ずっと知る者

 取り立てて価値のない鉄の板は、それでも彼の取って黄金よりも価値のある大事なものの一つだ。廃倉庫のサッカーボールやカードゲームなど、様々なものが置かれている彼の私室はゴミ山も同然で彼女は眉を顰めつつ何も言わなかった。


 汚いと一言口にすれば男はすぐにでも部屋を片付けることは想像に難くない。しかし、取捨選択もせず世間一般の感情に則って掃除をした際、この部屋の価値あるものは全て焼却炉に無慈悲に投入されるだけになる。

 彼は自分に冷たく、他者に優しい。

 だからこそ、彼女は何も言わない選択肢を選んだ。


「これだ、これ。鉄板。多分グリルの」


 真空パックに保存された鉄板は焦げ付いていた。


「……」


「これをもっていこう」


 小さな確信を得た男はもう止まることのない決断に彼女の怪訝な顔など意に介さなかった。多少の思考憂慮のみを与え、止めても一人でどこかに走り出しそうなほど明るい顔だ。普段話しているときよりも初々しく、瑞々しく、まさに若々しい。


「なんで気付かなかったんだろう」


 彼は部屋の中に振り返った。


「逃げてただけかな」


 誰よりも向き合ってきた男は電気グリルの鉄板を抱えて歩き出す。


 彼女は何かおかしいと思っても、声に出すことはしない。


「ルイ……」


「どうした?」


「……」


 やはり、声にはならなかった。


 こんなに近くに彼と共に過ごせているというのに、今の彼はちっとも彼らしくなかった。笑ったり、悲しんだり、怒ったり、喜怒哀楽の激しい人間だとは思わずとも、ここまで単調な人間だっただろうか、と。顧みるとあの占い師と会った後から、それとももっと昔、学友とあったあたりなのか。彼に誘われて船釣りをしにいったあたりだろうか。


 取り敢えず、彼のどこが彼らしくないのか彼女は具体的に掴むこと叶わなかった。


 もっと深い、心の闇のような……

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