第4話 新生活といじめ

 朝7時50分通学路。


 ロイスは学生服を着用し、私立開堂高校かいどうこうこうに向かっていた。


(いいか?お前にはこれから高瀬綾人たかせあやととして開堂高校に通ってもらう。今回の護衛対象である天宮神無あまみやかんなもその高校に通っているからな。まずはそいつを見つけ出すんだ。)


 昨夜、敵勢力からの襲来を蹴散らした後、千冬ちふゆはセーフハウスの場所を変えないといけないと愚痴りながらロイスに今後のことを説明した。ロイスは千冬ちふゆから必要最低限の知識を昨日一晩で叩きこまれ、とにかく今日からこの制服を着てこの学校に通えと指示を受けたのだ。どうやらこの国では6歳から18歳くらいまでの子供は学校という学び舎に通うのが一般的だと聞いた時、ロイスは素直に驚いたものだ。


高瀬綾人たかせあやと……ね」


 どうも昨日の千冬の説明ではこのロイスの体はその高瀬綾人たかせあやとという人物の体らしい。つまりロイスは自分の精神だけこの異世界に飛ばされこの体に転移したのだ。そうすると本来のこの体の持ち主である高瀬綾人たかせあやとの意識というか精神は一体どこに行ったのか?と当然疑問を持つロイス。


(……それは教えられない。お前には知る権利がない)


 と千冬ちふゆに言われてしまったのである。


(分かっていると思うけどな、お前の正体を他の奴に知られることはご法度だぞ。お前はあくまで高瀬綾人たかせあやととして任務を進めるんだ。いいな?)


 そして、とにかく異世界人であることを誰にも知られるなと強く念を押されたロイス。ロイスも言いたいことがないわけではなかったが、見ず知らずの異世界で協力者の機嫌を害す方が損だと思い素直に従うことにした。


「しかし、便利なものだな。この『すまほ』というものは」


 ロイス(綾人)は手元にある画面を見る。そこには目的地である開堂高校までの地図が表示されていた。これも千冬から渡されたものである。


(えっちなサイトとか見ちゃだめだぞ☆)


 と千冬が言っていたがもちろんロイス(綾人あやと)にその意味が分かるはずもなかった。とにかく仕組みは分からないがどうやらこの板で地図の表示や離れた場所での通話、暗号のやり取りが出来るらしい。これにもロイス(綾人あやと)は大層驚いた。


 スマホのナビに従って進んでいくと段々ロイス(綾人あやと)と似たような服を着た生徒たちがちらほら見受けられるようになった。なんにせよまずは学校に潜入して護衛対象である『天宮神無』を見つけることが最優先である。ロイス(綾人)は決意を新たにして学校の校門をくぐる。その後靴箱が分からなかったり、教室の場所が分からなかったりと四苦八苦しながら何とか2年A組の教室にたどり着いた。


「ここか」


 2年A組と書かれたプレートを見上げてロイス(綾人あやと)ほっと胸を撫でおろした。


「……ちょっと邪魔なんだけど」


 ロイス(綾人あやと)はいきなり後ろから声を掛けられ驚き振り返る。そこにはやたら目つきの鋭いえらい美人が立っていた。他の女生徒とは違うとげとげした雰囲気を纏っている。


「……あんた……」


 その鋭い視線がロイス(綾人あやと)を確認すると少しだけその瞳が驚きに見開かれた。


「な、なに?」


「……いや、なんでも。それより邪魔。教室入れないでしょ」


「あ、ああ、すまない」


 ロイス(綾人あやと)が道を譲るとその美人な女生徒は表情を元に戻し、2年A組の教室に入っていった。どうやらこの教室に入っていったということはさっきの美人はクラスメイトらしいとロイス(綾人あやと)は理解した。


 ざわっ!


 和やかな教室の空気がロイス(綾人あやと)が足を踏み入れた瞬間一気に変わった。誰もロイス(綾人あやと)と目を合わせようとしない。それどころか皆ロイスをチラ見してひそひそと話している。とても居心地が悪いとロイス(綾人あやと)感じた。


「あれー、もれと君だ。久しぶりじゃん」


 そのうち一人がニヤニヤとした顔で話しかけてきた。背が高くいかにもクラスの中心みたいオーラがある。後ろに取り巻きのような男と女がいた。


「いやー、良かったよ。あんなことがあったからもう学校来ないかと思ってさ」


 あんなこと、についてロイス(綾人)は全く心当たりがない。当然である。しかし、正体を知られるわけにはいかないので適当に話を合わせるしかない。


「心配してくれてありがとう」


「そうそう、心配したんだぜ。それで親切な俺はもれと君にプレゼントをあげようと思ってさ」


 そう言うとその男子高生はロイス(綾人あやと)の肩を掴んで席まで連れていく。


「ほら、おむつ。これでまた漏らしても大丈夫だろ?」


 そこにあったのはロイス(綾人)の椅子に取り付けられた紙おむつだった。


「ぶはっ!健也けんやお前、椅子に履かせても意味ねーだろ」


 健也けんやと呼ばれた男子生徒の取り巻きたちはそれを見て肩を震わせゲラゲラ笑った。しかし、ロイス(綾人あやと)は紙おむつというものを知らなかった。正体を明かさないようになるべく穏便に済ませたかったロイス(綾人あやと)はにっこりと笑ってその椅子に座る。


「そうなんだ。ありがとう。……うん、座り心地もいいね。やわらかいし」


 しかし、ロイス(綾人あやと)のその行動がかえって健也けんや達に火をつけてしまった。


「……は?なにもれと君。なめてんの?」


 健也けんやは額に青筋を浮かべて明らかにキレていた。クラスの連中もその取り巻きもさすがにこれはヤバいと静まり返る。


「おーい、席につけ。ホームルームはじめるぞー!」


 その時、若い男性の教員がクラスに入ってきて緊張感漂う場の雰囲気は一掃された。健也と呼ばれた男子生徒はロイス(綾人あやと)をぎろりと睨みつけ舌打ちすると「昼休みが楽しみだな」と言い残して自分の席に帰っていった。


「……」


 ロイスは自分が何かまずいことをしてしまったのでないかということを直感で感じたがどうしていいか分からずきょろきょろと辺りを見渡すが誰とも目が合わない。ただ唯一先ほど教室に入る前に会話した美人な女生徒だけが冷ややかな視線をロイス(綾人あやと)に向けていた。

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