第5話 不登校の理由

「なあ、もれと君。あれは何なわけ?ただの強がり?」


 ロイス(綾人)は昼休みに体育館裏に呼び出されていた。どうにもロイス(綾人あやと)の反応が気に入らなかったらしいことは本人にもなんとなく分かっていたが一体何が気に食わなかったのかは全く分からなかった。


「何のことかよく分からないな、僕が何か悪かったのなら謝るよ。だからもう開放してくれないかな?」


 ロイス(綾人あやと)には今回の護衛対象である「天宮神無あまみやかんな」を早いところ特定しなければならない。でないとそもそも護衛の任務に就くことすら出来ないからだ。しかしそんなロイス(綾人あやと)の言動が須藤健也すざきけんやの逆鱗に触れた。


 いきなりきつめのボディブローがロイス(綾人あやと)に入り、体がくの字に曲がる。


「……ッ!!げほげほ……」


「ひゅ~♪健也君の拳パネェー」


 取り巻きの一人が嬉しそうに言うと横からロイス(綾人)を蹴り飛ばす。為すすべもなく地面に倒れるロイス(綾人あやと)。


「げほっ!なんでこんなこと……」


 ロイス(綾人あやと)には何故自分がこんなことをされるのか全く分からなかった。この体の主である高瀬綾人たかせあやとは一体何をしたというのだろうかとロイスは不思議に思う。


「なんでって、テメーが教室でうんこ漏らしたくせに一言も謝罪もなく舐めたこと言ってるからだろうが。あ?」


 須崎すざきは革靴の底をロイス(綾人あやと)の頭にのせて容赦なく踏みにじる。どうやら高瀬綾人たかせあやとは教室でうんこを漏らしてしまったらしい。それが一か月も学校に行っていなかった理由なのではないかとロイスはさすがに感づいた。


「おい!ブタ!おまえパン買ってくるだけでなんでこんな時間かかるんだよ!」


「……ひぃひぃ。ご、ごめんでござるよ」


 その時小太りの男子生徒が両手に大量の総菜パンを持って現れた。


「ちょうどいいわ。おい、うんこ野郎。チャンスやるよ。そこの豚と相撲勝負しろよ。勝ったら今回は見逃してやる」


「……え?」


 驚き目を見開いたのは小太りの男子生徒だった。


「いいな、負けた方は明日の昼飯代を出すってことで」


「明日って、今日のパン代はどうすればいいでござるか……?」


「そんなのお前がぐずぐずしてるからわりぃんだろ。お前が払えよ」


「そ、そんな殺生な……」


 小太りの男子生徒は絶望の表情と共に項垂れる。ロイス(綾人あやと)はこの状況をみて流石に度が越えていると感じていた。ロイスが所属していた騎士団では他の騎士とのいざこざはたまにあったがここまで陰湿なものは見たことも聞いたことも無かった。どちらかというと盗賊団のようであるとまで感じた。 


「ここじゃあ狭いな。相撲勝負するならあっちの花壇の方に行くか」


「なあ、どっちが勝つ方に賭けるよ?」


「さすがに豚が勝つんじゃねーか?見ろようんこ野郎の手足もやしみてえ」


「おら!さっさと歩けよ!手間取らせるな!」


 須崎すざきの取り巻きたちは小太りな男子生徒とロイス(綾人あやと)を足で蹴飛ばす。二人はしぶしぶと言った感じで指定された場所体育倉庫の隅の花壇の近くに移動するしかなかった。


「げ、誰かいやがる……」


 先だって歩いていた須崎すざきの取り巻きの一人が花壇の隅に座っている女生徒を見つけて顔を顰めた。その女生徒は読書中だった。片手で文庫本を持っている。ロイス(綾人あやと)はその女生徒に見覚えがあった。それは今朝教室前で邪魔だと言われた女生徒だった。


「おう、天宮あまみやじゃねーか。今からこいつらが相撲勝負するんだよ。おもしれえから見てけよ」


 須崎すざきはニヤニヤとした顔でその女生徒に話しかける。しかし、その女生徒は健也を一瞥しただけで面倒臭そうにため息を吐き本を閉じてすっと立ち上がった。


 天宮あまみや?ロイスはその苗字に思わず声を出しそうになる。まさかこの女生徒が今回の護衛対象である天宮神無あまみやかんななのではないかとロイスは思った。


「……ここ、静かで人が来ないから気に入っていたのに台無しね」


「あ?なんだって?」


「別にあなたに言ってないわよ。くだらないことしてないで勉強でもしたら?」


 健也はブチ切れそうな顔をしていたが女生徒は涼しい顔をして去っていった。


「ち、お高くとまりやがって。むかつくぜ」


 その時、須崎すざき天宮あまみやという女生徒の背中を睨みつけると急に何かを思いついたかのようににやりと口の端を吊り上げる。


「おい、行くぞ」


「え?相撲対決はいいのかよ?」


「そんなことよりおもしれえこと思いついたぜ。くくくっ」


 何故か須崎すざきたちはロイス(綾人あやと)と小太りな男子生徒二人を置いて立ち去ってしまった。


「た、たすかったでござる……」


 小太りな男子生徒は心底胸を撫でおろしたのだった。


「あ、そうでござる!高瀬氏大丈夫でござるか!?ん、あれだけやられていたにも関わらず平気そうでござるな?」


「そんなことより、聞きたいんだけどさ」


「そ、そんなことなどと……痛くないんでござるか?」


 戸惑う小太りな男子生徒にロイス(綾人あやと)は質問を投げかける。


「さっき本を読んでた人は天宮って言うの?下の名前は?」


「高瀬氏やはりおかしいでござるよ?頭打ちどころが悪かったのでは?」


 どうやら小太りな男子生徒は本気でロイス(綾人あやと)のことを心配しているらしい。


「天宮氏は拙者たちと同じクラスでござらぬか。下の名前は確か神無(かんな)ではなかったか」


 ロイスの直感は確信に変わった。これで護衛対象である。天宮神無あまみやかんなの特定は完了したのだ。しかし、それと同時にロイスは護衛対象への接触の難しさを思い辟易とした。まだ、接触したのは2回だけだが、あの他人を寄せ付けない態度と昼休みに一人でこの人気のない場所で本を読んでいたことを考えると社交性がないどころか友達がいるかすらあやういのではないかという推測はロイスにも出来た。


「……そういえば君は……」


 そこでロイス(綾人あやと)は初めて小太りな男子生徒をまともに見た。小太りな男子生徒はそのロイス(綾人あやと)の反応をみて明らかに落胆した。


「まさか拙者のことも忘れてしまったでござるか?広田でござるよ。広田進」


 どうやら小太りな男子生徒の名前は広田ひろたというらしい。


「……しかし拙者少し安心したでござるよ。高瀬たかせ氏もう正直学校に来ないのでは危惧しておりました故」


 そういえば教室でうんこを漏らしたとか須崎すざきたちが言っていたことをロイスは思い出す。この体の主である高瀬綾人たかせあやとはそれが原因で不登校になってしまったらしい。よほどお腹が痛かったのか分からないが本人にとっては酷くショックだったことだろうとロイスはまだ会ったことのない体の主を案じた。


「まあ、団員……じゃないクラスのみんなには悪かったと思ってるよ」


「何言ってるでござるか!高瀬氏は何も悪くないで御座ろう。原因はすべて須崎たち郎党によるもの……」


 急に声を荒げた広田ひろたにロイス(綾人あやと)は多少びっくりしたが、それ以上に気になることを広田ひろたが言った。


「原因が須崎すざきたちって?」


「何をたわけたことを!高瀬氏も知らぬとは言わせませんぞ。あの日拙者たちはいつものように須崎たち郎党に目を付けられてゲームという名目で勝ち目のない勝負を強要されたではござらぬか。そして案の定負けた拙者たちは罰ゲームに下剤を飲まされ、授業中にトイレに行くことも許されずに高瀬氏は……。あのようなこととても人間のすることとは思えませぬ」


 広田は苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てるように言った。


「下剤だって?」


「いかにも。高瀬氏はあの時須崎たち郎党にバレないように拙者の分も飲んでくれたではござらぬか。……だから拙者は申し訳なく……」


 衝撃の事実だった。どうやら教室でうんこ漏らした事件の真相は大量に下剤を飲まされたことが原因でそれが須崎たちの仕業らしい。しかも高瀬綾人たかせあやとはこの広田ひろたの分まで庇って飲んだらしいから二倍の量を飲んでいることになる。とても我慢できるものではないだろう。


「どうして須崎すざきたちはこんなことを?」


「それは分かりませぬ。拙者たちのような弱い立場の人間を痛めつけるの好んでいるとしか思えませぬな」


 もちろんロイスがいた世界にも序列は存在した。むしろこの世界より生まれた時から酷い環境で生きているたくさん人もいる。ロイスがスマホで多少調べたところこの世界、こと日本という国は治安が良く、飢餓や貧困に喘ぐ人も少ない豊かな国だと書いてあった。しかし、実際はこういう風に見えないところで弱いものを虐げる人間がいるということなのだろうとロイスは理解した。


「逃げないのか?」


「逃げる?確かに転校すれば須崎たちに会うことはないかもしれぬが、拙者は受験勉強を頑張って苦労してこの学校に入ったのでござる。親にも申し訳が立たぬし、とにかく耐えることしか今の拙者には……」


 ロイスは驚いた。これほど不遇な扱いを受けたとしても広田ひろたは逃げることが出来ないのだ。言葉で罵られ、直接暴力も受けているにも関わらずである。これではまるで奴隷と陰険な貴族の関係そのものだ。


「それに須崎の家はかなりの名家で資産家なのでござる。その金にものを言わせ、あまり表向きには出来ない連中との付き合いもあるとかないとか。とにかく変に逆らうのはやめた方がいいでござるな」


 どうやらごろつきとの付き合いもあるらしい。


「ふむ、奴隷商人かと思ったら地方貴族のドラ息子だったか……」


「どれいしょうにん……?なにを言ってるでござるか高瀬氏?」


 怪訝な顔の広田をよそにロイス(綾人あやと)は口元に手を当ててどうにか出来ないものかと考えていた。

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