美味しいとこ取り
タンクローリーが進む道はやはりと言うべきか粉塵が舞い散っている。
田舎の奥地に建設され始めた工場は都会では騒音問題で操業できない類のもので、田舎の住民も同じように騒音を心配する声が上がった。しかし、普段人の近づかないあぜ道のその奥に建設されるのだから、ほとんど問題にならないと村民は思い始めており、計画の担当者は村に利益を齎すことを約束したことが決定打となった。
「近いパイプ通してるからトラックがひっきりなしに移動するなんてことでもないし、なんだか、想像と違ったかな」
「獣も滅多に来んようになったけ、えらいことずくしってこった」
帰郷、大晦日の真夜中に彼女は様変わりしていない、昔と全く同じ光景のふるさとに帰ってきている。木登りをした大木は少し成長し、よく駒で遊んだ平たい石は窪み、家は苔むしカビの匂いが目立つようになった。それでも、父は白髪が増えただけで内装は変わらず、母の遺影もそのままだ。
「今日はお客さんが……客でなしか」
父は何かを悟ったようだ。
「ようこそわが家へ。ゆいの故郷はきれいだろ?」
「はい。お義父さん。小さくて、ゆったりしてて、落ち着きます」
都会の喧騒に較べてそれはいいものだったが、田舎にしてみれば憧れる光景ではある。何もないことの裏返しだと笑い、自虐の言葉を幾つか垂れ流した。
「かあちゃんが死んでから寂しいもんで、温泉もない、道楽もない、あるのはこのふっるいブラウンだけって」
「裏庭に畑がありました。お義父さんがやってらっしゃるので?」
「暇つぶし、弟も死んでからじゃほんになんもないからな」
「パパ……」
ほんの一瞬で大晦日の雰囲気は暗い闇の底に沈んだ。
「おらが見てなったばっかりに、かあさんの薬を処分しなかったばっかりに」
「違う、違うのパパ。私が全部二人に押し付けたから」
彼はここに来る前、学友に言われたことがある。
真実は詮索しないように、と。彼はその一言で何があったのか理解出来た。同時に物悲しい現実が胸の奥から沸き上がり、やるせない気持ちが溢れた。最愛の人には何も言うまいとここまでやってきて、やはり父の容姿から学友の言葉は真実なのだと察した。
「しけった話はなしだ。新しくなるっけ」
「うん。うん!」
仏壇に二人は手を合わせる。
彼は喜びの感情が払底してしまった。
正月の終わりにはまた同じように感情が底をつくだろう。不幸な子に不幸な家族はどしがたいまでに普通の家族で、この世のどこにいってもよき家族と言われるような部類である。
彼の耳には遠く離れた一年中操業している工場の音が聞こえてくる。村の人口は工場が減ったあとでもますます減り続け、最近では人の居ない民家を取り壊して道路を建設する話も上がっているらしい。
父はそれに断固反対している。村の自然がとか、歴史がとか。よくある理由を片っ端から挙げているものの、父はこの家から動けないだけなのだ。
そしてちゃぶ台の下に乱雑に置かれている重要と書かれた資料を一瞥した。数字が跳ね上がっている。
全て考えを翻し、彼は軽蔑した。
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