第11話 仮面(VRゲーム兜)

 ロイス(綾人あやと)は改めてゴム弾の威力に感心していた。


「(……やはりこれはいいな。ある程度筋力が無くても扱える上に弓よりはるかに精度と威力が高い)」


 ロイスはこの銃を事前に千冬ちふゆから預かっていた。その時に顔と心臓は狙うなという指示を受けていたのである。当たり所が悪ければ死ぬからだと言っていた。


 ロイス(綾人あやと)は悶絶する運転席の男を尻目にさっき車のフロントガラスを割ってエアバッグのセンサーをぶっ叩いた大きなハンマーを見る。ここに来る途中に工事現場から勝手に拝借したものだ。勿論振り回せるほどの筋力はロイス(綾人)ないので遠心力を使ってどちらかというとハンマーに振り回されながらの打撃である。ハンマーを二回ほど振っただけなのにロイス(綾人あやと)の手は尋常じゃないほどしびれていた。


「(とはいえ、この体は貧弱すぎるな。もっと体を鍛えないと今後の護衛に支障が出そうだ)」


 ロイスは神無かんながマンションから外出する時から既に動向をチェックしていた。ただ、ロイスにとって誤算だったのは、ちょうどその時千冬ちふゆは別の仕事中でありセーフハウスにおらず、連絡が取れなかったことである。正体を隠す必要があったロイスは顔を隠すために、自分がこの世界に来た時に装着していたフルフェイス型のVRゲーム機が視界に入った。試しに被ってみるとシールドバイザー部分に色がついており若干見えづらいものの問題ないと判断した。


 彼が幸運だったのは夜も遅かったこともあって移動中にVRゲーム機を被った不審者の姿を誰にも見られなかったことだろう。肝心の神無の場所は場所はスマホで把握できた。


「お、おい!なにが……ぐはっ!」


 車の後部スライドドアが開いて一人の男が出てきた拍子にロイス(綾人あやと)はゴム弾をわき腹と腿に二発撃ちこむ。たまらず車外後方に吹っ飛ぶ男。持っていた刃物が乾いた音を立てて駐車場のコンクリ上を数回跳ねる。


 すかさずロイス(綾人あやと)は車内に銃口を突っ込む。


「くそが!なんで銃なんか持った奴が……」


 最後に残った男は悪態を付きながら神無かんなを人質に取ろうと手を伸ばす。しかしそれよりも前にロイス(綾人あやと)はすかさずその男にも二発ゴム弾を打ち込んだ。あまりの激痛に床をのたうち回る男。


 ロイス(綾人あやと)は他に仲間がいないか確認しながら慎重に車内を覗き込んだ。そこには服をビリビリに破かれ、猿ぐつわに手足を縛られた天宮神無あまみやかんなの姿があった。瞳の端には涙の後が見えた。


「(……良かった)」


 ロイスがそう思ったのは二つの意味がある。一つは単純に護衛対象である神無かんなが無事であったこと。もう一つは召喚するための魔方陣などが無かったことである。

 ロイス(綾人あやと)は神無かんなの猿ぐつわと手足の拘束を外した。


「あなた、……誰?」


 やっとしゃべれるようになった神無かんなは至極当然な疑問を投げかける。しかし、それは同時にロイスを安堵された。そう聞かれるということはロイス(綾人あやと)の正体に気付いていないということだからだ。


「……」


 しかし、ロイス(綾人あやと)はしゃべるわけにはいかない。声でバレる可能性があるからだ。どうしたものかと考えているとロイス(綾人あやと)の目にあられも姿が目に入る。

 ロイス(綾人あやと)は言葉の代わりに自分が着ていたパーカーを脱いで神無かんなにかけてやった。


「……あ、ありがと」


 神無かんなは自分がほぼ裸であることにやっと気づき、もらったパーカーを抱き込むようにして肌を隠す。その表情は年相応の少女らしく恥じらいがあるものだった。


「(へえ、そんな顔もするんだな)」


 ロイス(綾人あやと)は心の中で意外に思っていた。ロイスが知っている神無かんなは常に冷静沈着で他人と関わろうとしない氷の仮面を被った女という印象だった。


 その時サイレンの音が駐車場内に響いた。ロイスはやっと来たかと思う。実はことを起こす前に女性が暴行を受けていると警察に通報を入れていたのだ。


 ロイス(綾人あやと)は即座にその場を立ち去ろうとする。警察に見つかったらせっかく正体を隠しているのが台無しである。早くここから離れなければならない。


「待って!!」


 去ろうとしたロイス(綾人あやと)の腕を掴んだのは他ならぬ神無かんなである。


「せめて!せめて名前だけでも教えて!」


 神無かんなはそう言うとより一層強くロイス(綾人あやと)の腕を握る。これにはロイスも困り果てた。勿論ここで名前を言うわけにはいかない。しかし神無かんなの腕は名前を言うまで決して離すまいとしっかり掴まれている。


「(一体どうすれば……)」


 その時ロイス(綾人あやと)はこのVRゲーム機を被る時に刻まれていた文字を思い出した。それはこのVRゲーム機を制作したメーカーの名前だったのだが、それを彼は知らないし、考えている時間も無かった。なのでロイスはついこう言ってしまったのだ。


「わ、私は……にゅ、New World《ニューワールド》……」


「New World《ニューワールド》?」


 その時一瞬神無かんなの腕を掴む力が弱まったのをロイス(綾人あやと)は見逃さず、神無かんなの手を振りほどいて一目散に走りだした。


「あ!……」


 神無かんなは走り去っていった。謎の人物を見つめながらあることを考えていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「なんなんだよ!あいつはっ!!!」


 目を真っ赤にして怒り心頭の須崎健也すざきけんやは個室内の壁掛けのモニターに思いっきりスマホをぶん投げる。鈍い音がして割れたモニターには赤青緑の横の線がいくつも引かれていた。


「おい、健也けんや。最後警察来てたみたいだけど、俺たちもヤバいんじゃ……」


 須崎すざきの取り巻きの一人がビビりながら須崎すざきに尋ねる。


「ああ!!?」


 過去最大級に気が立っている須崎すざきは自分の取り巻きたちにも当たり散らす。足元にあったガラス製のローテーブルも蹴飛ばし、盛大な音を立てた。須崎すざきの取り巻きたちは恐ろしくて声を潜めていた。


「はあ、はあ」


 須崎すざきは目を血走らせながら一通り暴れると息を整えると同時に冷静さを取り戻した。


「……この動画自体はあるサイトにアップされてるものをこっちで勝手に映しているだけだからな。特定は出来ないだろ。仮にあいつらが捕まったとしてももみ消しは出来る。親父に頭下げんのが癪だが。それよりも許せねえのはあのゲーム機頭に被ったクソ野郎だ。あいつなにもんだ?」


「分かんねえよ。考えられるとしたら天宮あまみやのボディガードとかじゃねか?」


 実は天宮神無あまみやかんな須崎すざきグループよりはるかに規模のでかい天宮あまみやグループの令嬢である。ボディガードがいても別に不思議ではない。


「ボディガード?そんなのがいるとは聞いたことがねえな」


「それに天宮あまみやも知らない感じじゃなかった?名前聞いてたじゃない」


「確かNewWorld《ニューワールド》だったか?だとすればボディガードの線は薄いし、ますます意味わからねえよ」


 話している内にイライラしてきた須崎すざきはソファのひじ掛けに勢いよく拳を振り下ろした。


「とにかくあのクソゲーム機野郎は必ず見つけ出して報復してやる!そうしねえと俺の腹の虫がおさまらねえ!!」


 須崎すざきの額には今にも破裂しそうな血管が浮かび上がっていた。

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