第3話 NEW WORLD

 ロイスが目を覚ますとそこは真っ暗な空間であった。意識が次第にはっきりしてくるとロイスは自分が何か被り物を被っているのだと気づいた。


「……なんだこれ?」


 ロイスはその被り物を外す。するとまぶしい光が目に飛び込んできて思わず顔を顰めた。光に目が慣れると段々と周りが見えてくるようになった。そこは部屋のようであった。しかし、ロイスが知っている部屋とはかなりかけ離れたものだった。書物が置かれた棚などは分かったが用途がよく分からないものも数多くあった。


「……ここが異世界、日本なのか?」


 アシュリー騎士長は異世界は私たちの知る世界とはまるで違うと言っていた。その意味がロイスには今はっきりとわかった。ロイスは自分が付けていた被り物をまじまじと見た。


「……この世界の人々は寝る時に変なものを頭に被るんだな……」


 その被り物をロイスは戦の時に使う兜だと思った。しかし兜にしては妙に丸っこいしつるつるしている。その兜の下の方に「New World」と書いてあった。読める。どうやら異世界でも使われている文字は一緒のようでロイスは少し安心した。


「……え?」


 安心したのも束の間、ロイスはあるものをみて驚愕した。それは本棚の隣に置いてあった姿見である。


「……だれ、これ?」


 鏡に映っているのは知らない男の子だった。髪は長くぼさぼさで体は孤児のように痩せ細っていた。ロイスはあまりに自分と違う身なりに目を白黒させながら自分の顔や体を触ってみて、まごうこと無き自分の体だとようやく気付く。なんとも頼りない体である。


 その時かちゃりという音が奥の部屋から聞こえる。


「あら、目が覚めたのね。よしよし」


 部屋に入ってきたのは二十台前半ぐらいの女性であった。女性の割には背は高めである。


「どう、異世界に来た感想は?」


「正直まだあまり実感がないですね。あなたがもしかしてチフユさんですか?」


 ロイスがそう言うとその女性はにっこりとほほ笑んだ。


「そう、私がチフユ。実感がないのもすぐに慣れるわ。起きれる?」


 そう言うとチフユはロイスに向かって手を差し伸べる。ロイスはその手を取って立ち上がる。


「さて、まずは聞きたいことがあるだろうけど話は移動しながらにしましょう」


「移動?ここから離れるんですか?」


 ロイスは正直乗り気ではなかった。異世界に来る前の脳が反転するような気持ち悪さは若干尾を引いていたし、自分の体ではないものを上手く動かせる気もしなかったのだ。


「実はここ、異世界召喚専用の部屋なの。実際これから寝泊まりしてもらうセーフハウスは別にあるのよ。きついかもしれないけれど出来れば今日中にそこに移動したいの」


 そう言うとチフユはほほ笑む。しかし、その笑顔には余裕が無い様にがロイスには感じられた。


「いえ、そういう事情であれば。これから世話になる身ですし。宜しくお願いします」


「助かるわ。じゃあ、さっそく行きましょう」


 ロイスは異世界の靴に若干戸惑いながらチフユの後に続いて扉の外に出た。扉の外は真っ暗な夜が広がっていた。目の前には扉がいくつもある廊下が何段も重なっていた。マンションというものだとチフユはロイスに教えた。ロイスたちがいるのもマンションでここは11階だという。下を見るとかなりの高さである。


「こっちよ」


「あ、はい……」


 初めて見るエレベーターにロイスは驚きながらも必死でチフユについていく。ロイスが思った以上に自分のではない体を動かすというのは結構難しく、時々躓きそうになっていた。


 マンションの外に出ると目の前にハザードをつけた黒いミニバンが止まっていた。既に後部座席のスライドドアが開いている。


「さ、この車に乗って。馬車なんかよりよっぽど早いのよこれは」


「へえ、乗り物なのかこれ」


 ロイスは初めて見る車という乗りものを興味深く見つめた。周囲は静かで人の気配は感じられない。


「ちょっと待った、?」


 黒い車に乗り込もうと歩き始めた矢先、暗闇から凛とした声が響いた。ロイスとチフユはその声に思わず足を止める。


 すると右手の植え込みの陰から一人の女性が歩いてきた。チフユよりは背は低く、まだ若干あどけなさを残した顔立ちから20代前半といったところだろうか。髪を右サイドにくくったサイドアップの髪型が印象的な女性であった。やけに勝気な雰囲気である。


「あんた、ロイス・スノースマイルだろ?こっち来て早々に誘拐されないでくれよな。まあ、部屋を空けてた私も悪いんだけど」


 謎の女性はロイスたちと黒いミニバンの間に入る。ロイスは訳も分からず混乱した。


「誘拐?ど、どういうこと?」


「つまり、私が本物の竹田千冬たけたちふゆってこと。そっちの偽物にまんまと騙されたな。……なあ、あんた一体何者なんだい?」


 するとチフユ(偽)がいきなりロイスを羽交い絞めにして首筋にナイフを当てる。


「……っ!」


「もうちょっとゆっくりしてくれれば問題なく終わったのに残念ね」


 ロイスが首を捻って見たチフユ(偽)はさっきまでとはまるで違う鋭い暗殺者のような目をしていた。そこでやっとロイスは自分が騙されていたことに気付いた。部屋からやたら移動したがったのは恐らく本物の千冬ちふゆが帰ってくる前に移動したかったからに違いなかった。


「もう、諦めてそいつ開放してくれねーかな?今はいねーがそのうち人が通れば通報されるのそっちだぜ」


「あなたが諦めて私たちを見逃すという選択肢もあると思うのだけれど?」


「わりーけど、その選択肢はねーんだわ」


 千冬ちふゆとチフユ(偽)の間に緊張の糸が貼り巡る。しかし、ロイスは見てしまった。黒い車の陰から一人の男が千冬の背後に忍び寄っている。恐らくチフユ(偽)の仲間だろう。千冬ちふゆがそれに気づいている様子はない。ロイスがその危険を知らせようと口を開こうとした瞬間だった。


「……!!」


 千冬ちふゆは目にもとまらぬ早業で背後にいた男性に足払いを決めた。そして宙に浮いた男性の腹に容赦なく蹴りを叩きこんだ。男性は為すすべもなく吹っ飛ばされ黒い車の横っ腹に叩きつけられる。後ろに目でもついているのだろうかとロイスは思った。


「おっと悪い。手加減できなかった。ドライバーのくせにでしゃばるから……」


 凄まじい身体能力である。ロイスが驚きに口が塞がらない。


「動かないで!こいつがどうなってもいいの?」


「あんたたち教会の人間だろ?ナイフに紋があるからな。教会の人間ならそいつを殺すことなんて出来ねーはずだ。違うか?」


「……それはどうかしらね?」


 チフユ(偽)は明らかに動揺していた。するとチフユ(偽)は蹴り飛ばされた男性に素早くアイコンタクトを送った。


「おや?」


 ブオン!ギャギャギャ!


 一瞬の隙をついて男性は黒い車に乗り込み、後部スライドドアが開いたまま急発進する。


「仲間置いて行っていーのかい……って」


 千冬ちふゆが一瞬目を逸らした隙にチフユ(偽)はロイスを残して姿を消していた。どうやらロイスを攫うのは諦めたようである。


「ったく、忍者かよ。ほら、あんた立てるか?」


 チフユ(偽)の拘束から解かれた拍子に尻もちをついたロイスに千冬ちふゆは手を差し出す。


「やれやれ、来て早々散々だな。あらためて私が竹田千冬たけたちふゆだ。こっちの世界へようこそロイス・スノースマイルさん」


 千冬ちふゆはそう言ってニカっと笑った。

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