第10話 最弱の騎士

「なるほど、最弱の騎士ですか」


 アシュリー騎士長はそう言うとクスクスと笑い出した。一方のジュリア女王陛下はアシュリーが何故急に笑い出したか分からず困惑する。


「どうして笑うのです?」


「ああ、いえ。すみません。ジュリア女王陛下が仰る通りです。元シュラ国第三騎士団長、ロイス・スノースマイルは確かに最弱の騎士でしょう。騎士としての剣技や体術も魔法の才があるわけでもない。それどころか一般の兵と比べても騎士として技量と実力は下の方だと言わざるを得ません」


 ロイスが最弱の騎士であることをアシュリー騎士長はあっさり認めた。これにはジュリア女王陛下も面食らった。


「……アシュリー騎士長。今回の任務はこの国、いえ、この世界の均衡すら脅かしかねない非常に緊急かつ重要度の高いものだと理解していらっしゃるのかしら?失敗は万が一にも許されないのですわよ」


 今回の人選が間違っていたなど到底許されることではない。アシュリー騎士長は以前7人の魔王を打ち滅ぼし、この世界に平和をもたらした勇者パーティの一人である。その栄光を称え、シュラ国の騎士団のトップである騎士長の職と爵位を与えられている。それもあってジュリア女王陛下は今回のこの難しい任務の人選をアシュリー騎士長に一任したのだ。だが、しかしこれが人選ミスにより失敗したとなればアシュリー騎士長は爵位の剥奪と騎士長の辞任ぐらいでは到底すまされない。最悪首が飛ぶ可能性すらあるのだ。


 そのことは当然アシュリー騎士長も承知している筈である。であるにも関わらず、アシュリー騎士長には一切の焦りも不安もなかった。


「ジュリア女王陛下、確かにロイスは最弱の騎士かもしれません。しかし、今回の任務に於いて彼が誰よりなのです」


「最適……?それはどういうことですの?」


「例えば今回の任務、ポイントは異世界に転移して護衛対象の召喚を未然に防ぐことです。しかし、転移する先の体は今の自分の体ではありません。それどころか半年近く家に引きこもっていた運動が得意でもない不健康な体です。どれだけこっちの世界で鍛えていても無意味なんです。魔法も向こうの世界では使えませんからどれだけ最強の魔法が使えたとしても意味がありません。必要なのはそんな状況でも慌てず騒がず、今置かれた状況を正確に把握し、最上の結果を得ることです。つまりは適応力の高さ、最適化の能力です」


「最適化……、その能力が彼、ロイスにはあるということですの?」


 アシュリー騎士長はゆっくりとした動作で紅茶に口を付けるとにっこりとほほ笑む。


「能力というより彼の性格でしょうね。しかし、彼以上に今回の任務に向いている人物を私は知りません」


「あなたにそこまで言わせるということは何かあるのではなくって?」


「以前、騎士団全員を対象としたある訓練を行いました。それは目隠しをされた状態で見ず知らずの魔物がうろつくような森などでバラバラに降ろされ、自身の騎士団員と合流して城まで帰ってくるという実地訓練です。騎士団員には事前には何も知らされていない状況なので所持品は何もありません。降ろされる場所は少なくとも城から徒歩で7日間はかかるぐらいの距離です。騎士団員から二度としたくないと恐れらるほど過酷な訓練でした」


「まさか、その訓練を達成したのが……」


「指定期日の10日以内に城に帰っていた騎士団は半分もいませんでした。そんな中、ロイス・スノースマイルが団長を務める第三騎士団は3城に帰ってきたのです」


「な、たった3日で、ですの?」


「そうです。私もどうやったのかは分かりません。しかし、歩いて7日かかる距離をロイスは自分の騎士団員全員を集めつつ3日で帰ってきた。これは紛れもない事実です。彼は剣技が優れているわけでも魔法が優れているわけでもありませんが、その場に置かれた状況で最上の結果を出す天才です」


 その時部屋の中にノックの音が響いた。


「失礼します。アシュリー騎士長。少し宜しいでしょうか?……女王陛下!?大変失礼いたしました。私は出直させて頂きます」


 入ってきたのは美形な騎士であった。アシュリー騎士長と話しているのがジュリア女王陛下だと分かるや否や踵を返し退出しようとする。アシュリー騎士長はその騎士をすぐに呼び止めた。


「これは第一騎士団長のアルベルト・ブラックレイン。丁度良かった。今女王陛下とロイスの話をしていたところだ」


「ロイスですか?」


 その美形の青年はシュラ国第一騎士団の騎士団長アルベルトだった。第一騎士団は選りすぐりのエリートが集められ結成されている。必然その騎士団長ということは最強の騎士ということになる。加えて美形なので女性人気も非常に高い。


「女王陛下がロイスのことを聞きたいと言っていてね。君にとってロイスがどんな存在か話してくれないか?」


「畏まりました。元第三騎士団長ロイスは私にとって最大のライバルであり、最も敵にしたくない、戦いたくない相手ですね」


 その言葉を聞いてジュリア女王陛下は驚いた。王国最強の騎士団の団長に最大のライバルと言わしめるとは思わなかったのだ。


「分かりませんね、彼は騎士団で最弱と言われているのでしょう?最強の騎士団である第一騎士団長のあなたが彼を恐れるのですか?」


「確かにロイスと一対一で決闘すれば100%私が勝つでしょう。彼は魔法も使えず剣技もスキルもほぼ持っていません。ただ、それ以上に彼は努力家で仲間思いであり、何より戦場での目利きは凄まじいいものがあります。私は彼がいた戦場で負けたところを見たことがありません。それゆえ私たちは彼を『千里眼』と呼ぶのです」


「『千里眼』?」


「そうです。彼はその戦場でのあらゆる情報を網羅して最速で最適解を出します。誰も彼の速度には敵いません。気付いたら既に彼の思惑通りなのですから敵はたまったものじゃないと思いますね。私が彼と戦いたくない理由はそこです」


 アルベルトはそう言って力なく笑った。


「確かに彼を最弱の騎士と揶揄する者もいますが、彼を慕うものはそれ以上に多いです。女王陛下がお耳にしたのはそんなロイスの活躍を良く思わない一部の者の妬みのようなものではないでしょうか?」


「な、なるほど。そうでしたの。そうとは知らず私としたことが早とちりしてしまいましたわ」


 ジュリア女王陛下は恥ずかしそうに下を向く。


「私が言うのも変なのですが、こんなことを考えたことがあります。彼が不遇の扱いを受けているのは魔法の才や剣技や優秀なスキルを持っていないからです。騎士の評価はそれがほぼ全てですから。もし、スキルも魔法もない世界に彼が生まれていたとしたら……」


 アルベルトは良く晴れた窓の外に目を向ける。


「そんな世界にロイスが生まれていたら彼の独壇場だったのではないか、と」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「んーー!んんーーー!!」


 猿ぐつわをハメられ手足を縛られた天宮神無あまみやかんなは自分の愚かさを呪っていた。普段かかってくるはずのない電話、そして外への呼び出し、もっと警戒するべきだったのだ。


「おーし、着いたぞー」


 車の運転をしていた大男がたばこをふかしながら言う。車の側面の窓は全て濃いスモークが貼られていて外が分からない。唯一フロントガラスから見える景色から分かるのはどこかの地下駐車場らしいということぐらいだった。


「おい、エンジン切っとけよ」


「別にいいだろ?この時間に他の車なんか来ねーよ。それより早くやっちまえよ」


 後部座席の男が言うことを運転手の男は無視する。


「こいつくっそ暴れるし、服脱がすのめんどーだな……」


「引きちぎれば良くね?その方がオーディエンスも盛り上がるっしょ?」


「それも、そうだな」


 後部座席の二人のうち一人がおもむろに神無の上着に手をかけて、力いっぱい引きちぎる。


「んーーー!!」


 透き通るような白い肌と高校生には少々似つかわしくないサイズの乳房が露になる。


「ひゅー♪最近の高校生は育ちがいいねえ。……なんだよその目は」


 その時、男は神無かんなの目を見て苛立つ。これから自分がどうなるか分かっている筈なのにまるで今にも飛び掛かって喉元を食いちぎってやると言わんばかりの瞳だった。


「おいおい、そんな目で見るなよ。文句ならあいつらに言ってくれ。俺らはただ雇われただけなんだから、な!」


 男は神無かんなの顔に自らの顔を近づけてほぼゼロ距離でその淀んだ瞳を突きつけると神無かんなの頬を舌でベロりと舐める。どう考えても絶望的状況。誰も来ない地下駐車場では助けはない。男は神無かんなの下着に手を伸ばす、一瞬神無かんなは瞳を閉じて覚悟を決めた。


 その瞬間


 ガン!バリンッ!!


 凄まじい打撃音とガラスの割れる音と衝撃が社内に響き渡る。


「な、なんだ!何が起こった?」


「クソ野郎!誰かが外から何かでフロントガラス割りやがった!」


 バシュウ!という音を立てて運転席のエアバッグが作動する。


「うわ!なんだくそが!!ぶっ殺してやる!」


 運転手の男がエアバッグに挟まれて身をよじりながらドアを開けようとするが、いくらノブを引いてもドアが開かない。


「どうなってやがる!?ドアが開かねえ!!」


 ドアが開かないの仕方なく運転席のウインドウを下げる。するとそこに頭に変な装置を付けた華奢な少年が立っていた。


「な、なにもんだてめぇ!……て、本当になにもんだ……?」


 運転手の男は明らかに狼狽した。その華奢な男は妙なものを頭に付けていたからだ。それはVRゲームをするときに使うフルフェイス型のゲーム機だった。


 その少年は開いた窓に銃口を突っ込むと容赦なく男の肩辺りに打ち込んだ。


「……っっ!!!」


 運転手の男は声にもならない悲鳴を上げて悶絶した。


「大丈夫、死にはしないよ。ゴム弾だからね。まあ、死ぬほど痛いとは思うけれど」


 その少年は冷静にそう言い放った。

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