第6話 暴走

「ミディ、今日は救援に行くよ」

 普段のように待機任務だと思ってたミディは一瞬虚を突かれる。

「救援?何かあったのか?」

「付近のキューブが消えないし討伐に向かった隊員と連絡取れないんだって。組織の通信設備ならキューブ内でも連絡取れるはずなんだけどね」

「じゃあ...」

「生きてる確率は低いだろうね」

「でもまだ生きてる可能性もある!助けに行こう!」

 キューブ内では新たにキューブが作られることはない。つまり新手は来ない。それ故ミディも救援に駆り出すことができた。

 到着した二人はキューブの大きさに驚愕する。

「これは手こずるわけだ。入るよ。気をつけて」

 二人はキューブ内に入る。

「援軍は俺達だけなのか?」

「他にもいるみたいだね。何箇所かに別れて突入してるらしいよ」

 キューブに入った瞬間ミディの血の気が引く。あちこちから血の匂いがするからだ。ミディは今までただの一般人だ。このような凄惨な状況に出くわしたことがない。耐性などあるはずもなかった。

「うっ...」

 込み上げるものを必死に抑える。滝のような脂汗が頬を伝う。

「大丈夫...俺がいるから」

 ミディの背中を必死にさするナハト。

 (ミディには刺激が少し強すぎたみたいだ。でも入隊した以上はいずれ慣れてもらわないと...)

 血の匂いとミディの魔力に連れられてグラミが集まってくる。

「ミディは休んでて」

 ミディを岩陰で休ませその前に立ち塞がり戦闘を開始するナハト。今回も人型のグラミだが数が多い。一体ずつ片付けていては埒が明かないと考えたナハトは剣を構え、濃密な魔力を込める。そしてグラミ達に剣を振り抜く。それは暴風の如き風圧。ナハトの放った斬撃は地面すら抉りグラミの半数以上を消し飛ばした。だがこれは消耗の大きい大技だ。連発はできない。

 そのまま畳み掛けようと残りの群れに向かって接近するナハト。次々とスピードを活かしグラミを切り刻んでいく。だがその足が唐突に止まる。当たり前だがグラミは止まらない。グラミの振りかぶった剣をすんでのところで躱す。ナハトが足を止めた理由はただ一つ。どす黒いグラミだが微かに身につけているものが見えたからだ。それは嫌というほど見てきたレントゥスの隊服である。

「...はは、まじか」

 乾いた笑いをするナハト。嘘つきの彼は仲間殺しの罪まで背負うことになる。だがナハトは躊躇ったりはしない。寧ろ彼らを早く楽にしようと刃を振るう。更に辺りの血の匂いが濃くなる。返り血を浴びたナハトは赤く染まっている。そして最後の一人の首をはねた。戦闘終了だ。ミディの元に帰ろうとするがそれを躊躇する。血にまみれた姿で彼に会うべきではないと感じた。更にグラミの正体について真実を告げるべきか。ナハトは悩んでいた。

「ナハト!怪我無かったか...?」

 弱々しい声色で心配するミディ。休んでいたおかげが先程よりは顔色がいい。

「うん。これ返り血。大したことなかったよ。でもまだグラミはいるみたいだから警戒を解かないで」

 彼は嘘に嘘を重ねた。真実を隠したのだ。それは彼を守るためだった。

 二人は更に奥に進んでいく。奥へ向かうと血の匂いが更に濃くなる。思わず顔をしかめるミディ。ナハトはミディの手を握る。

 「大丈夫」

 自分がいるから安心しろという意志を感じ取ったのかミディも握り返す。ナハトの存在は心強かった。

 そこに突如巨大グラミが姿を現し拳をこちらに振り抜こうとしている。気配すら感じなかった。ナハトが咄嗟にミディを引っ張り二人は回避に成功したが、余波の衝撃で2人共吹き飛んでしまう。

「ミディ!ぐぅっ...」

 ナハトが苦悶の声を上げる。ナハトはミディのクッション代わりに壁に叩きつけられる。そこにミディの体の重さが乗り激痛が走る。

「怪我は?」

「俺は大丈夫だ。ナハトは...?」

「俺も...だいじょぶ...無事でよ、かった...」

 ナハトは苦しそうにしているが、無理矢理笑顔を作る。

「お前嘘下手だな!大丈夫そうに見えないぞ...」

「平気、だから...」

 ミディを受け止めた際骨が何本か折れていた。特に深刻なのが肋骨と左腕。片腕が使えれば戦えるからまだ良かったものの痛みでいつ気絶してもおかしくない。危険な状態だった。何とか立ち上がるがそこに巨大なグラミが数体現れる。以前見た人型グラミが合体したものだ。こいつには何人の隊員が使われているのだろうか。ナハトはそう考えるがすぐに思考をやめる。考えたところで迷いが生まれるだけだ。敵を殺すことに集中しろ。そう自分に言い聞かせる。幸いにも足は動く。相手は巨躯のため動きは遅い。速さで優位に立てるのは大きい。手前のグラミの背後に一瞬で回り込む。その勢いで胸に激痛が走るが根性で耐える。そのままグラミの首をはねた。まずは一体。立て続けに2体、3体と斬っていく。最後の4体目の時、ナハトに限界が来る。意識が朦朧とし片膝をつく。

 (ぐっ...もう体が...)

「ナハト!!」

 ミディがナハトの前に立ち塞がる。

「大丈夫だから下がって」

「大丈夫じゃない!俺はこれ以上お前が傷つくところを見たくない!」

 涙ながらに叫ぶミディ。

「ナハトを傷つけるなーーーーー!!」

 そう言って迫るグラミを思い切り殴る。ミディは体術はからっきしだ。その拳はほとんど威力はなかった。だが纏う魔力量は圧倒的だった。拳を通してミディの規格外の魔力がグラミに流れ込む。ミディの感情の高ぶりによって普段より濃密な魔力がグラミを襲う。魔力の質量に耐えきれなくなったグラミは内側から破裂した。他の箇所でも討伐は滞りなく進んでいるようだ。キューブの崩壊が始まる。

「た...倒した...?」

 ミディは唖然としている。

「あれ...止まらない...魔力の放出が止まらない...!!」

 先程過剰なまでの魔力をグラミに注いだからだろうか。魔力が制御できず暴発してしまっていた。溢れ出る魔力が地面を焦がしていく。このままではここ一体が更地になるだけでなく、ミディの体も保たない。

「ミディ...落ち着いて。魔力は感情に左右される。冷静でいれば普段通りにコントロールできるよ」

 ミディの両手を握るナハト。ミディの暴発した魔力に当てられて体のあちこちが裂けている。

「ナハト...このままじゃお前まで...!!」

「言ったでしょ俺死なないって。大丈夫だから。ゆっくり魔力を抑えつけて」

 ナハトがいると落ち着く。手を握られていると落ち着く。

 (そうだ...俺にはナハトがいる...!!ナハトのためにも止まれ...止まれ...!!)

 しばらくすると放出されていた魔力が少しずつ収縮し始めた。制御に成功したのだ。

「やっ...た...?」

 腰が抜けるミディ。無理もない。極限まで集中していたのだから。

「大丈夫?動ける?」

「...動けない」

「しょうがないなあ」

 ミディを背負うナハト。腕が折れているためかなり苦しいがミディには悟られぬよう平常心を保つ。

「ナハトの方が重傷なのに...ごめんな」

「助けてもらったからね。頑張ったんだからあとは休んで」

 ナハトは歩き出す。任務完了だ。

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