第2話 転移

 アシュリー騎士長とロイスは石造りの螺旋階段をゆっくりと降りていく。松明の明かりだけが足元を照らし、この暗闇がどこまで続いているのかロイスには見当もつかなかった。


「まさか、教会の地下にこんな隠し空間があるなんて……」


 ロイスは初めて見る地下室に驚きを隠せなかった。


「今は封鎖された地下室だ。ここの存在すら知るものは少ないだろう。そしてこの先にあるのが勇者召喚の儀が行われていた部屋というわけだ」


 そう、今二人が向かっているのは昔シュラ国で実際に勇者召喚の儀に使われていた部屋である。アシュリー騎士長はそこでロイスを異世界に送るのだと言った。


「悪いな。本当は仲間たちに別れの言葉くらい言わせてあげたかったのだが、機密事項かつ事態が切迫している予断を許さない状況でな」


 正直ロイスは今まで何年間も寝食苦楽を共にした仲間たちや自分を信じて付いて生きてくれた部下たちに何も言わずにいなくなるのは寂しい思いだった。しかし、万が一にもこの情報が外部に漏れることはあってはならない。そこの事情もロイスはしっかりと理解していた。なのでロイスは心の中で仲間や部下にお礼の言葉を述べた。


 今までありがとうこれからもどうか元気で


「言い忘れていたが、今回の任務を無事に達成した暁には貴君に貴族としての地位を与えると陛下は言っておられたぞ」


「!それはほんとうですか!?」


 ロイスには夢があった。その夢を達成する為に貴族の地位を与えられるというのは重要なことであった。その言葉がロイスの心を奮い立たせたのは言うまでもない。


 そうしているうちに永遠とも思えるような螺旋階段の先が見えてきた。さらにその先には同じく石造りの祭壇のようなものが見えた。ロイスはあの祭壇が勇者召喚の儀に使われたものだと直感で分かった。


「アシュリー騎士長は前の勇者と魔王討伐を成し遂げたんですよね?」


「ああ、そうだ。そういえば勇者千春と初めて出会ったのはこの祭壇の上だったな……」


 アシュリー騎士長は懐かしむような顔で祭壇を見ていた。


「勇者様はどんな方だったのですか?」


「千春のことか?千春は……」


 アシュリー騎士長はそこまで言いかけて祭壇の中心に立っている人物に気が付く。


「おっと、もう来ているみたいだな」


 その人物は真っ黒なローブを身に纏い、フードを目深に被っている為誰か全く分からない。男性か女性かすら分からない。


「紹介しよう。この方が貴君を異世界に送る手助けをしてくれる魔術師だ」


「……」


 魔術師は一言もしゃべらずずっと俯いていた。ロイスは何だか不気味な人だなと思う。


「いいか?向こうの世界はこちらの世界と何もかも違う。こちらの世界の常識は通用しないと思ってくれ。最初は戸惑うことばかりだとは思うが、向こうには千冬ちふゆという協力者がいる。詳しいことは千冬ちふゆに聞くと良いだろう」


「チフユさん?ですね。分かりました。覚えておきます」


「さて、思い残すことは、まあ色々あるとは思うが異世界に行けばしばらく帰ってくることは出来ない。準備はいいか?」


 ここまで来て後戻りなど出来るはずもないしロイスも戻る気は無かった。


「はい、私はいつでも大丈夫です」


 アシュリー騎士長はロイスの言葉を聞いて頷くと黒いローブの魔術師に向き直る。


「では、よろしく頼む」


 黒いローブの魔術師は小さく頷くとゆっくりとした動作でロイスの方へ右腕を差し出した。細く白い腕が黒いローブの隙間から露になる。


「ロイス、その手を握り返すんだ」


 ロイスは言われた通りにその白い手を握った。傍目にはただ握手しているようにしか見えない。


「貴君、……いや、ロイス。これだけは言っておく。必ず任を果たして帰ってこい。必ず、必ずだからな」


 何故かアシュリー騎士長は瞳の端がうっすら濡れていた。滅多に感情を表に出すことのないアシュリー騎士長の涙にロイスは内心驚きを隠せないでいた。


「……グ………ト」


 その時黒いローブの魔術師が何やら呪文のようなものを唱えた途端、魔術師の体が淡く光り始めた、それと同時に魔術師の体が徐々に半透明に変わっていった。何が起こるのか怒っているのか分からない恐怖心にロイスは思わず息を飲む。


 それは一瞬だった。


 いきなり視界がぐるりと反転するような強烈な気持ち悪さを感じたと思った瞬間、ロイスの意識は消え去った。


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