第7話 不穏な夜

「いやーごめんごめん。まさかこんなに早く帰ってくると思わなかったからさ」

 リビングの椅子に腰かけて缶ビール片手に世界一誠意のない謝罪をロイスは眺めた。


 あれから3時間ぐらいしてやっと帰ってきた千冬ちふゆと合流したロイスは無事新しいセーフハウスに入ることが出来たのだった。ちなみに神無の尾行は2時間前に終わっている。


「それで、初めての学校はどうだった?護衛対象は見つかったのか?」


「……白々しいですね。千冬ちふゆさん天宮神無あまみやかんなの住んでいるマンションが特定できたからセーフハウスをここにしたんでしょう?」


「お、意外と頭が切れるじゃん。もしかしてもう会った?」


「ええ、千冬ちふゆさんが返ってくる前に」


 千冬ちふゆはビールを持っていない方の手に持ったフォークで大雑把にレトルトのハンバーグを切り分けると口に放り込む。


「なら話は早いじゃん。灯台下暗しってね。天宮神無あまみやかんなの部屋は丁度この真上908号室だよ」


 ウインク付きのGOODサインを投げる千冬ちふゆ


「それでどうよ件の神無かんな嬢は。かなりの美少女だろ?仲良くなれそうか?」


「……はっきり言って難しいでしょうね。彼女人といるのが苦手なタイプっぽいですし。まあ、なんとか良好な関係になれれば御の字ですが……。今のところは気づかれないよう遠目で護衛するのがベストかと」


「あー、やっぱり友達いないタイプか。美人過ぎると浮いちゃうしね」


 千冬ちふゆはうんうんと首を縦にふる。


「それで、便利なのがこれってわけだ」


 千冬ちふゆは自慢げにノートPCを机にドカッと置いた。画面には黒い画面の中に緑色の点や線が点滅している。


「これは対象、つまり天音神無あまみやかんなの位置が分かる不思議な機械だ。もちろんロイスの携帯でも見れるようにしといたから活用してくれよな」


「これってビーコンっていう発信機ですよね。いつの間に付けたんですか?」


「知ってるの?」


「昨日貰ったこのスマホとやらですぐ調べられますからね」


「……昨日手に入れたばかりのくせに順応性高すぎないかお前?」


 千冬ちふゆはびっくりを通り越して少し呆れ気味にそう言った。


「それより、一つ教えてもらいたいことがあるんですが」


「なんだあらたまって」


「昨日、僕を連れ去ろうとした奴らのことです。確か千冬ちふゆさんは全一教会と言ってましたが、あれは一体どういう組織なんですか?調べてもあまり有益な情報は出てきませんでしたよ」


 ロイス(綾人あやと)は昨日のことを思い出していた。千冬ちふゆが間一髪のところで戻ってきてくれたからよかったようなものの、一歩間違えば自分はどうなっていたのか考えたくもなかった。


「ああ、全一教会ぜんいちきょうかいね。お前が調べた通り表向きはただの宗教団体だよ。ただ、裏では結構過激なこともやってるみたいだ。その一つがこの世界の異分子の排除だな」


「異分子の排除?」


全一教会ぜんいちきょうかいの教義には全宇宙でこの地球上の生命体のみ尊ぶべきものだとするものがあるらしい、よく知らんが。つまり、ロイスたちがいた世界の存在を一切認めていないということだな」


「認めないと言われても実際あるわけなんですが……」


「奴らにとってはそれが許せないことなんだろ。だからこの世界にハナから存在しないものはことごとく排除しようとするわけだ。あいつらはその排除する役割をもったやつのことを異界審問官いかいしんもんかんなんて呼んでやがったがな」


「そもそも、今回の任務は天宮神無ターゲットを護衛して異世界転生させないようにすることでしょう?利害が一致するところもあるんじゃないですか?」


「私らのように国から特命を受けて動いている組織はもちろん任務のスムーズな遂行の為なら異世界人を利用するのを躊躇わないある意味柔軟な組織だ。しかし、全一教会は例外は一切認めない頭の固い連中でね。この世界の住人の異世界拉致の危険があってもそれはこの世界の人間だけで対処すべきというお考えなのだよ」


 千冬ちふゆは長くしゃべって疲れたと言わんばかりに缶ビールをあおった。


「まあ、相いれない関係性なのは分かりました。しかし、何故その全一教会の異界審問官?は僕が異世界から転生したって分かったのでしょうか?見た目はこの世界の人間だからバレることないと思うのですが」


「それについては私も全く分からん。可能性があるとすれば私たちのやり取りが奴らに抜かれていたことだが、それは私のミスになるので考えたくない」


「……ちょっと」


「もしくは奴らの中に異世界人を見分ける能力を持った人間がいる可能性もあるけど、それもあったらあったで困るのであまり考えたくないな」


「いや、考えたくないって……、どうするんですか、また僕が襲われる可能性があるってことでしょう?」


 ロイスは神無かんなの護衛もしながら全一教会からの襲撃にも備えなくてはならないということだ。はっきり言って面倒この上ない。


「用心することに越したことはないが、しばらくは全一教会からの目立った動きはないはずだ」


「どうしてです?」


全一教会ぜんいちきょうかいは表向きただの宗教団体だ。しかも多くの国会議員と利権関係ずぶずぶでな、国から直属の組織である我々と敵対したくないわけだ。だからあくまで裏側で動いている。それも今回失敗に終わって私に正体見抜かれてるから、奴ら異界審問官いかいしんもんかんも上層部から釘を刺されたに違いないのさ。ほとぼりが冷めるまでは目立って動くなってね」


「なるほど、元老院に目を付けられたみたいな感じですね」


 それにしても全く安心はできないとロイスは思った。表立って動けないだけで異界審問官いかいしんもんかんがロイスを狙っていることに変わりないからだ。


「……そういえばさっきから気になってたんだけど、そのスライムみたいなのなに?」


 千冬ちふゆは缶ビールを持ったまま机の上に乗ったそれを指さした。


「これですか?これは多分天宮神無ターゲットの落とし物だと思います」


「だと思いますだあ?」


 ロイスは千冬ちふゆに先ほど一階のエントランス前での出来事を話した。


「ふーん、なるほどな。それ、明日天宮神無ターゲットに返すんだろ?ちょっと貸せよ、明日の朝には返すから」


「?別にいいですけど」


「サンキュー」


 千冬ちふゆ神無かんなが落としたであろうスライムのキーホルダーを受け取るとにやりと笑うのであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「しっかし、あのブタともれとの野郎くっそムカつくわ!」


「それと天宮あまみやも気に食わねえな。顔いいからってちょーし乗ってるっしょ」


 夜の9時頃、高校近くのファミレスで須崎すざきたちのグループがたむろっていた。


「てか、健也けんや君元気なくない?どったの?」


 ぎゃーぎゃー騒いでる取り巻きに目もくれず須崎すざきはスマホの画面を肩ひじを付いて見ていた。


「あ?そーだな」


健也けんやつめたーい。さっきから全然かまってくれないし」


 須崎すざきの隣のいかにもギャルっぽい女生徒が頬を膨らませる。それでも須崎すざきはそっけない態度のままであった。


 その時、須崎すざきの見ていたスマホの画面に一件の通知が入った。それを見た須崎すざきの口元がニヤリと歪む。


「おい、決まりだ。明日やるぞ」


「?やるって何をやるんだよ?」


 須崎すざきは仲間たちにスマホの画面を見せる。


「明日、天宮神無あのクソおんなを拉致して輪姦まわすんだよ」


 それを聞いた須崎すざきの取り巻きたちは各々驚いた声を上げる。


「大丈夫だ。やるのは俺らじゃない。俺の言うことを聞いてくれる優しいお兄様方がいるんだよ。くくくっ」


 須崎すざきはイヤらしく笑う。


「手順はこうだ。まず、天音神無あのおんなにDMを送って明日のこの時間にファミレスに呼び出す。すると奴がこっちに向かってる途中で不運にも黒塗りのワンボックスが現れて拉致られる。そしたら適当に移動してレイプ動画を生中継ってわけだ。動画さえとっちまえば奴もでかい口叩けなくなるだろ」


「うわw健也けんや君ひとでなしw」


「いやいや、因果応報だろ。いままでなめた態度取った当然の報いってわけ」


「でもさ、DM送ったくらいであの天音神無クソおんなが素直に出てくるわけなくない?」


 いかにもギャルっぽい女生徒が疑問を投げかける。


「それが絶対に奴が無視できない殺し文句があるんだよ。まあ、見てなって」


 須崎すざきは自信ありげに答えるとスマホをテーブルの上に置く。


「二度と生意気な口聞けなくして俺らのおもちゃにしてやるよ」

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