祈りの神殿
人の笑い声が聞こえる。
本当に人の笑い声だろうか?
恐れもなく、猫は鳴いた。
「にゃー」
嵐が齎す雨風はバケツを薙ぎ払い機を根元から浮かせ、船の進みを極端に遅くした。一歩間違えば転覆しかねない大しけの海は、まるで行くなと叫んでいるかのようだった。
それでも二人と一匹は解決できるかもわからない問題に立ち向かい、釣り上げられた黄金都市の伝説に挑もうとしている。雷鳴、雷鳴、雷鳴。ちっぽけな楽しい魚釣りはなぜか目に見えない敵と対峙する結末となっている。
「もうすぐだ。探偵」
「ああ、ありがとう。船長」
「にゃ」
何が起こるかは分からない。一人と一匹は見えない問題に不可視の何かに対処する術があるというのか。古書店にだって魔術所はおいてないし、ヒジリだってそんな力をもつ人間は現代に残っていないだろう。しかし、彼らが望んでいるのは解読のための理屈でも命知らずの覚悟でもない。
「あいつのだめだってなら、なんだってうあるさ!」
「ふっ、やっぱりルイは人を惹く才能がある!」
「にゃあ」
猫も同意した。
何が出来るか分からずとも、何かをどうにかしたい気持ちは存在する。夢物語であろうとも、祈りであろうとも、でくの棒であろうとも。
「みえたぞ、あのブイの下だ」
「おっけい。いくよ」
猫用の潜水服を着せて自分も重たい帽子を被って真っ黒い海に飛び込む。
「嵐の時も、意外と海は静かだったり……するらしいな」
一人残された船長は光の届かない皆底を直視し続けた。
「願うか」
「そりゃもちろん」
「生贄を捧げよ、さすれば叶えん」
「困ったな。僕には捧げられるほど価値のあるものがないや」
「……価値の形を決めるのは」
「決めるのは?」
「主である。人、神、蟻、いづれにせよ、汝ではない」
「……この器なんてどうだろう。世界で一つしかない芸術だよ」
土器が割れる。
「祈り給え」
「ルイが幸せになれますように」
「にゃ」
割れた破片が粉々となる。
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