雨の儀式

 低く垂れさがる雲の元、船長は大事な商売道具を係留していた時だ。遠くから寒気のする気配が近づいているのが肌を通して分かり、恐る恐る振り返ると名前の分からない探偵がたっていた。


「やぁ」


「今日船は――」


「――そこをなんとか、ね?」


「にゃー」


 猫は適当に同意しているらしい。しかし金を積まれようと懇願されようと曇天で海が大しけで神すら拒む機嫌に、たかが人間のちっぽけな船が叶うはずもない。船を動かせるのは船長だけだと、彼はこういった。


「この小切手に船代とかもろもろ書いてよ。僕さ、免許もってるんだよね」


 怪しい探偵は財布から免許を見せた。もし偽造であってもここで証明することは出来そうにない。


「おい、ほんぎが?」


「猫が入る潜水服も送ってたよね。じゃあ問題なんかない。万事okだよ」


「またあの、考古学者のたまり場が?」


 肯定。探偵は嘘をついたことがないことに船長は一応信頼を置いていた。

 空はついに泣き出した。


「爆弾低気圧っで、死ぬぞ」


「占ったら、僕大吉だったから」


 それのどこが安心できるのか小一時間問いただしたい気分になった。船長は自分の命のためにも、猫や命知らずの探偵のためにも必死で説得する。


「ばが!組合からだって」


 嵐はますます強くなろうとしている。暴風に大粒の雨が混ざり始めた。


「ルイに引っ付いてる呪いを引っぺがすんだ!船長!」


「はっ?!」


「ルイの彼女から助けてと連絡が来た!僕に分かる原因は此処しかない!」


「……」


 船長はルイのためとなると途端に押し黙った。止めたい気持ちと救いたい気持ちが葛藤しているのだ。二人は命を懸けて友人を救う覚悟を嵐は問うている。波は高く、風は強く、雨は痛い。滅多にない低気圧が船長と探偵に用意されたとしか思えなかった。


「嘘だら、その小切手で全財産貰う」


「いいとも!」


 探偵はすでに鮒止めからロープを外して乗り込んでいた。


「潜水服は後ろにある。さっさとぎて待っとけ」


 操舵を探偵から引き離して人生で一番の速度で全て船のエンジンを始動させる。船長の身体は雨の冷たさにも負けない熱を帯びていた。

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