第9話 誘拐

 日課であるランニングを終えて部屋に帰ってきたときには外はもう暗くなっていた。天宮神無あまみやかんなはランニングシューズを脱ぎ捨てそのまま浴室に向かった。シャワーの音だけが部屋の中に響き渡る。玄関の靴箱の上の名前が分からないモンスターのぬいぐるみがなんとも言えない表情のまま佇んでいる。


 ガチャリと浴室の扉が開いてバスタオルを体に巻き付けただけの神無かんなが現れる。そのままリビングに向かうとそのままソファに座り、よく分からないモンスター型のクッションを強めに抱きしめる。というかこの部屋よく見ればいたるところによく分からないモンスターのグッズで溢れていた。


「あの男、なんていったっけ。……高瀬たかせ、だったか。なんでコンシェルジュに落とし物届けてないのよ」


 神無かんなは学校が終わるや否やマンションに帰り、そっこーでロイス(綾人あやと)が届けたであろうスライムのキーホルダーを迎えに行ったのだ。しかし、聞けば落し物は届いてないという。つまり、あの弱男がスライムのキーホルダーを届けなかったということだ。


 普通ならロイス(綾人あやと)から素直に受け取ればよかったのだが、そうはいかなかった。神無は自分が実はゲームなどに出てくるモンスターが大好きであることを知られるわけにはいかなかったのである。特に可愛いモンスターに目がないのであるが、恥ずかしくてこんなこと誰にも言ったこともないのである。


――え?神無ちゃんそんなのが好きなの?変わってるね。

――なんでそんな気持ち悪いのを集めてるの?


「……」


 神無かんなは昔の嫌な思い出を振り切るように首を振る。その時、スマホがブルっと短く振動した。神無かんなはソファに座ったままスマホをとって通知を確認する。


 その表情が一変する。


 神無かんなはすぐに電話をかけた。


『こんばんは、天宮あまみやさん』


 スマホから聞こえてきたのは同じクラスの男子生徒、須崎健也すざきけんやだった。


「……なんで私のアカウント知ってるの?」


『それは秘密だ。それよりメッセージ見てくれたから連絡してきたってことでOK?』


 電話の向こうの相手はやけに強気である。まるで、神無かんなが断るはずがないと確信しているようだった。


「その話が本当だという証拠は?」


『おいおい、クラスメイトを疑うのか?悲しいねえ』


「本当だというならこの電話で教えなさい」


『いやいや、それは虫が良すぎるでしょ。せっかく情報を教えてあげようってのにさ』


 どうやら、須崎すざきは電話で答える気はないらしい。


『いいから、今から竹豊橋近くのファミレスまで来なよ。そしたら間違いなく教えてやるからよ』


「……」


 明らかに何か嫌な気配を神無かんなは確かに感じていた。このまま指示に従ってファミレスに行っても良いものかと考える。


『ま、俺はどっちでもいいけどさ。でも、早くしないと先輩たち帰っちゃうかもよ?』


「……分かったわ、今から行く」


『そうこなくっちゃな。じゃ、またあとで』


 その言葉を最後に通話は切れた。神無かんなは一際大きいため息を吐くと外出の用意を始めるのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 クラブサリモス、その奥のVIPルーム。


 そこは須崎すざきたちが夜遊ぶときによく利用する場所であった。須崎すざきグループは表向きただの不動産会社だが、裏では極道と根強く繋がっている。そういう親のコネクションもあって、須崎すざきはかなり派手に遊んでいた。


「カハハ、まんまと獲物が罠にかかったぜ」


 須崎すざきはスマホを目の前の派手なガラステーブルに投げると機嫌よくそう言った。

「しかし、あの天宮あまみやがよく素直に言うことを聞いたよな。餌はなんだったんだ?」

 須崎すざきの取り巻きの一人が訊ねる。


「ああ、それはな……」


 須崎すざきは取り巻きたちにしか聞こえないような小さな声で神無かんなに何を吹き込んだのかを伝える。


「え?まじ?そんなことで釣れちゃったの?」


 その答えを聞いたギャルは驚きの声を上げた。


「そんなことでも、本人にとっては重要なことってのはよくあるもんだ。誰にだって大事なものはあるだろ?」


 その時ガラステーブルの上の須崎すざきのスマホが着信を告げる。須崎すざきはスピーカーモードにして応答ボタンをスライドした。


『ケンヤ、例の女やったぞ。確認してくれ』


「お、早速か。りょ~か~い」


 須崎すざきは目の前の大きなテレビ画面のスイッチを入れた。


 すると、そこには車内で猿ぐつわをハメられて必死に抵抗する天宮神無あまみやかんなの姿が映し出された。途端にVIPルーム内に大爆笑が巻き起こる。


「うわ、本当にあの天宮じゃん。うける~」


「やっべ、俺興奮してきたわ」


 口々に笑い飛ばす須崎すざきの取り巻きたち。


「そいつで間違いない。あとは手はず通りにやってくれ」


『オッケー、お前が言った通りかなりの上玉だな。こっちも楽しませてもらうぜ』

 その会話を最後にスマホの通話は終了した。テレビ画面には相変わらず、必死に抵抗しようともがく神無かんなが映っていた。


「……さて、これから世にも珍しい同級生のレイプ動画生中継だ。最高のショーになるぜこれは」


 須崎すざきはニヤリと口の端を吊り上げた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「……?こんな時間にどこに行くんだ?」


 ロイス(綾人あやと)は風呂上がりの頭を拭きながらビーコンで神無かんなの位置を確認していた。普段ならこんな時間にまず外出などしないことはロイスは知っている。しかも、今の時間千冬ちふゆは仕事で外出していてセーフハウスにはロイス(綾人あやと)一人である。


「うん、イレギュラーだな。……追うか」


 ロイスは即決で判断したもののふと、あることが思い当たった。それは千冬ちふゆからの指令である自分の招待を知られてはならないということだ。万が一ターゲットが敵にさらわれた場合、自分の姿を見られずに救出するのは非常に困難である。


「まいったな、何か顔でも隠せるものがあればいいんだが……」


 ロイス(綾人あやと)は部屋を見回して何かないかと探してみる。


「……お、あれは?」


 その時、ロイス(綾人あやと)の目に飛び込んできたのは千冬ちふゆの机の上に置かれているあるものだった。それはロイスがこの世界に来た時にであった。


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