキ。求めた答えが得られないと知った大男は軽くため息を吐いた。


「知らねえなら仕方ねえな。お前も沸いとくか?」


「ひ、ひぃぃ!」


「ファイアストーム」


 すると瞬く間にゴロツキの足元からまた炎の柱が立ち上る。これもまた数秒で焼死した。


「……」


 大男は同じく黒焦げになった元ゴロツキだったものをこれまたぞんざいに地面に捨てるとどこへともなく歩き出した。


「アーガード」


 それは凛とした少女の声だった。大男はピタリと足を止める。


「……俺の名前を知ってるってことは関係者か?」


 アーガードと呼ばれた男は声のする方を振り返る。その声の主は5メートル近い街灯の上に座っていた。全身に長いコートを羽織っており、フードを目深に被っている為顔を確認することが出来ない。


「簡潔に言う。ターゲットは開堂学園にいる」


「ほう」


 それを聞いて大男はニヤリと笑った。


「それと王からの伝言。無駄に人を殺すな、だそうだ」


「あ?断る。任務はターゲットを生かして連れてくることのはずだ。それ以外の人間がどうなろうと構いやしねえだろうがよ」


 アーガードがフードの少女を睨みつける。フードの少女は小さくため息をついた。


「私はただ伝えただけ。別にあなたの好きにすればいい。ただ、下手に目立ってこの国の組織が動けばターゲットの捕獲すら出来なくなる」


「ち、警察とかいうやつか」


「警察もそうだけど、この国には一応軍が配備されてる。いくらあなたでも軍相手ではどうにもならないはず」


 フードの少女は淡々と事実を述べる。


「ああ、そうかよ。分かったよ。とにかく最優先はターゲットのポポンガの妹を見つけ出すことだろ。お前は何か協力してくれないのかよ?」


「私の任務はそれじゃない。伝えることは伝えた。」


 そう言うとフードの少女は煙のように姿を消してしまった。アーガードは少女が消えた後もしばらく街灯を見つめた後「きみわりぃな」とぼそりと呟いた。


「……まあ、目立たないように殺せばいいってことだな」


 アーガードはそう言うと小雨が降る暗闇の中に姿を消した。

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